第2部
1.
「虫歯を削らず治すんじゃー、なかったのかよ…」
膿んだ歯茎を押さえながら、半年ぶりに歯科医院を訪れていた。
歯を削るのが怖くて、インターネットで調べて知ったばかりの治療法。
『虫歯を全部削り取らなくても、フタをして密封し、
菌に栄養が行かないようにして、虫歯の進行を止まる』方法だった。
10年以上も前からあるだけに『信頼度は高い』と 妙に納得してしまっていた。
・・・…だけど。
それは、似非科学だった事を、朝の報道番組で知った。
***
日本歯科医師同盟が 謝罪会見が開かれていた。
『ドックス ベストセメント』について。
「虫歯を取り残しても、虫歯が治ってしまう 魔法のようなセメント」
と誤った解釈が広まってしまったこと、
さらに、メーカー側は10年以上も前に 廃業しており、訴訟の仕様がないこと。
金銭目的で『倒産メーカーの処分品』を海外に売り込んだ詐欺師(バイヤー)は特定が難しく、国際手配すら出来ないことを説明をしていた。
「放っておけば、歯髄神経がう蝕され、膿が発生します。ひどい場合は、抜歯をしなくてはなりません。
これを見た、もしくは、聞いた方で お心当たりがある方は、すぐに再治療を―――」
ニュースキャスターの女性が、悲痛な顔で視聴者に訴えている。
再び、ライブ映像に切り替わり、
メーカー側の弁護士が「『歯科用合着剤』だと、しっかりと説明書に記載している!」と弁明していた。
***
「なんで、このタイミングなんだか。せめて 半年前なら、治療をためらっただろうに……」
患者がひとりもいない待合室で、俺は独り言をこぼす。
――思えば、幼少の頃から 運が悪かった。
「最近、いちばん ツラかった事は何ですか?」と問われれば、
間違いなく 大学受験に失敗したことを 挙げるだろう。
好きになった女性に告白して、フラれたことが『小さな悩み』だったと思えてしまうくらいに。
断られた理由は、だいたい同じだ。瞳の色が気持ち悪い。
そんな理由で、小学生の頃から数えると、5人以上に断られている。それからは 数えるのを止めた。
――両親は、ともに日本人だ……。先祖に外国人なんていないそうだ。
・・・なのに、俺の 瞳の色 は、青い――。
***
治療を終えて歯科医院を出るとすぐに、男女2人組に声を掛けられた。
「ねぇ、君! ドックス ベストセメントの被害者だったりする?」
俺はその言葉を聞いて、ピンときた。『共感』が芽生えた。
きっと、コイツ等も 被害者なんだ、と。
「あんたらも?」
「そうなんだ。それで、団体を組んで訴訟を起こそうとしているんだ」
「ねぇ。一緒に来て、お願い!」
(訴訟って?)
今朝のニュースを思い返そうとするも、女性に腕を引っ張られてしまった。
ぐいぐいと引っ張る お姉さんの香りが、ヘンな期待に変わっていく。
(モテ期かもしれない)
そう思うと、女性のお尻から 目が離せない……。
***
連れていかれた場所は、清潔そうなビルだった。
看板には【聖称会】と書かれている。
………どうやら、宗教の勧誘だったようだ。
「あの…。俺、こういうのに興味ないんで」
建物に連れ込まれる前に、やんわりと断ろうとしたが、
後ろから3人の女性が、俺を囲むように現れる。
その中に、初恋の女性がいた。
彼女は、たしか『明坂 あゆみ』という名前だったか。
(これは、運命かもしれない…)
邪な煩悩が、俺の判断を狂わす。
(きっと今までの不幸は、このときの為の『幸運の代償』だったんだろうな)
――腑に、落ちる気がした。
不思議な感覚だった。
あとから あとから、高揚感がやってくる。
(君が手に入るなら、他には何もいらない)
◇
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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