箱庭の貴王姫

紅藤あらん

1 貴王姫

 遠くから何者かが叫んでいる。それとともに何かが打ち付けられる音。

(ここは暗い)

 音も声も聞こえるのに目の前に広がるは漆黒のみ。

(怖い。誰かが追ってくる)

 本当に追ってくるの?

(逃げなきゃ)

 どこに行くの?

 声も音も遠ざかっていく。その中でその疑問だけが問いかけてくる。走っているのかもわからない。それでも疑問に抗うかのようにもがいてーー

(わたしは……なに……?)




 光が瞼を刺激して璃朱は目を覚ました。知らない木目の天井とともに、知らない複数の男たちが自分を覗きこんでいる。

(あれ……わたし、何していたっけ……?)

 ぼんやりとした思考のまま上半身を起こす。近くで見守っていた無精髭の男が安堵の息を吐いた。

「目が覚めたんだな」

 冷淡な声に振り向けば、赤い瞳がじっと見つめていた。

「は、はい……!」

 ぼんやりとした思考が一気に覚醒し、璃朱は反射のように返答していた。赤い瞳の男はその返答を聞いているのかいないのか、表情を変えず璃朱を鋭い眼差しで見つめたまま口を閉じた。

 璃朱の中で何かぞわぞわしたものが生まれる。男の顔はとても清廉で綺麗すぎるほどだった。それに何かを見透かそうとしているようにも思えて、璃朱は思わず目線を逸らした。すると今度は幼い少年と目が合った。

 彼は感情の起伏が薄いのか乏しい表情をしていたが、その瞳には心配が宿っているようにも見えた。そんな彼は身を乗り出しさらに近づいて璃朱の顔を覗き込む。

「えっと……」

 璃朱は喉の奥から言葉を捻りだそうとする。

 わたしは何をしていました?

 そう頭の中では文章が浮かんでいるのに、うまく舌にのらない。喉に引っかかっているようにも感じる。

 何かをしようとしたはず……なのに、それが何だったのか全く思い出せない。

「この人が、今度の貴王姫きおうひめ?」

 幼子が小さな口で知らない単語を紡ぐ。

「き、おうひめ……?」

 反芻できたその言葉に何もぴんとこない。

 思考ははっきりとしたはずだったのに、頭の中には靄がかかっているかのようだ。

「そうでございます」

 璃朱の言葉を肯定するかのように無精髭の男が返答する。彼は姿勢を整えて、璃朱に深々と頭を下げる。そのままの体勢で言葉を紡いだ。

「目を覚ましたばかりでまだ混乱しているでしょうか、ゆっくりとは話を聞いていただけば幸いです」

「そ、そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ」

 手で早く面を上げるように促す。赤い瞳の青年の時感じたのは違うぞわぞわ感が背筋を駆け上がった。

(わたしに畏まらないでほしいな)

 まだ何も分からないが、明確にその気持ちだけは知ることができた。

(そうだ、わたしは何も知らない)

 無精髭の男は壮年で規律に厳しそうながら優しさを持ち合わせてもいそう。赤い瞳の男は誰もが綺麗と口を揃えるだろう。幼子は感情の起伏は薄くとも感情がないわけではない。

 それはすべて今のところの感覚で、本当に彼らがどんな人物かは分からない。そして自分のことも――。璃朱は自分の名前以外まったく思い出せなかった。

 手のひらを見つめ、そして改めて周囲をぐるりと見回す。朱塗りの柱に吹き抜けの窓の外は青空の中に悠々と雲が漂っている。その窓に桟に座る人物はこちらを見ずぼんやりしていた。真っ赤な髪が璃朱の目線を奪う。こちらを見てはくれないだろうかと一瞬だけ思ったが、彼は心ここにあらずなのか一向に璃朱のほうへ目線をくれようとはしなかった。

 赤い残滓を目の端に焼き付けたまま壁際に寄りかかる者へと目線を移す。その人物は赤毛の男とは違い、自らに目線が着た瞬間、上品な笑みを浮かべ整った指先で手を振ってくれた。

