春にさよなら
@chauchau
第1話
「夢は必ず叶うと思うかい」
盛りが過ぎた古い大木は、桜色のドレスを脱ぎ捨てて萌葱色の着物を身に纏う。木々の葉を静かに風に揺らし、根元に集い騒ぐ人間を見送って得た平穏を噛みしめていた。
「思うわけない。思うわけがない。そうだろう」
街の喧騒から離れた場所にやってくる物好きなど多くはない。そんな場所に同じ日、同じ時間に二人の人間が出会ったとなれば、それはもう偶然では済まされない。
「君という存在がなによりの証明となる」
「変わってないようで安心したよ」
「変わらないことなんてありはしないんだよ。分かるかい。分かってくれるかい」
「変わらず変人じゃねえか」
「何を」
「何をして僕を変と捉えるか、なんて質問に答える気はねえぞ」
「むぅ」
唇を尖らせる女に男は顔を歪める。それを笑顔と言うには些か男は強面であった。
「約束は守れていないようだけど」
「言いたいことはそれだけか」
「君は……」
近づこうとする男にかけられた女の言葉は、拒絶を孕む。しかし、拒絶という殻に守られた女の本音に、もしくは男の身勝手な願望に、手を伸ばすことを男が止めはしなかった。
「随分と可愛げがなくなった」
「それは上々」
重なりあう二人の影に、桜の大木は存在しない胸を撫で下ろした。
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