14.

愛生の包丁が肩を切り裂いた。

鮮血が舞う。

痛みと熱さが全身に走る。


「朔也!」

真琴の叫び声が聞こえる。


切られた痛みよりも、切り付けられた恐怖の方が勝っている。

逃げようとしても体が動かない。

まるで、金縛りにあったみたいだ。


「きゃああああっ!」

大和の絶叫が聞こえてきた。

その悲鳴が、俺に冷静さを取り戻させる。


愛生の包丁を握る手が震えていた。大粒の涙が頬を伝っている。

ファザーに精神支配されているかもしれない。それとも、未だに見ない教祖によるものなのか。可能性の視野が広がると、不安は際限無く膨らんでいく。


――考えろ。考えるんだ! 必死に思考を巡らせる。

今、何が起きてる? なぜこうなった? どうすればいい?

そもそも、ファザーは 俺が持っている 特別な力とやらが欲しかったんじゃないのか? なのに、なんでこんなことになってる!?


――ああもうっ!! くそったれぇえええ!!! 頭の中で思いっきり叫ぶ。

混乱した頭が少しずつ落ち着いてきた。


――落ち着け、朔也。自分に言い聞かせる。

まずは、落ち着いて状況を整理するんだ。

今までの経緯で見落としているモノはないか?


1. 教団へ入信するように迫られた

2. 断ると強制的にルームシェアが始まった

3. このバ・ビルで柴田早妃と出会い、その後、彼女が殺害された

4. 真琴と事件の真相を解明することになった

5. 事件には大和の父親が関わっているかに見えた

6. しかし、それはフェイクだった


改めて、振り返ると とんでもない事になっているな。

いかんせん、情報量が多い。

……だが、最大の疑問は 海野虹夜 だ。


ファザーの口から、相坂あゆみの名前が出てきたが、同一人物じゃないのか?


まさか、アイツがこの教団の教祖なのか? なら、ファザーは教団を裏切ろうとしているのか? じゃあ、動機は何なんだ? 少なくとも、ファザーが首謀者とは思えない。この騒動の原因なのは間違いないだろうが、奴はただの狂言回ペテンし。

そんな奴が1番知りたい事とはなんだ?


……………………。


――俺の、特別なチカラ、……何なのか?

だが、その答えを俺は知らない。


俺の中でひとつの仮説が組みあがる。

もし、教祖が知っていたのなら、

ファザーとの出会いが、偶然ではなかった?


そのことに気づいたファザーが、教団に入信し、支部長にまで昇りつめたなら。

そして、辿り着いた場所が、この バ・ビル ……。


このフロアは、この世の果て。

バベルの塔の天辺にある、最後の楽園。


バベル(𒁀𒀊𒅋𒌋)とはアッカド語では「神の門」を表す。


そして、バ・ビルは、はるか昔、地球に不時着して帰れなくなり住み着いた宇宙人を指す言葉でもある。


―――どちらも、空想めいた話だ。


それらが、俺たちの住む世界に存在してしまっている?

なら、あの『黄金の扉』が、その入り口というわけか。


……だったら!


俺は、放心状態の大和の手をとり、『黄金の扉』へと向かった。

大和は戸惑いながらも、素直についてくる。


大和は、俺を信じているんだろうな。

お前のためなら、何でもしてやりたい。

そう思うのは、おかしいことだろうか。


俺の頭の中には、真琴の顔がちらついていた。

今は、目の前のことに集中しよう。


俺は、黄金に輝く大きな扉に、肩からぶつかる。

――が、まったく動かない。


ぶつかった勢いで、傷口から血が噴き出した。

痛みで意識が飛びそうになる。


「ほーっほっほっほ!笑わせないでちょーだいっ! 黄金ゲヘナの扉は、アナタひとりでは開かなくってよ」

振り向くと、そこには、ファザーと真琴の姿があった。


真琴が、俺に向かって手を伸ばしてきた。


「朔也、逃げてください! 大和は味方ではありません!!」

真琴は必死の形相だった。

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