面倒くさい対戦。
決戦前夜。
最後の修行。
ミリアは姿を現さなかった。
メンマだけがわたしの部屋にいた。
わたしは普段通りに振舞うだけ。
早く終わらせたい。
頭にあるのはその言葉のみ。
誰だって嫌なことはすぐに終わらせたい。
その嫌なことが、明日になれば全て解消される。
振り返ればなんてことのない日常だった。
とにかく、疲れるだけの日々だったわ。
ベッドの近くで煙草を吹かすような仕草をしながら、メンマは言葉を紡ぐ。
「人形を相手にしているようであります!!」
「知っているかしら? 人は人形に、愛を覚えやすいそうよ」
「虚しいだけでありますよ!!」
そう。
まぁ、メンマがどんな感情や理由を持って、愛を向けるのとか興味無いわ。
だってこれ、ただの作業だもの。
強くなるための作業でしかないもの。
わたしは服を整え、布団から出る。
「ミリアとハルナを呼びに行くわ」
「了解であります!!」
ハルナはともかく、ミリアもどこに行ったのよ。
修行の時間はとっくに過ぎているというのに。
家中歩き回ってみたけど、どうもどこにもいないわね。
外にいるのかしら?
こんな夜更けに。
日本みたいに靴の本数で判断とかできないのよね。
……面倒くさいわ。
わたしは眠い身体に鞭を打って、外へと駆け出した。
松明の炎がパチパチと火花を散らす丑三つ時。
砂粒みたいに広がる星々と、欠けた三日月が夜の闇を照らす。
鈴虫にも似た虫の声が響き渡っている。
風がそよいで、わたしの髪を強く引っ張っていく。
夜の帰り道に漂う冷たい空気を吸い込んで、わたしは軽く身震いする。
戦争前夜とは思えないほど、ありきたりで、いつも通りで、何の変哲もないわたしがいた。
襲撃のあった日から、村の警備は厳重に敷かれている。
入り口近くにいた人にミリアとハルナを見かけなかったかと尋ねてみると、すぐに答えが返ってきた。
どうやら外に出かけたらしい。
夜に出歩くのは止めてほしいわと、わたしは踵を返して家に戻ろうとする。
無事は確認した。
後は勝手に帰ってくるだろうって。
わたしは自分家の玄関に手を掛けたところで、ふと面倒くさい思考が脳裏をよぎる。
もしもあの二人が何か修行をしていたとして、帰ってくるのが遅くなったり、ましてや攻め込むときに疲労をそのまま引き摺ったりしていたら。
……監督責任にもなるわよね。
出かける時に玄関の鍵を閉めたかどうかを確認しに戻る感覚で、わたしは村の外へと向かって歩き出した。
* * *
わたしは森に足を運んでから、数分足らずで二人を見つけた。
金属と金属のぶつかり合う音が響いていたから。
遠くには行っていなかったようで、いつもの練習場所から聞こえてくる。
吸い寄せられるように向かってみれば、案の定ハルナとミリアがそこにはいた。
ミリアが何かを確認するかのように傘を振り回す。
ハルナはその姿に、夜だからか後ろからやいやいとヤジを飛ばしている。
前日の夜になっても練習とは精が出るわね。
わたしが感じたのはそれだけだった。
汗を飛ばしながら、ミリアが一心不乱に食らいつく顔で傘を振っていても。
明日すべての運命が決まると分かっていても。
わたしの心は氷に包まれていた。
「もう日を跨いでいるわ。そこまでにしておきなさい?」
わたしはカグツチの、赤い炎を手のひらから現出させる。
光のない場所から急に光源が現れたことで、二人もわたしの存在に気づいたみたいね。
肩で呼吸をしながらミリアは腕の動きを止めた。
「お前はもう既に精を出したあとか?」
「女同士よ? 精なんか出ないわ」
「はぁ……お前、本当にな」
ハルナは面白くなさそうな顔で後ろ頭を掻く。
ミリアは汗を袖で拭いつつ、まだ何か納得のいっていない表情を浮かべている。
その瞳に決意を宿して。
「もう一度言うわ。そこまでにしておきなさい?」
わたしがもう一度問えば、ミリアは歯噛みした顔で傘を下ろした。
今更修行に付き合ってあげても意味なんてないじゃない。
修行をしても、どうせエルフの部族長を戦うのはわたしなのだから。
「その前に一度、手合わせ願いたいわ」
「手合わせ?」
「少しだけで良いから……。ナイフを構えてちょうだい」
そう言うと、ミリアは傘を持ち上げる。
覇気のない、それでいて手負いの獣のような瞳でわたしを見ている。
わたしを見て、わたしではないどこかを見ている。
「嫌」
わたしはミリアに背中を向ける。
空気が振動する。
銃が火を噴く。
カキン! と火花が散った。
「何のつもりかしら?」
ミリアの傘から硝煙のようなものが立ち昇っていた。
わたしは嫌と言ったのに魔力弾を撃ってきたミリアに問いかける。
「逃げんじゃないわよ!」
ミリアは感情を剥き出しにした顔でわたしを睨みつけてきた。
逃げる……ねぇ。
わたしははぁとため息をひとつ。
「別に逃げているつもりは無いわ。面倒くさいだけよ」
「それが逃げているっていうのよ! あんたは出会った時からいつもいつも!」
「……はぁ、めんどくさ」
わたしはカグツチの炎で髪留めを作る。
自分の長い髪を邪魔にならないように一纏めにして、ナイフを構える。
明日に響くって言ったのに、どうしてこうも無駄に体力を減らそうとするのかしらね。
女の子なのに妙に少年漫画の主人公みたいに、熱くなっちゃって。
ハルナがどこから拾って来たのか分からない木の枝を上空へと放り投げた。
わたしの心はその間もずっと、面倒くさいでいっぱいだった。
もう寝ようとしていたのに。なんで二人を呼びに行ったら戦いをしなくちゃいけないのかしら。
監督責任とかほっぽって寝れば良かったわ。
後悔先に立たずって奴よね。
……ミリアが来てからずっと後悔してばっかよね、わたし。
木の枝はやがて最高到達点に達し、自由落下していく。
ミリアが傘を大剣のようにして構えた。
足が踏み込む準備を始める。
その瞳はまっすぐとわたしを見つめている。
ほんと、なんでこんな面倒くさい女にこうもまっすぐな目を向けてくるのかしらね、この娘は。
自分でも分かっているわ。
わたし自身が面倒くさくて、メンヘラみたいな性格していて、そしてずっと前から逃げ続けているのなんて。
いつ頃から逃げていたのかは忘れてしまったわ。
……多分、高校生の頃かしら?
違うわね、多分それよりもずっと前。
わたしがわたしだと認識した時から、こうだったのかもしれないわね。
わたしが元々持っていなかった、強迫観念にも近い情熱を持ってミリアは対峙してくる。
木の枝がそろそろ地面へと落ちる。
勝負は一瞬で終わる。
ミリアの頬を一筋の汗が伝っていく。
思えば卑怯よね、わたしは身体を温めていないのに。
カグツチを軽く身に纏い、わたしは自身の体温を無理やりにでも上げる。
準備運動をする時間くらいは欲しかったけど。
そんなもの目の前の獣は待ってくれないでしょうけど。
木の枝が地面へと着地する。
勝負の火蓋が切って落とされ、そしてすぐに幕を閉じた。
本当に一瞬の出来事だったわ。
わたしはいつの間にか月を見上げていた。
背中から伝わる冷たい大地の感触。
束の間の空白。
ミリアの上げた勝鬨の声で、わたしは自分が敗北したのだと察した。
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