第221話 信じてる

 興亡派のアジトは、コンクリートに包まれた研究所のような場所だった。

 都内の郊外に佇んでいるこの建物には、何者かの手によって高度な隠密術がかけられており、まずは術を解除しなければ見ることすらできない。

 さらに次はこれまた高度な結界術によって閉じられた霊力の壁。空亡でも部分的に解除するのに半日かかった。


「通気口、デカくて助かったわ」


 空亡は霊体に戻して、私は通気口の中を進む。

 下を見ると、時々興亡派の連中が通りがかって、その度に息を殺してやり過ごしていた。


「ん? あれって……」


 捕虜を閉じ込めるための牢獄だろう。硬い鉄格子に囲まれたその部屋に、スーツを着た1人の女が両手を拘束されて横たわっていた。


「空亡、私を中に入れて」


 彼の力で私を彼女の元に入れてもらう。

 便利な瞬間移動だ。


「ちょっと。ねぇ、大丈夫? 」


 体を揺すって、声を殺しながらも耳元で囁いて彼女を起こしにかかる。

 呻いたのでどうやら死んではいないようだ。


「んぅ、あれ? 私……」

「気が付いた? 今拘束を解くからね」


 彼女は自由になった腕を頭に当てて、眉間に皺を寄せて考え込み始めた。


「私、何か忘れて……」

「……空亡」

「分かった。“思金おもかね”」


 空亡は実体を隠したまま、彼女に『思金』を使用して記憶を呼び戻す。

 多分、青目の空亡に記憶を操作されたのだろう。

 術の効果が現れた途端、彼女はハッとしたように私に掴みかかってきた。


「わ、私! 見たんです! あ、あの、夜子さんが……」

「ちょっと、声大きい! 空亡、上に戻して」


 ***


 通気口に戻った私達は、互いのことを話し合った。

 彼女の名は、奥沢おくさわ 美緒みお。討魔庁の情報課に所属する討魔官で、私達への連絡係だった、あの女性だ。


 夜子さんの裏切りに気が付いたものの、ここに囚われてしまったらしい。


「そうですか。あなたが、四条莉子さん……」

「うん。直接会うのは初めてね。空亡の力で外に出してあげるから、そこからは自分で逃げて」


 私がそう言うと、彼女は咄嗟に私の手を取った。


「あ、あの! 葵に伝えて欲しいことがあるんです」

「なに? 」

「“信じてる”って伝えて欲しいんです」


 潤んだその瞳の奥から、彼女の視線を感じた。


「私、夜子さんに刺されそうになって、それを止めてくれたのが葵なんです。私が殺されないように掛け合ってくれたみたいだし、あの子は絶対に、悪い人じゃないはずなんです」

「……うん。そうね。私達もそれを信じて、ここに来たから」


 彼女の手を取り返すと、その手は微かに震えていた。


「任せて。絶対に葵は連れて帰るから」

「……お願いします」


 微笑んだ彼女は、空亡の力でその場から消え去った。


「おい、なんか声がしなかったか? 」


 次の瞬間、下から聞こえてくる声。

 猫のように飛び上がった私は、必死に口元を抑えた。


「なんか、この辺から……」

「通気口、開けてみるか? 」


 ――ま、まずい! 調子に乗って喋りすぎた!


 男達の手が、ダクトに伸びていって、もうすぐ開こうかと言う時だった。


「にゃあ」

「……なんだ、猫じゃないか」


 彼らは通気口を開けることなく、その場から立ち去った。


「こいつをしまっておいて正解だったな」


 空亡の異空間に投げ入れられたキャシーが、私の前にちょこんと座っていた。

 長いこと放置されていたせいだろうか。凄く不機嫌そうだ。


「あ、ありがとう、キャシー……」

「にゃ」


 ぶっきらぼうな返事をして、彼は再び異空間に戻っていった。


 ――後でご機嫌取らないとなぁ。

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