第3話 最後の夏

 夏休みになり、足の復活した楓は、日に日に僕の部屋へ忍び込んでくる。

 足がだめだったときには、毎日呼ばれたけれど。


 だが、途中で挟んだ登校日。

 その日を境に、楓は道に迷い。家へたどり着けなくなってきた。

 その明らかにおかしい楓の症状を、僕は誰にも言えずにいた。


 迎えに行って、連れてくれば正常。

 ただ、会えば、必ず抱き合い愛し合う。


 そして、最近よく聞かれる台詞。

「ねえ樹。あなたに私は必要? 愛してくれる?」

「無論だよ。何を言っているんだ。おまえは」

 すると、えへっと笑い

「うれしい。ありがとう」

 と返してくる。


 昨日も、そのやりとりがあった。

 珍しく楓からの連絡が無く、昼から僕は気が気ではなく。幾度も楓にスタンプでは無く電話した。

 だが、出る事は無かった。

 迎えに行こうとも思ったが、行き違いになるのが怖くて、家から出られなくて、ただイライラとその日を過ごす。


 その晩、親が帰ってきた後、楓のお父さんがやってきた。

 僕はスマホの画面を見ていて、気がつかなかったが、声をかけられて顔を上げる。

 そこには、泣きそうな困った顔をして、楓のお父さんが立っていた。


 僕は、楓の症状を言わなきゃと思い。覚悟を決めた。

 なぜ今日。

 楓が現れず、お父さんが来たのかを。

 その理由を。

 その時の僕は、いや僕自身も一杯一杯だったのだろう。

 全く思いつく事が、できなかった。


 お父さんは目の前に座り、何かを言おうとしている僕を制し、僕に問いかける。


「樹くんは、学校でもてるんだってね」

 あまりに予定外な問いかけに、僕はあっけにとられる。

「今までモテた記憶はありませんが、これっぽっちも」

 すると、ああという顔をして、

「いやモテたようだが、娘が横で唸っていたのかな」

「いえ? そんなことも、無かったはずです。多分」


 すると、御茶を一口飲んで、

「さっき言おうとしたのは、楓の事だね」

「そうです。実はこのところ、ずっとおかしくて。言おうと、言わなくちゃと思ったんですが、言い出せなくて」

「君にも心配をかけた。すまない」

 そう言って、頭を下げる。


「今日ね。楓は入院してね」

 嫌な予感が、頭に浮かぶ。

「どうして、どこが悪いんですか? 脳腫瘍とか?」

「ああ調べたのか。安心して、そんな病気じゃ無い。だが君に、いや君達にとっては、もっと悪くて残酷かもしれない」

 そう言うと、少しためらい顔を伏せる。


「症状は、把握しているのだよね」

「はい。過度の睡眠と、記憶障害が大きな物です。後は異様な依存でしょうか?」

「うん? 依存? 依存か。羨んで良いのかな。父親としてはやきもちを感じるよ。その症状は、君だけに向けられたものだよ」


 それを聞いて、驚く。

「僕だけ、ですか?」

「うん。楓は、君の事が好きすぎて、壊れてしまった。まだ中学生で、未発達な精神。将来的に成熟すれば、落ち着くかもしれない」

 そう言って、頭を下げてくる。

「楓に、娘に会わないでほしい」

 きっぱりと言い切って、頭を上げる。

 その瞳には、涙が浮かんでいた。


 僕はそれを聞いて、何も言えず。ただ座っていた。

「彼女はね、本当に君が好きだった。だが、それを中学校入学。いやその前かもしれないが、周りの女の子達に、ずるいとつるし上げられた様なんだ。僕たちも今日まで知らなかったけどね」

 ため息をつき、妙な笑顔を浮かべる。


「昔からの幼馴染み。それだけで樹くんの横にいる。勉強だってできないくせに、とかね」

「そんなの」

「そう。他人がとやかく言う事じゃない。それが分かるのは大人だ。子供は意外と残酷なのさ。それで、意外と、楓も子供だった。言われた事を思い悩み。君が優秀だから、隣に立つのは釣り合わないと、自分を追い詰めた。その結果、お医者さんもよくは分からないらしいが、自己防衛のために、えーと解離性健忘?の一種だろうと言う事だ」

「でもそれ、PTSDとか、かなり強い事故とか」

「うん。そうなんだが、蓄積され限度を超えたのかな? 彼女は今朝。僕たちの事が分からなかったんだよ」

 そう言って顔伏せ、涙をこぼす。


「分かってくれ。親として君達を引き離す。この夏休みに転校をして引っ越す」

 強い口調でそう言うと、

「だから、探さないでくれ」

 そう言って、また頭を下げる。


 僕は一つ。気がかりを聞く。

「はい。分かりました。楓は治るのですよね?」

「ああ。断言はできないが多分ね。娘だから信じる。そこまで弱くない事を」

「そうですね。僕も信じます」

「ありがとう」


 そう言って、席を立ち。うちの親にも挨拶をして帰って行った。


 そして僕は幼馴染みを失い、色のなくなった中学を孤立状態を保ったまま卒業。

 高専から、大学に編入し、大学院から研究室へ入った。


 一時、医師になろうかと思ったが、もっと身近で簡単な、心理サポートができるAIを開発している。

 この分野は、孤立老人のケア用に科学研究費や厚生労働省から予算をもらっているが知ったこっちゃない。

 論文には老人のケアとサポートと言う文字が躍っているが、自分と失った幼馴染みの為に実験室にこもっている。



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 5話程度と書いていましたが、今回は3話です。

 この手の話は、不得意だと気がつきました。

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