最近の1年間の連続ドラマについて

 最近の歴史ものの連続ドラマは、時代考証じだいこうしょうためか、全く書物に載っている歴史を反映していない(書物の歴史がすべて正しいとは思ってはいませんが)。

 1050年頃から院政いんせい期という天皇の父が政治を行う政治形態が現れますが、その少し前に『薬子くすこの変』という歴史事件があります。

 細かい説明は省きますが、藤原家を距離をおきたがった天皇家側が権力を取り戻そうとして負けてしまった事件と言われています。


 この事件も結構問題なのですが、それよりもその時の藤原家側の権力者として。藤原道長の娘であり、一条天皇の皇后であった「藤原障子ふじわらのしょうし」が力を振るったとあります。

 平安時代の歴史はかなりの矛盾点があり、書籍の信頼性は低いのですが、今の歴史学会は記録を正しいものとして歴史を編集しています。

 中には六角家の書状にあった斎藤道三親子二代説を無視したり、前野家の古文書である武功夜話ぶこうやわを無視していますが、武功夜話の中にある、信長の正妻の名前は濃御前のうごぜんとしかなかったものを帰蝶きちょうとしたり、生駒いこまの方と呼ばれた信忠、信雄の母の名を吉乃きつのであるというように、都合の良いところだけをつまみ食いのように改変しています。


 それ以上にドラマの主人公などは時代考証じだいこうしょうもろくにせず、好き勝手な使い方をしています。

 紫式部と呼ばれる女性も、「紫式部日記むらさきしきぶにっき」と言われる本人が書いたとされている日記と、源氏物語の作者であるという伝記によって存在を確認されているにすぎません。五十三帖あるとされる源氏物語(宇治十帖をふくむ)ですが、その中には名前だけで、その記述が一行も残っていない(書かれていない?)ものも存在します。源氏物語は本当は何話でどこまでが紫式部と言わるる人物が書いたとされるかというと四十三帖になりますが、その中でも全く巻そのものが現存していない物があります。どこまで信用が置けるのでしょうか?

 このあたりを全く無視したうえで、ドラマでは天皇より先に彰子がなくなったことになっていますが、先に亡くなったのは、清少納言せいしょうなごんが仕えていたとする定子皇后ていしこうごうの方です。彼女は道長の兄とされる藤原道隆ふじわらのみちたかの子とされ、そう歴史上には記述されています。


 このように歴史上のおおきな自事変を改変し、それがあたかも事実であるかのように放送する「自称歴史ドラマ」は何かおかしいのではないでしょうか?

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