第183話 空亡㉞ 伴侶

「酒なんて飲んで、大丈夫なのか? 」


 亡が妻のことを目を細めて心配している。

 いくら病ではないとはいえ、体調を崩している最中、宴会をしたいなどと要望してきたこの女。

 もちろん亡はダメだと言ったが、聞き分けの良い神楽が珍しく我儘を言うものだから、渋々了承。麗姫の邸宅にて旧友を集め、大宴会を催している。


「神楽ー、妾は寂しかったぞ? あのような男捨てて、ここに来んか? 」

「その猫なで声止めた方がいいぞ、麗姫おばさん」

「八瀬! 貴様、もう一度言ったら消し炭にするぞ! 」


 耳元で騒々しく妖怪2人が騒ぎ立てても、神楽はニコニコと楽しそうに笑うだけで、鬱陶しく思っている様子はない。


「零雨よ、この焦げたものはなんじゃ? 」

「イモリの丸焼きでございます。ぬらりひょん様」

「そんなもの食わせようとするな! 」

「そんなものとは失敬な! 私の好物ですぞ! 」


 そこかしこで巻き起こる騒ぎより、亡は自分の妻を気にかけていた。

 やはり顔色は優れない。微笑んではいるが、酒を飲んでいるというのに頬が青白い。

 隣に座る兄が、彼の肩に手を置いた。


「神楽はどうなんだ? 」


 亡は静かに首を振った。


「どんな医者にせても、原因は分からないそうだ」


 あの旅より既に6年。多くの日々を共に過ごした伴侶のこととあっては、豪傑と噂される亡であっても心労は絶えない。

 空は弟と義妹をどうにか救えないかと、試行錯誤を試してはみたがどれも上手くいかない。

 2人の胸中には良くない未来を思い描く不安が、泥のように沈殿して四六時中心をざわつかせる。


「俺も、原因は探ってみるから」


 亡は静かに頷くだけだった。


 ***


 宴会もそろそろ終わりかという頃だった。突如として描く神楽が立ち上がって、皆の注目を集める。

 芸でも披露する気かと、八瀬がゲラゲラ笑う。


「実は、皆さんに聞いて頂きたいことがあります! 」


 亡にも知らされていない。

 彼女が何を言おうとしているのか。


 その明るい笑顔とは裏腹に、何かとても良くないことのような気がして、亡は手に力を込めた。


「私、多分もうすぐ死にます」


 それまで酒に浮かされ、夢見心地のような気分だったその場にいる全員に、言葉の冷水が浴びせられた。

 もっとも早くその言葉の意味を理解し、そして信じることを拒んだのは亡であろう。


「神楽……? 何を言っている? 」

「私の予想に過ぎませんけど、おそらく龍神様の呪いが変質なされました」


 呪い、という単語を聞いて、亡の脳裏にあの日の光景が浮かぶ。

 胸を抑えて倒れる妻の姿が。


「もって2ヶ月、という所でしょうか」


 続けざまに揺らされる頭では、その情報は処理できない。

 亡は、理解したくなかった。


「神楽……、悪い冗談は……」


 彼がそう言いかけた時、その肩にぽんと手が置かれる。

 麗姫が最近は見せなくなった、大妖怪としての顔をして、彼の隣に立っていた。


「詳しく、聞かせよ。妾達にも、そして何より、お主の夫に」

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