百鬼夜行編

第237話 総理救出

「ふん、他愛もない」

「やりすぎではないか? 」


 時刻は莉子達が葵の元へ向かうより少し前、神宮奏多とぬらりひょんは、内閣総理大臣を救出すべく、総理官邸へ来ていた。

 既に警備の興亡派は軒並み倒れており、後は総理を助け出すだけ。


「無事か? 総理大臣とやら」


 奏多が扉を開け放つと、口に猿轡をくわえさせられた中年の男が、腕を後ろ手に縛られていた。彼が総理大臣だろう。

 とりあえず、ぬらりひょんが口を自由にさせてやると、すぐさま彼は叫び出した。


「早く、早く出て行ってくれ! 」

「言われずとも、すぐに助け出してやるわ」


 まだ薄い胸を張って奏多が答える。

 ところが、返ってきた反応は予想と違うものだった。


「違う! 私のことは放っておいてくれ! 」

「なに? 」

「妻と娘が、人質になってるんだ! 逃げたら殺すと言っていた! 」


 聡い少女はすぐに察した。

 そして、自分がやるべきことも、即座に理解した。


「居場所は? 妻と子供の名前は? 」

「妻が京子きょうこで、娘が美乃莉みのりだ! どこにいるのかは分からない! だから、早く……」

「少し待っていろ」

「え? 」


 彼女は猿轡を総理の口へと戻して、背を向けて歩き出した。


「すぐに助けてやる」


 ***


 興亡派の口は軽かった。1人捕まえて拷問したら、すぐに総理の家族の居場所を吐いた。

 特段強い絆で結ばれている訳でもないようで、腕と足を1本ずつ落としただけで済んだのだ。


「なぜこのような、無視して総理に大禍の宣言をさせればいい」


 ぬらりひょんは言う。

 彼女達の狙いは、総理を救出して大禍の宣言を出してもらい、この国の総力を持って神野に立ち向かうことだ。

 討魔庁の上層部がガタガタになった今、討魔官や自衛隊を統合して指揮を取れる、内閣総理大臣の権限が必要だった。


「それじゃあ、あの人の家族が死んでしまう」

「ふっ、不遜な女子おなごだと思っておったが、存外人間らしい」

「嫌ならお前は来なくてもよいぞ。これは元より人間の問題だ」

「いや。お主のような者は、嫌いでは無いのでな」

「……そうか」


 空を飛びながら、彼女は眼下に広がる街を見る。

 もし、神野との全面戦争になれば、この街並みも消えてしまうのだろうか。


「1つ、聞いても良いか? 」

「なんだ? 」

「お主はなぜ、そう優しくなろうとする? 」


 彼女の心の奥に眠る真実を貫いた言葉が、深く胸に突き刺さった。


「お主はどうやら、意識して優しく。お主の本質は悪人では無いが、過度に善人でもない」


 後ろを飛ぶぬらりひょんを一瞥した後、奏多は雨のようにポツリポツリと呟いた。


「憧れ、だろうな」

「ほう? 」

のようになりたかった」


 ――ほら、もう大丈夫だよ。


 差し伸べられる手は、光り輝いて見えた。

 それほどにその人は眩しく、そして、まだ精神が成熟していない神宮奏多という少女の目を、一気に染め上げてしまったのだ。


 ――葵さん。私は、あなたになりたいよ。

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