(良かった。女の人がいる)

「あれ?」

 その上品な口元から言葉がこぼれ、璃朱は目を見開く。細かい刺繍の施された桃色の上衣。綺麗に簪で纏められた金の御髪。どこからどうみても女の人のはずなのに、その声はあまりにも低くまるで……。

「残念。俺、男でーす」

 語尾に甘さを残しつつ、その男は素性を明かした。

 見事なまでに騙された。

 喋らなければ女だと言い通せそうな彼は、壁から背を離す足音もなく璃朱に近づいてきた。

「さっき目が合った瞬間女だと思ったでしょ? ま、いいんだけどね」

「その恰好をしているのが悪い」

 少しだけ声色を低くさせた幼子の言葉に、男は片目を瞑り首を傾ける。璃朱の反応を楽しんでいる。

「いいじゃん。誰も迷惑かけてないし」

「似合ってなかったら斬り伏せていた」

 美丈夫の彼が淡々と告げる。その腰に一振りの剣が差さっていることに璃朱は気づいた。見せかけではなく実戦刀であろう。柄の部分は使い込まれているように見える。

「それはお褒めの言葉と受け取ります」

 女装した彼は艶やかな笑みを浮かべ、握手とばかりに璃朱の手をとる。目線を合わせて彼は整った唇で告げた。

「俺の名は三冴さんざ。あ、君のことは姫ちゃんって呼ばせてもらうね」

 笑みを深めながら璃朱の指先に自身の指を絡める。手入れの行き届いた爪先が彼の輪郭を朧げにした。

 しかしそんな儚さも、執拗に触られては飛散してしまうもので……。

「あ、あの……」

「うーん?」

「その……」

「どうしたのかなぁ」

「離せって言っているんだろう」

 赤い瞳の彼が璃朱と三冴の間に割って入り、その手を離させた。

「なんか俺の手、汚物のように扱わなかった?」

「気のせいだろ。ついでに黙っていろ」

「黙っていればいいの? それならこれからの説明全部灯黎とうらいにやってもらうけど」

 本当に汚物を扱ったかのようにひらひらと仰いでいた手を灯黎は止める。綺麗な顔は歪んでいかにも不服そうだ。

 やがてそのままの表情でそっぽを向いた。説明する気は皆無らしい。

「そっちの赤毛も説明する気はないでしょ?」

 三冴が向く先、窓辺にいる人物は顔をこちらに向けず、片手をやる気なく振った。説明はどうぞ任せます、と言わんばかりだ。

「じゃあちゃちゃっと説明始めちゃいますか。あ、分からないことあったら挙手して気軽に質問してね」

「じゃあ、はい」

 三冴に言われたとおりに控えめながら手を挙げる。

「なにかな、姫ちゃん」

「あなたって……本当に男、なんですよね?」

「あ、そこ気になる? 触る?」

 三冴の発言に壮年の男の肩がぴくりと上がる。その手には傍らに置かれていた薙刀が握られていた。

「行動に移したら叩き潰しますぞ」

「ちょっと冗談! その刃物しまってー!」

 三冴は必死を装って男をなだめる。それでも目はこの状況を楽しんでいた。壮年の男が本気でないと思っているのであろう。

 表情をころりと変え、璃朱に片目を瞑る。

「俺はれっきとした男だよ。仕えの者がいれば女人もここにいたと思うけど、なにせ小規模な城だからね。ここにいる奴らで全員なんだよ」

 璃朱はそれぞれの人物を見やる。人柄はまだよく分からない者もいるが、今のところ居心地の悪さは感じない。

 壮年の男が獲物を置いて、璃朱の前に進み出だ。

「初めまして烏月と申します。料理などは私がやりますゆえ、姫様には何不自由ない生活だと思います」

「こいつの料理、見た目に反してほんとに美味しいから期待していいよ」

「はい、ではわたしは何をすれば」

「お姫様はずっとここにいればいいよ」

 幼子の言葉がすっと空気を切り裂いて、静寂が訪れる。誰もが呼吸を止めたかのように動きさえしない。

 璃朱も空気に押されて動きが緩慢になった感覚に陥る。

 視界の端で赤い瞳と目が合う。その瞳は綺麗ながらがらんどうで、しかしながら射貫くものがあった。

「そうだね、いてくれないと困る」

 三冴の声に意識が現実に戻る。先ほどまでの風景はまるで全て幻想だったのではと思えて、璃朱は布団を強く掴んだ。

(大丈夫、感覚はある)

