11.


「どうして、わかってくれないのですか!?」

「まだ、あなたの物と決まったわけじゃなくてよ」


気付けは、どちらが正妻で どちらが愛人になるか で揉める事態になっていた。

どうして、こんなことになったのだろう……。きっかけは、大和の一言だった。


***



「どうしてあなた方が、そのようなことをお調べになっているのかしら?」

突き放すような物言いで、大和の視線が冷たい。


そこへ 、まったく雰囲気を読もうともしない 真琴が、何やら勝ち誇った顔で、ろくでもない事を言いだした。


「えっへん! 朔也は、ヒロインである私に夢中なのですよ。ですので、 私は朔也のために一生懸命なのです!」

「ヒロイン? なに、バカなこと言っているのよ」


「だって、朔也が言ったのですよ。『俺にはヒロインが必要だ』って」

「ちょっと待て!」


慌てて 真琴を止めようとしたが、遅かった。


「ヒロインが欲しい? どういう意味かしら? 詳しく聞かせてちょうだい、あなた」

大和は俺に詰め寄った。目がすわっている。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は、そんなことは言っていないぞ」

「言いましたよ~」

「言ってない!」


俺は焦って 真琴の口を塞いでしまった。


「ん~っ!」

「とにかく、落ち着いてくれ!」


俺は必死に弁解したが、大和は聞く耳を持ってくれない。

すると、真琴が手を振り払い、大声を出す。


「ケチケチしないで、好きって言ってください!」


「なっ!」 

(突然、何ってことを言いだすんだ、このバカは)


「な、な、な、なによ、それ。どうせ、いつもみたいに嘘なんでしょ?」

なぜか、大和がパニックに おちいった。


(最悪だ。これじゃ、事件のことを聞くどころではない状況だ)

俺が呆れて、頭を左右に振っているのを大和がチラリと見た気がした。


「違いますよ。本当のことです!」


自身に満ちた顔で、大和を見下す姿勢がいたたまれない。

まさか、真琴が 虚言壁の迷惑キャラ だったとは……。


「ふんっ、信じられるわけがないでしょう」


「むぅ、大和さんは愛を信じていないのですか? そんなんじゃ、いつまでたっても独り身のままですよ?」


「余計なお世話よ!」

頬をふくらませて、不貞腐れた真琴に 大和が顔を真っ赤にして 抗議をした。


完全に真琴のペースに振り回されてしまっている。


――ったく。このままじゃ、事件について 話を聞かせてもらおうとしたのに、まったく進まないじゃないか。コイツは何のために、ここまでついてきたんだよ?


「あーもう、わかったよ!」


二人の口論を止めるため、仕方なく口を開いた。


「俺にとって、お前は必要な存在だよ」

「どうですか! これで私が嘘つきでないことが証明されたでしょう」


真琴が勝ち誇った顔で、大和を指差す。


「う、嘘よ!」


大和は動揺して、大粒の涙で、視線を逸らす。ただ、俺は気づいてしまった。

こいつらの性で、ここ数日間、どれだけ 人間不信に 磨きがかかったであろうか。

(はぁ、これが信者獲得のためでなかったら、どれほど嬉しい状況だろうか)


こんな演技に騙されて、入信した方々が不憫でしょうがない。


「あぁー、面倒臭いな。どっちも好きだよ。すきすき。さぁ、これで喧嘩はおしまいだ」


「ちょ、調子に乗らないでよね」

大和の口調が、崩れ始めていく。

「はいはい」 もはや 適当に返事をするしかない。


「む~」 真琴は 不服そうだ。

「言っておきますがねぇ、――――」


こうして、コイツが また おかしな事を言いだして、どちらが正妻かで 新たに 口喧嘩が始まってしまったのだ。


(なにも 聞き出せない...)


俺は頭を抱えつつ、真琴と訪ねたことを深く後悔していた。



――とその時、ドアをノックする音が聞こえてきた。



**


――コンッ、コンッ。


誰か来たようだ。今は取り込み中だし、無視しようと思ったのだが、しつこく何度も叩くものだから、仕方がなく扉を開ける。


そこには、見覚えのある顔が入ってきた。


「ちょっと、あんた。居るんだったら、さっさと出てきなさいよね! あぁもう。ファザー様が呼んでるわよ」


彩花が不機嫌そうな表情を浮かべている。

そして、「早く来なさいよ」と急かすように、腕を引っ張ってきた。



――なんだ? 一体何があったんだ?



不思議に思いながらも、彩花に引っ張られるまま、部屋を出た。

しばらく歩くと、彩花は立ち止まった。


「なにをやったのか知んないけど、ちゃちゃっ、と謝っちゃいなさいよ」

彩花は不貞腐れたような口調で言った。


「なんで、俺が謝るのが 前提 なんだよ?」


――ゾクっと、背筋に冷たいものが走った。

思い当たるとすれば、こうして 事件を調べていることだろう。

頭上から 得体の知れない視線を感じ、恐怖で身が硬直する。


(見られている? 誰かに?)


疑っているのは、ファザー・サンだ。

彼女からすれば、俺が柴田さんと最後に会った人物ということになりかねない。


逆に、彼女が最後に会った人物でもあるし、俺から見れば動機もある。

きっと。教祖だかに、俺を入信させたという功績が欲しかった。

そう考えると、この4人のうちの誰かでない他人の手によって入信したら、、、


――この4人? ちょっと待て・・・…。


だったら、こいつらが柴田さんを殺す動機にも成りえるじゃないか。

どうして、そんな事に気が付かなかったんだ!?


不味い、話し合いができるような カードを、何も持っていない。

これだと 裸でハチの巣に突っ込むようなものだ。


(俺も 殺される……何のために……?)


――逃げるか? 俺は慌てて、後ろを振り返る。

そこには、真琴と大和がいた。


――まずいな……。

俺は焦りを感じたが、2人の心配そうな顔が、こちらを見つめていた。

どうやら、俺は。本物の勇者バカになるしかないようだな。


「ちょっと、行ってくる」 覚悟を 決めた。


「わかりました。では、我々もついて行くとしましょう」

「そうですわね。教祖さまも お見え になられているかもしれませんし……」


――え?


俺の決めっ決めのセリフが、秒で喰われたんだが……。

(なんで、こいつらは空気を読まないんだよ!)


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