第1-6話 町に迫る脅威


 その実力を認められ、冒険者として正式に登録したレギアス。


 だが、まだ始まってすらいない。あくまでスタート地点に立っただけでありこれから依頼を受けて仕事をこなし報酬を受け取ることで初めて彼の目的が完遂されるのだ。


 早速依頼を受けようと動き出すレギアス。しかし、そんな彼の前にまたしてもマリアが立ちはだかる。


 ぶすっとした顔で端の方に置かれた椅子に座っていた彼女はレギアスを見つけるとずんずんと足音を立てながら彼に近づき不満をぶちまけていく。


「あんたねえ! いきなり締め出しておまけに扉をあかないようにするってどういうことよ!」


「相変わらずうるせえ女だな。大体、聞いてどうするつもりだ? 含蓄になる様な事はないだろ」


「それは……、単なる暇つぶしよ。それに大体、聞いたところで得は無いけど、害があるわけでもないんだから別に聞いててもいいじゃない」


「かぁ~、呆れた女だな。たかが暇つぶしのためにあんなに騒げるか普通? 脳内で花火を着火させる趣味でもあるのか。ないんだったら治療を勧めるぞ」


 案の定ぎゃんぎゃんと騒ぐマリアの言葉をレギアスは適当に受け流す。しばらくそれを続けていた彼であったが、いつまでも彼女に構っていても仕方がない。ほどほどのところで切り上げて早速依頼を受けることにした。


 依頼の張られている巨大なボードに近づいてその内容を確認していく。しかし、割のよさそうな仕事は既にあらかた取られてしまっており、今あるのは町の雑用や雑魚モンスターの討伐など、下っ端がやる様な仕事ばかりであった。


「まともなのがないわね。あ、でもこれなんかいいんじゃないかしら。グレートウルフ三体の討伐ですって」


「……なあ、お前は何でついてくる前提の口調で話してる? てか何まだついて来ようとしてるんだ?」


「えー別にいいじゃない。町で待ってても暇だし、それに私、そこそこ戦えるのよ。邪魔にはならないようにするしついていって迷惑になる様な事はしないわよ」


「野盗に取り囲まれて間一髪だったやつの言葉は信用できる要素が一ミリもねえな。黙って人の行き来でも見ながらお座りしてろ」


「あんたのそういう物言いがムカつくのよ! もっと言い方を改めなさい!!!」


 彼女の反論を無視して適当な依頼を手に取り、カウンターに向かうレギアス。周囲からは闘技場の英雄が一体どんな依頼を受けるのだろうかと、興味津々の眼を向けられていた。


 彼を担当する受付嬢は差し出された紙を見ながら依頼の内容を確認する。その直後、その内容に驚き目を丸くした。


「あのぅ……、本当にこの内容でよろしかったでしょうか?」


「そうだが? 何かおかしいところがあるか……」


「いえ、ただランクに合わない内容だなぁと思いまして……」


 彼が選んだのは荷運びのバイト。冒険者どころかそこらの力自慢でも出来そうな内容であった。上から二番目という階級に見合わない仕事内容に受付嬢は改めて確認を取るが、当の本人はなぜ問われているのか分からないと言わんばかりの表情を浮かべている。


 彼にとって、冒険者の仕事というのは食い扶持を稼ぐための手段でしかない。そこに世界を救う英雄になるなどの目的はなく、そこに至るための過程もない。ただその日を暮らせれば十分な金さえ得られれば十分である。


 『高い階級なのだから難度の高い依頼を受けるのが普通では?』と思う受付嬢だったが、彼が受けるといった以上、断る理由はない。手続きを済ませて依頼を受けたレギアスは早速出発の準備をする。


「待ちなさーい。あんたが心配するから私も冒険者の登録してきたわー」


 扉から出ようとしていたレギアスを背後から迫ったマリアが呼び止める。彼女の手には登録仕立てほやほやの冒険者カードが握られている。行動力の化身である。


「あのなあ、俺が受けたのは荷運びの仕事だぞ。お前が楽しいような綺麗で美しい仕事じゃねえ」


「あら、別にいいじゃない。身体能力なんて魔法でどうにかできるし。それに仕事に美しいも汚いもないじゃない? それで世界が回ってるならかけがえのないものだわ」


 そういうと、マリアは彼の依頼に参加するために再びカウンターに向かって走り出した。彼女がわざわざ冒険者として登録したうえにあんなことを言われてはどうにも引き剥がしにくいというもの。もはや連れていくしかないと悟ったレギアスは深くため息を付くのだった。