 ここはまやかしなんかじゃない。

「姫ちゃんはいなければいけない存在だ。俺達にとっては、ね」

「それって、ここにいる人達だけ?」

「鋭いね。そう、姫ちゃんにいてほしいのは俺達だけなんだ」

 三冴は璃朱から目線を外し、窓辺にいる赤毛――の向こう側、窓の外を凝視する。

「この世界には姫ちゃんのような『貴王姫』が何人も存在する」

「貴王姫は一人しか存在できない。だからおれ達は狩る」

 灯黎の言葉に璃朱の背筋が冷たくなる。狩る、つまり。

「ちょっと姫ちゃんを怯えさせるような言い方をしないでよ」

 三冴が璃朱の恐怖心を少しでも和らげようと目線を合わせ柔和な表情をとる。それでもすぐ様真顔で言葉を続けた。

「って言っても、これから言うことは物騒なことだからびっくりしないでね。大丈夫。姫ちゃんのことは俺達が護るから」

 宣言される。真剣みを帯びている瞳を見つめ返しているはずなのに、璃朱の視界がぶれた。強く掴んでいた布団の感覚が消え失せる。

 そんな璃朱の異変に三冴は気づいていないのか、言葉は止まることなく璃朱に降りかかる。

「姫取合戦っていってね」

 三冴の声がどこか遠くになる。

「……ひめ、とり、合戦……」

 その中で聞こえた単語をどうにか反芻した瞬間、まるでそれが引き金だったかのように映像が眼前に浮かび上がった。

「……っ!」

 人が倒れていた。胸が浅く動いている者もいれば、もうすでに事切れている者もいる。この者達は知っている。

 璃朱の心音がけたたましく鳴る。

 死に瀕し、血に濡れた者達は先ほどまで話していた者達だった。

 赤毛の彼が苦しい息を吐きながら、刀を支えにして這っていく。

 悲劇を体現するその光景に璃朱の身体がぐらつく。そのまま倒れそうになったところを烏月が支えた。

「目が覚めたばかりですから疲れが出てきたのでしょう。後日改めて説明しましょうか?」

「いえ、もう大丈夫です。そのまま続けてください」

 先ほどの映像は璃朱にしか見えていなかったのであろう。男達は狼狽と心配を顔に張るだけで、先ほどの映像の言及はない。

 璃朱だけが見えたこと。

(これは予知夢?)

 そうであるのならあまりにも無常だ。

「本当に無理だったらすぐ横になっていいからね」

 三冴が眉尻を下げてそう告げてくれる。この人達は優しい。

「寝ている姫ちゃんに手を出す奴がいたら俺がたこ殴りするから安心して」

「……信用ない言葉吐いている」

「んー? どういう意味?」

 茶化し合いながらの空気も暖かい。

 顔を突き合わせる幼子と三冴の間に烏月が割りこむ。

「喧嘩している暇がおありなら、さっさと説明を終わらせてください」

「わかってる」

 顔色を伺う三冴に璃朱は精一杯の笑顔を向ける。これ以上心配されるのはあまり彼女自身好むものではなかった。うまくできていたかはどうも判別しないが、大丈夫と判断されたのだろう三冴が言葉を紡ごうと息を吸い込む。

「再開するね」

 そう前置きをして三冴は天を指さす。

「この世界にはいくつもの城があって、そこには絶対一人の貴王姫がいるんだ」

 天を指していた指先が真っすぐ璃朱に突き付けられる。

「もちろん、ここにも」

 貴王姫だから予知夢を見たのだろうか、と一瞬頭によぎったが、先ほどの映像を思い出しそうで三冴の言葉に集中する。

「世界は一人の貴王姫を選出したいみたいなんだ。だから俺達は君になってもらうために君を護るし、他の貴王姫を狩るために姫取合戦……まぁ城の略奪かな? そんなこともする」

