意見の相違とタイミング(慶子と裕樹)

第1話 幼馴染みと子供の頃

 大野慶子と木村裕樹。

 家は、隣同士ではなく。向かい同士。


 そして、学校から帰り着き。

 全く。間髪開けず。あいつはやってくる。

 宿題の一式を持って。


 昔からそうだった。

 違うのは、持ってくるもの。

 昔は、幼稚園から帰ると、持ってくるものは、おままごと道具一式。


 今は僕の部屋の隅に、片付けられている。

 今では、たまに僕が懐かしく思い、しみじみ見るだけ。


「おーい。開けてひろぉ」

 玄関先で叫ぶ。

 どうして、宿題道具を、袋にでも入れないんだ。

 きっとこいつの部屋には、家から持って帰った、紙袋が。

 山となって、いるだろう。


「おそーい」

 そう言って、どすどすと上がっていく。


 信じられるかい。

 これでもこいつ、学校じゃあ。お嬢様扱い。

 おしとやかで、清楚。可憐。

 などという言葉が、父兄や先生からも聞こえてくる。

 さらさらとした、黒髪をなびかせ。やや切れ長の目で、見つめられるとたまらないらしい。

 こいつの、お母さんもそんな感じ。


 だけどね。家の家族は、全員知っている。


 こいつのしていた。

 幼い頃のおままごと。


 それこそが、リアル大野家と言う事を。

 幾度も、大野のお父さんは、顔を腫らして、泊まりに来た。

 そして、ビクビクしながら、愚痴をこぼして泣いていた。


 大野お母さんの口癖。

『美しさは、女の武器。美しければ許される。いい慶子。愛情や優しさなど一銭にもなりゃしない。そんな、弱みは捨てなさい』

 と、言う言葉。


 でも僕は、その続きも知っている。

『お母さんも、こんな事は言いたくないの。でもね。優しさなんか持っていても、食い物にされるだけ。蛾のようにふらふらとやって来て、甘い言葉をささやき。私を利用してお金を取っていく。今のお父さんに出会い。助けられなかったら。二人とも死んでいたわ』

 そう。大野パパは、血のつながりがないパパ。


 実家が、結構のお金持ちらしい。

 困っていた、二人を助け。お金を出した。

「見返りに何を望むの?」

 助けた後。そう、問い詰められ。


 悩んだあげく、自身の優しさ?保護欲かな。放っておくと、また何か。困った事になりそう。そう思い。

「結婚して」

 そう答えたらしい。


 愚痴るときには、見た目にだまされた。と、言っているが。こっちは、本当にだまされたと思っているかは、知らない。

 実際、お父さんに感謝しなさいと、お母さんも慶子に言っているしね。


 でだ、家に上がってくるなり、僕の部屋に直行。

「ほら、ひろちゃん。今日のお仕事よ」

 そう言って、宿題を机の上にばらまく。


「おまえなあ。勉強は、自分でしないと、馬鹿になるぞ」

「馬鹿でも良いもの。私は綺麗って言われているから。なんとでもなるの。美しさは力なの。ひろちゃんだって。こんな私が、部屋にまで来て。お願いしているのだから、嬉しいでしょ」

 腕組みして、ババーンと効果音が出そうな、上から目線。


「いや。別に? 自分でしな」

 いつものように、答える。

「なんでよ」

「おまえ。未だに分数と、小数点。理解が出来ていないだろ」

 そう僕たちは、小学校5年生。

 3年生の時から、こいつの中では。きっと算数など、いくつかの教科は、時が止まっている。


 学習塾にも、行っていない。

 慶子お母さんは、本気で美しければ大丈夫なんて。思っているのだろうか?


 さて。僕がやってあげないと言ったら、絶対しないことを知っている慶子。僕のやった宿題を、横で写して帰る。それを、日課にする。

 だが、夏休み前。

 とうとう、ママさんに切れられたらしい。


 面談に行って、駄目ですね。と、最後通告。

 4年生までは。もう少し努力して、ご家族もできうる限り、見てあげてください。

 だったのだが。担任が替わった。


 開口一番。

「駄目ですね。慶子ちゃんは、努力が出来ない。しない。ご家庭で、どんな教育をなさっています?」

 などという、慶子のお母さんからすると、罵詈雑言が、上から降ってきたようだ。


 いや。話を聞かされている、家の家族からすると、当然ともいえる。

 正しさ満点の、先生の回答。


 でだ、夫婦で家に来て。くだを巻いている理由。

 煮ても焼いても、どうやっても良いから。

 夏休み中に、慶子の学力を、普通に引き上げて頂戴。と言うもの。

 ついでに、夏休みの宿題も済ませてね。

 そう言って、本気で置いて帰った。


 呆然とする慶子。

「勉強なんか、しなくて良いと言ったのは、ママなのに」

 そんな言葉が、無意識なのか漏れる。


 何より、いきなりおいて行かれた事。

 家の目の前。だが、目の前に建ち、毎日入り浸っても人の家。

 彼女の言う。ひろちゃんのお家なのだ。


 かなりのショックを受けたようだが、慶子は慶子。

 

 ご飯のおかわりをして、お風呂を泡だらけにして、今は僕のベッドで高いびき。

「僕は何処で寝るんだよ」

 日課というか、学校で習ったところを、春の分から総復習中。

 背後で、泣き声が聞こえる。


 タオルを取り出し、涙と。糸を引く、よだれを拭く。

 頭をそっとなでると、にへらと笑う。


 そして、きりの良いところまでやって、寝ようとしたら。

「ああっ。こいつ。やりやがった」

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