心の雨
クロノヒョウ
第1話
突然の雷の音で我に返った。
はっとして時計を見ると午後四時を回っていた。
いったいどれだけピアノの前に座っていただろうか。
昼食を食べてからだからかれこれ四時間。
固まった体をほぐしながら開けてもいなかった部屋のカーテンを開けると窓の外はどんよりと雲っていた。
俺の心と同じだな。
そう思いながらとっくに冷めたコーヒーを口に含んだ。
あいつと知り合って十年。
お互いまだ十代だった頃この小さなオーケストラチームに入ってからになる。
俺がピアノであいつはバイオリン。
週末に大きなバスであちこちの州の施設に演奏にいく。
ただそれだけ。
それでも俺はあいつの奏でる音が、あいつの音楽が好きだった。
「俺もお前の音、好きだぞ」
そう言われてからだろうか。
あいつの音ばかりを聴くようになったのは。
あいつが弾きやすいように、あいつが気持ちよく演奏できるように、それだけを考えて鍵盤を叩くようになっていた。
「俺、結婚することになったんだ。そうだ! お前が曲作ってくれよ。それを二人で結婚式で演ろうぜ。最後に」
そう言って目を輝かせて笑うあいつ。
彼女がいたことは知っていた。
もうすぐ結婚するだろうことも。
ただ、オーケストラを辞めるとは思いもしなかった。
彼女がいたっていい、結婚したっていい、あいつに会えなくなる、あいつの音楽が聴けなくなる。
それは俺の心にぽっかりと大きな穴を開けていた。
「好き……だったのかな」
そう言葉にしてみると、まるで返事をするかのように激しい雨が窓を叩きつけ始めた。
「なあ、雨の日に空を見上げたことあるか? 今度やってみろよ。傘はささずにさ。雨が音符になって頭の中に降り注ぐんだぜ」
あの時俺は何て返事したっけ。
ただ笑って「へえ」って言ったんだっけ。
でも本当はあいつのその音楽の才能に嫉妬していたのかもしれないな。
きっとそうだよな。
雨が降る度にあいつのことを思い出すなんてな。
そうだ、俺はあいつのことが好きなんじゃなくて純粋にあいつの音楽が好きなだけだ。
そう思いながらまたピアノの前に座った。
あいつのための譜面に音符を入れていく。
それを俺の手で音にする。
頭の中であいつのバイオリンと一緒に。
なぜか涙が頬を伝う。
「くそっ……」
手が震えて鍵盤がうまく叩けなかった。
俺も外に出て雨に打たれようか。
あいつみたいに音符が降ってくるかな。
いや、きっとびしょ濡れになって終わりだ。
でもこんなに激しい雨なら俺の心とこの涙を綺麗に洗い流してくれるかもしれないな。
鳴り響く雷と雨の音に負けないように、俺は夢中でピアノを弾いた。
これはあいつの結婚式で演るんだ。
あいつの幸せを願って。
曲名は……。
だから、そうだな……これは『祝福の雨』だ。
完
心の雨 クロノヒョウ @kurono-hyo
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