 同行の手続きを終えて戻ってくるマリア。パタパタと足音を立てながら戻ってくる彼女の足音一音一音でテンションを下げながら、初めて依頼に出発とするレギアス。


 マリアを伴ってレギアスは依頼の場所に歩いていくのだった。






 

 その直後、彼らの集会場に焦り散らしたゾルダーグの声が響き渡った。


「レギアスさまはまだいられるか!?」


「ぞ、ゾルダーグさん? ど、どうされました?」


「レギアスさまはまだいるかと聞いているんだ!? どうなんだ!?」


 普段の冷静な様子と違い、慌てた様子の彼に怯えながら受付嬢は彼の問いかけに答える。


「そ、その方なら先ほど依頼を受けて行かれましたが……」


「受けた依頼は!? 見せて見ろ!」


 受付嬢の差し出した紙を受け取ったゾルダーグは目を走らせ内容を確認する。


「なんだってこんな依頼を……。だが、今回は好都合だ」


 彼も受付嬢と同じように困惑の色を見せる彼だったが、同時に抑えきれないという感じの笑みを浮かべる。


「すぐに呼び戻すぞ! 緊急の依頼を発行する! 内容はザルボの森に出現したヒュドラの討伐だ!」


 ゾルダーグがそう叫んだ瞬間、集会場内が嫌な雰囲気と騒がしさに包まれた。































「なんだ急に呼び出して。茶でも誘いに来たのか?」


「冗談を言っている場合ではありません。あなたの力をお借りしたい火急の要件が出来たのです」


 冗談めかしたようなことを言うレギアスの言葉をぴしゃりと否定したゾルダーグは、早速依頼用の紙をレギアスに見せる。


「現在、この町の北に存在するザルボの森にてヒュドラが出現したとのこと。現在アルキュスが応戦しているとのことですが、苦戦を強いられていると通信が入りました」


「ヒュドラ、って相当高位のモンスターじゃない。でもこんな人類の生息域に出てくるようなモンスターじゃなかったはずじゃ?」


「その話は後に致しましょうマリア様。アルキュスが私の娘であることを鑑みないまでも人里近くにヒュドラが出現したというのは看過できません。このまま放置すればいずれこの町に牙を剥くのは確実でしょう。そうなればこの町もどうなることか……」


 緊張感のある面持ちで語るゾルダーグ。その緊張感に呑まれてか、マリアはゴクリと喉を鳴らした。


「故にレギアス様。あなたにアルキュスの救援兼ヒュドラの討伐を依頼したいのです。緊急の依頼ということもあり、報酬は弾ませていただきますし、ヒヒイロカネへの昇級の判断材料として大いに活用させていただきます」


 利でレギアスの説得を試み続けていたゾルダーグ。しかし、その感情は一瞬の間に大きくひっくり返る。彼の頭の中に浮かんでいたのは可愛い可愛い娘の顔。娘が死んでしまったらどうしようという親心であった。


