第232話 真言

「“幽玄神威ゆうげんかむい”」


 青目の指先に集中した妖力が、塊となって発射された。私の頭を掠めて、お母さんが天井に開けた穴から空に消えていく。

 通常の『幽玄神威』よりコンパクトで小さい。威力は抑えられているが、その分発生が早く、気が付きにくい。


「“幽玄神威”」

 ――速射性も高い! そんな芸当まで……!


『幽玄神威』は大技だ。妖力をチャージするのに時間もかかるし、普通は連射できない。

 だが、青目の空亡は1発ごとの威力を抑える代償として、その「連射できない」という弱点を消したのだ。

 威力が抑えられたといっても、私がまともにくらえば一瞬で粉々になるだろう。


「よく考えたな。だが、俺には効かんぞ」


 4発目に発射された『幽玄神威』が、私の空亡の腹を抉る。血が垂れるよりも早く、その傷は塞がった。

 人間に対しては致命傷になるだろうが、妖怪にとってはさほどの驚異でもないようだ。

 空亡は青目の攻撃に身体を欠損させながらも、瞬く間にそれを再生させ、彼に接近し、妖力を存分に込めた拳で頬を殴りつけた。


「“竜骨”! 」


 奴が吹き飛ばされたところに先回りして、その顔面を殴りつけると、拳に骨が陥没する感触が伝わると共に床がヒビ割れ、青目はそこに横たわった。


「“幽玄神威”」


 また、極小の『幽玄神威』。

 空亡が間に入って盾となる。彼の生ぬるい血が顔にかかった。


「おらぁ! 」


 倒れたままの青目を空亡が蹴り上げたのを見て、私も高くジャンプする。


「“龍掌”」


 相手の胸に手を当て、霊力を流し込み、強く反発させる。

 腹から伝わったであろう衝撃の余波が、背中を貫通して壁に穴を開けた。


 あの極小幽玄神威を、青目は連打している。むしろ、それ以外の攻撃をほぼしていない。

 あれが切り札だったのか。私は、言いようの無い不安感が胸にせりえがって来るのを感じていた。

 そして大抵、こういう時の勘は当たるものなのだ。


「〜〜〜〜〜」

「さっきから、何をブツブツ……」


 小さく呟くようなか細い声で、青目が何かを言っている。次第にその声は大きくなっていった。


「“霊郷れいごう乱火らんかけい花珠はなだま玉響たまゆら玲瓏れいろうりゅう”」

「これは……! 」


 ――詠唱えいしょう術!


 言霊ことだまによる、術の強化術。

 特定の言葉に力を込め、言霊とすることによって術を強くすることができる。

 行使する術によって適合できる言葉は異なり、その術の極意にまで達しなければ、必要な言葉を知ることすら出来ない。


 青目が唱えた言霊によって強化された術、それは……。


「“幽玄神威・しゅう”」


 眩い、紫色の閃光。

 さっきから青目が放っていた『幽玄神威』はブラフだった。真の目的はこっち。

 。奴は今まで撃った幽玄神威を残していた。小出しにした幽玄神威を集め直すことで、妖力を溜める時間を無くし、私達にバレないように最高威力の『幽玄神威』を作り出したのだ。

 しかも、言霊で大幅に強化された超大技。


 葵が地下室全体に結界を張っていなければ、力を集積させる段階で部屋が崩落していただろう。

 もし着弾すれば、私達はおろか、この国が危険だ。それほど高密度に圧縮された妖力が、今私の目の前に集められている。


「莉子! 」


 ――まずい! 避けられない!


 青目の手のひらから放たれた光が、私の視界を支配した。

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