「それって……戦うってことですよね……」

「うん」

 目を逸らそうとしていた映像が脳内を駆け巡り、璃朱は思わず手で口を覆った。

「やはり休みましょう」

 烏月が璃朱を寝かせようと肩を抱いたが、璃朱はそれに抗って三冴を見上げる。

「戦わない選択肢はないのでしょうか」

 懇願が口をつく。願いを断ち切ったのは赤い瞳だった。

「そんなものはない」

 冷淡な声にそれでもと首を振る。瞳からは雫が落ちそうになっていた。

「例えばわたし達は籠城するとか……手を出さなければ向こうからくることもないのでは……」

 苦し紛れの提案に灯黎の形相は崩れない。烏月と幼子は互いに顔を見合わせ俯く。

 戦いは避けられないと暗に言われて璃朱の眼前に影が落ちる。あってはいけないことが起こってしまう。

「いいねー」

 そんな暗雲が立ち込めるなか、明るい声がやけに響いた。初めて聞いた声の主は、先ほどの無関心が気のせいだったのではないかと思うほど、真っ直ぐな足取りで璃朱に近づいてくる。心底賛同しているのか、手まで打ち鳴らしていた。

「俺、その案大賛成だ。やる気ないし」

 璃朱の前に立つと、彼は恭しく立ち膝をして、そして小首を傾げて覗き込んできた。琥珀色の瞳と赤い髪が暗がりに灯る光のようだ。思わず璃朱の手が伸びる。

「姫とは仲良くできそうだ」

 にっかりとした笑顔は人慣れしていそうで、人見知りではなさそうだ。そんな彼は伸ばされた璃朱の手に気づかないまま「俺は七瀬だ、よろしく」と続けた。

「よ、よろしくお願いします……」

 挨拶を返すと七瀬はそのままくるりと背を向けて先ほどの定位置に戻る。何も掴まなかった手は少し空しく感じたが、それよりも賛同を得た高揚感のほうが勝った。

 ほかの者達も七瀬の賛同につられて前向きに検討しようという気配が漂う。

「わたしが、倒れなければいいんですよね」

 両手を握って皆を順に見回す。この案を通さなければ。

「そうだね。君はこの城の核だから」

 三冴の声に重圧が圧し掛かってくる。

 倒れはいけない本質。でも、それだけではない。

 初めて会った顔なのに、璃朱の中にはもうすでに何かが芽生えていた。彼らの顔を見回し、ゆっくりと、しかししっかりとした声音で言葉を紡ぐ。

「わたしは皆さんにも倒れてほしくはありません」

 悲劇が頭を駆け巡る。あんなことは絶対に起きてはいけない。

 戦いは避けられないことだと言われるだろう。甘えであるとも。それでも璃朱にとっては何よりも忌避したいことだった。

「だから、籠城しましょう」

 あの幻想が現実にならないように。少しでも抵抗できることがあるのならそれに賭けたい。

 璃朱の真っ直ぐな眼差しに、一人また一人と頷くものが現れる。

「……俺達は弱小の城だからね。外には俺達のような戦いの猛者や仕え人を何百と従えた貴王姫がいるからね。得策かも」

 片目を瞑る三冴が璃朱に微笑みかけた。

 隣に立つ烏月が賛同し優しく頷いてくれる。

「今ならきっと誰の目にも触れておりません故、存在自体を隠し通せるかもしれませぬな」

「お姫様がそう言うなら、ぼくはそれでいい」

 幼子の彼が真っすぐな瞳で璃朱を見つめる。

 皆の顔を見回し、最後に籠城を肯定した七瀬に目線を止める。彼の顔は無関心から太陽のような笑顔へと移り変わっていた。

「じゃあ、決まりだな。これで働かなくて済むぜ」

 親しみのあるその表情と目が合い、思わず頷きそうになるが、その彼との間に割って入る者がいた。彼は渋面で七瀬の頭を軽くはたく。

「籠城といっても働かなないという解釈はございませんぞ。姫様のため家事や訓練など様々な……」

「やめてくれよ、そういうの。俺はごろごろ寝ていたい」

 七瀬の苦言に烏月の眉間の皺が深くなる。

「働かざる者食うべからず、ですぞ」

 烏月はこの城の御飯番だ。そんな彼の遠回しの御飯を食えなくするという脅しは七瀬の首を項垂れさせるのに十分な効力を発揮した。ここで白旗を上げないと本当に彼は七瀬だけ御飯抜きにする。

