もう一度音を楽しんで

波結

第0話 14歳~中学二年生~

ここから見える世界は暗い。それはステージにだけ照明があったており、舞台だけが照らされているからだ。


目の前にいる観客の視線は舞台上のたった一人に注がれている。


いや半分くらいの観客は目を閉じているのだろう。


どうであれそれを舞台上から確認すする手段はない。


自分が舞台上でできることといえば音を鳴らすこと。


手に持つそれ―クラリネット―に息を吹き込む、リードが振動し、音がなる。


楽しい、目の前の暗闇も音が響けば見えるような気がする。連符を吹けば心が躍り、伸びやかにうたうくと心が豊かになる気がする。


俺はコンクールが好きだ、数百人から数千人になる観客が自分の音だけを聞いてくれる。そのために耳を澄まし、音を聞くと笑顔になっている気がする。演奏が終わった後にはアンプにつないだように手拍子がホールに鳴り渡る。


最後の連符を吹き終わり、一息にCの音を吹く。余韻の後いつも通りに手拍子がなる。一礼をし、舞台の袖にはける。


「よかったじゃん」


世界大会の会場では、英語が飛び交うため日本語を聞くことはほとんどないため、顔を上げなくても誰かはわかる。先輩だ。


「まぁ、自分にとっても会心の出来でしたよ、何より楽しかったです。」


「いっちょ前になっちゃって、私も負けないから。」


袖は次の出演者や楽器を運ぶ人、ホールのスタッフなど様々な人がいるので立ち止まって話すのは難しい。そのため先輩は振り返らずに手を振り歩きさった。

先輩震えてたな......


時間の都合上先輩の演奏を聴くことがなかった、しかし先輩の音は学校のある日ほぼ毎日聞いている。先輩はオーボエで、楽器が違うけれども、先輩はいつも自分になんか奏でれないような世界を聞かせてくれる。自分が小学生で吹奏楽部に入るきっかけとなったのが先輩であっていつまでも自分の先に行ってくれるような人だ。


「これより、結果発表を行います、出演者の方はホールにお集まりください。」


楽屋にいき、楽器をしまってからほかの人の演奏を聴くためにホールに来ていた俺は、椅子に座りながら先輩を探した。しかし先輩を見つけることはできず そのまま発表になってしまった。


この大会は18歳以下のソロ奏者が出場でき、各国の予選を勝ち抜き最後に選ばれた人のみが出場できる。基本的に出場者は高校生かそれに類する年齢の人であり、中学生は自分と先輩のほかに3人しかいない。まして歴代でも中学生が最優秀賞はおろか金賞に選ばれることはなかった。この大会に最優秀賞はすなわち、18歳以下の中で最も楽器がうまい人を意味する。


「Number1,Adam smith 銀賞silver、Number2......]


何度やってもこの時間は慣れない、といっても、今までのコンクールはこのコンクールに出場するための予選であって、出場できるかが変わるためより緊張したのだが。


「Number22,羽衣はごろもはく 金賞gold、」


司会人の声から自分が金賞であることがわかり、手を握り振り下ろす、よし、金賞と言われたとき自分の音がほかの人に届いたと思えて、楽しい気持ちにできたと思って嬉しくなる、きっと先輩も喜んでくれるはずだ。


アナウンスは次々と賞を述べていく


「Number29, 四月一日わたぬき美桜みお


先輩だ、


銅賞bronze



―クシュッ


泣き声が聞こえた、ホールは小さい音でも反響するように作られているため、一人の泣き声すら響いてしまう。


先輩の声だ、数秒前での喜びから生じた熱も冷めてしまい、淡々と続くアナウンスに苛立ちを覚える。 


なんで先輩が......


「next,the best player he is number 22......」


そこからは覚えていない、ただただ先輩の結果がショックだった、ある意味自分の楽器人生が否定されたような気がした。気づいたらホールを出て、雨の降る外にでていた。好きだ、目の前にいる先輩の後ろ姿を見てふとそう思った。いつからだろう、始めは先輩の音が好きだった。けどそんな先輩と吹いているうちに、先輩の黒く美しく伸びる髪が好きになった、客観的に見ても先輩の顔もかわいいだろう、そんな顔も好きになった。ただずっと自分の中で先輩のことが好きという気持ちがあったのだろうが自分の気持ちに蓋をしていたらしい。


「先輩、」


雨の中傘も差さないで楽器を両手で握っている先輩に話しかける。


「先輩......俺は、先輩の音好きですよ、今日の結果なんt」


「うるさいっっっっっっっ/// 白来君にはわかんないよ、よかったね最優秀賞もとれて、」


先輩の叫び声が響く、周りにいた人々は一瞬こちらのほうを向くが、すぐに何でもないかのようにそれぞれの方向に歩いていく、でも俺は先輩の目から目を離せなかった、こんな先輩は初めて見る。


「先輩、別にそんなの関係ないですよ」


「何がわかるのよ、私より楽器始めるのが遅かった人に抜かれる気持ちがわかる?わからないでしょうね、、、あなたには、、、」


「ごめん......なさい......」


俺はうつむきながら、か細い声で言うことしかできない。握りしめている手には爪が入り込んで血が流れている。先輩の目にもまるで後悔のようなものが映っている。


「ごめん、白来君に言うことじゃなかったね......白君はこれからもたくさん吹いてね、ほんとは私がやりたかったけど、世界で一番のクラリネット奏者になって、世界中でコンサートをして、多くの人を笑顔にしてほしい。」


先輩はまっすぐ俺の目を見て、最後の言葉をいうようにいいはなった。でもその声は優しく大好きな先輩の声そのものだった。


「そんなの、まるで先輩がオーボエやめるみたいじゃないですか」


「そうだよ、私は今日限りで楽器は吹かない.......いままでありがとね、さよなら。」


一瞬だけ、放課後のような陽だまりの笑顔を見せたが、すぐ先輩は振り替えって走っていった。その頬に流れる水滴は涙なのか雨なのかもう見分けれなかった。


「先輩がいないのに、どうやって吹けばいいんですか、何を目標に吹けばいいんですか、一番笑顔でいてほしい人を笑顔にできなくてどうやってほかの人を笑顔にすればいいんですか、」


水たまりにスーツをつけることなど気にせず糸が切れたかのように膝をつき小さく呟いた。まるで観客のいない舞台に立っているみたいだ、暗く暗く、もう音は響かない。




帰国後、中学の吹奏楽の部長から、先輩が退部をしたことを聞いた。部長は何とか退部をやめさせようと説得したそうだが、先輩は説得も聞かず退部してしまったそうだ。


そこから数日、白はクラリネットを吹こうとしても、音が出なかった。

日本に帰って1週間後白来も吹奏楽部を退部した。


「俺が先輩から音を奪った......」










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る