「娘の命が掛かっているのです! 何卒、何卒お願いいたします!!! 私にお力をお貸しください!!!!!」


 必死に頭を下げ依頼を受けてもらえるように懇願するゾルダーグ。


「構わんぞ」


 そんな彼の耳に届くレギアスの短い言葉。あまりにも淡白なその言葉にゾルダーグもマリアもその意味を理解できずに放心したような表情を浮かべていた。


「あの、それはどういう……」


 ゾルダーグが声を振り絞って問いかけると、レギアスは少し苛立ったように眉を顰めた。


「耳で鍾乳洞でも作ってるのか。行くと言っているんだ。問題があるなら俺は元の依頼に戻らせてもらうぞ」


 改めてのレギアスの回答で意図を完全に理解したゾルダーグは一瞬のうちに纏っていた重苦しい緊張感を解き放つと、それを歓喜と感謝のものに変化させレギアスの手を取った。


「ありがとうございます! これで私の娘も救われます!」


「そう急くな。まだ助かったと決まったわけじゃねえんだ。俺に死人を生き返らせることはできないからな。助かるかどうかはあの女次第だ」


 そう素っ気なく告げたレギアスはゾルダーグに背を向ける。


「ともかく依頼は受ける。あまりもたもたしてるとあの女死にそうだから俺はさっさと行かせてもらうぞ」


「お願いいたします。――娘を、お願いします」


 ゾルダーグの言葉を聞いて集会場を出たレギアス。しかし、またしても彼の足はマリアによって止められる。


「ねえ、置いてくつもり?」


「当たり前だ。ヒュドラ相手に役立たずを連れていけるか」


「酷い言い方。言ったでしょ、私そんなに弱くないって」


 そう言うと彼女は胸元に下がっているペンダントを服の下から引っ張り出すとそれを握り、高らかに詠唱する。


「開け異倉の門!」


 そう言うと彼女の前の空間に謎の穴が開く。突然現れたものにレギアスが緊張した面持ちを浮かべていると彼女はその中に入っていく。しばらくして戻って来た彼女は両腕に籠手、足には脛当てのようなものを付けており、背中に鉄製のリュックのようなものを背負っていた。


「どうよ」


「見たところ全部魔道具か。どこでこんなものを?」


「――秘密よ。これ全部使えばヒュドラ相手だろうと攻撃の届かないところでちょっかいかけるくらいは出来るわよ」


「……どうせ止めても勝手についてきちまうんだろ。だったらもう好きにしろ」


「そう来なくっちゃ! そうと決まればさっさと行くわよ」


 そう言うとマリアはレギアスの腰に手を回す。突然の事態に困惑したレギアスは彼女の手を離そうとするが、それよりも先にマリアが行動に移る。


 マリアの身体がまるで重力の呪縛から逃れたかのように浮き上がり、それに合わせてレギアスの身体も浮き上がる。


「背中のそれか? 攻撃が届かないってのはそういうことか。というよりもとっとと下ろせ」


「空を飛んで行った方が邪魔もなくて早く着くわ。急がないといけないんでしょ、つべこべ言わずに行くわよッ!」


 レギアスの反論も聞かずに宙に浮いたマリアは加速を開始した。邪魔になる存在もなく速度を上げていく二人はみるみるうちに町から離れていく。


 その最中、空中を進むマリアが抱えているレギアスに問いを投げた。


「ねえ、安請け合いしたのはいいけど本当にヒュドラと戦って大丈夫なのかしら?」


「あん、お前ヒュドラの何が分かるって言うんだ?」


 レギアスの口調にムッとしながらもマリアは彼の問いに答える。


「相当危ないモンスターだってくらいには。九本の首と巨大で強靭な肉体、おまけに牙の猛毒は一滴でも触れれば全身が激痛に襲われて、その苦痛が何十時間も続くって。王国の一軍をたったの一体で全滅させたっていう話は有名じゃない」


 ヒュドラというモンスターの生態を説明して、いかに危険なモンスターであるかを説こうとするマリア。しかしレギアスはそんな彼女の説明に呆れたように鼻を鳴らした。


「フン、その程度で俺に忠告しようなんて百年早いわ」


「――ちょっと、人の忠告は聞くものよ。大体ほとんど戦った人間のいないモンスターの噂なんてこんなものじゃない」


「噂で知りえない情報で忠告してくるなって言ってるんだ。実際に見聞きした情報には遠く及ばないんだからな。余計な情報を俺の頭に押し込むな」


「えっ、それってどういう……」


「見えた。あそこだ」


 マリアの疑問に答えることなく、レギアスは前方を指さす。その先には森があり、さらにその木々が薙ぎ倒されている場所があった。間違いなく、あそこでヒュドラが暴れている。


「ここからは走る。下ろせ!」


「えっ、ちょっと待ちなさい。こっから生身で降りたら怪我は確実、下手したら死ぬわよ。高度を下げるからしばらく待って」


「知ったことか。お前はこの高さで待機してろ!」


 そう言うとレギアスは自分を支えている手を強引に振り払った。刹那、レギアスの身体は重力に向かって落下を始める。咄嗟に伸ばされたマリアの手から逃れ、落下した彼は数秒と経たないうちに地面に激突した。


 が、地面に足がついた瞬間、転がり受け身を取った彼の肉体は傷どころかダメージ一つ負っていない。地面を転がった勢いのまま立ち上がった彼は、直後風を切りながら走り始め、森の中に姿を消した。


「なんて無茶苦茶なの……。あれで本当に魔力の補助を受けてないって……」


 あんなことが出来るのはおそらくこの男だけだろう。文字通りの無茶苦茶っぷりを披露されてしまったマリアは、無意識のうちに額に手を伸ばしていた。


 呆れながらも森の中に姿を消した彼を追ってマリアも森の上空へと移動を開始する。その直後、彼女はヒュドラという恐ろしい化け物と、それに立ち向かう戦士の姿を目の当たりにするのだった。



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