「飯は食わせてくれ」

「なら働くことですな」

 うぇ……と漏れた呻き声に璃朱の口から軽い笑い声が漏れる。そのほぐれた空気に三冴は軽く手を打ち鳴らした。

「とりあえず一旦は説明終わり。で、いいかな」

「はい」

「何か質問あれば気軽に訊いてね、ちゃんと答えてあげるから。あ、七瀬はどうか分からないけど」

「なんでそこで俺を引き合いに出すんだよ」

「そう……みたいですね?」

「そこ姫は肯定するのか?」

 狼狽する七瀬に自然とさらに笑みがこぼれる。

 三冴に至ってはツボにはまったのか声は漏らさなかったが、肩を震わせ腹を抱えていた。

「信用なくなりましたな」

 烏月が先ほどの反撃とばかりに茶々を入れ、璃朱に向き直った。その手は布団へと向けられている。

「姫様、とりあえず今はゆっくりお休みください。目覚めたばかりですので」

「……わたし、ずっと寝てたの?」

 頭に浮かんだ疑問を口に出すとともに自分の記憶を手繰り寄せようとする。しかしうまく思い出せず、淀んだ霧の先を見ているようだった。その先には何かあるかもしれないが、無理やりに思い出そうとすれば、様々な記憶が一気に押し寄せてきそうな気がして、それ以上踏み込む気にもなれない。

 璃朱の質問に皆、互いに目線を交える。

「出現、したんだ」

「え?」

 幼子の淡白な言い方が、余計に璃朱の眼を丸くさせた。

 説明下手な彼の言葉を灯黎が引き取る。

「青白い光の渦が突然現れて、それが消えたらお前が横たわっていた。それ以上のことは知らない」

 ありえない話だった。記憶があいまいな璃朱でもそれが人間の身に起きた事例があるとは思えない。

 それでも彼らが冗談を言っているようにも思えなかった。

「とにかく貴王姫ってことはみんなすぐに解ったから、丁寧に扱ってあげたよ」

 璃朱の深刻な表情に大丈夫だと三冴が繕う。隣の小さな顔は微かにほっとした表情でぽつりとこぼした。

「お姫様、目覚めてよかった……」

「本当にね」

「まぁとりあえずいいんじゃね。俺のために倒れないでくれよ、姫」

「俺達のため、でしょ」

 軽快に七瀬の言葉を訂正しながらおどけて見せていた三冴は、次の瞬間真顔になり膝をついた。

 初めて纏っていた空気にしっかりとした男の空気が混ざる。

「この三冴、姫ちゃんについていきましょう」

 低い声は決意の表れで絶対に裏切らないと全身全霊で宣言していた。

「改めまして、烏月と申します。何なりとお申し付けください」

 対して烏月の空気は柔和で、包容力で優しく璃朱を護ろうとしている。

 烏月の横から音もなく幼い体が璃朱の前へと進み出る。

「狛」

 たった二文字の言葉だったが凛とした雰囲気が彼――狛を物語っていた。

「灯黎だ……」

 拍の直後だと灯黎の言葉は弱く聞こえたが、それでもその瞳には鋭さが宿っていた。

 最後に七瀬が犬歯を見せて笑いかける。

「なんか愛想の悪い奴らもいるけど、とにかくよろしくな」

 握手を求めてきそうな雰囲気に、思わず璃朱は手を差し出したが七瀬はやはりその手を握らない。やり場のない手を握りしめながら、璃朱は首肯にて彼らの意思を受け取った。



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