第164話 空亡⑮ 天狗の本領

 空は太刀を抜き払って前に構えた。反りの大きい刃が、陽の光を反射しててらてらと光っている。

 霧雨も全身に妖力を巡らせて、臨戦態勢を整えた。

 一瞬の静寂。木の葉がヒラヒラと舞う。宙にたゆたう葉が、血地に落ちたとき、2人の戦いが始まった。


 空の刃を妖力で強化した左腕で受け止めた霧雨は、そのまま空いた右の腕で彼の腹を殴りつける。

 空は膝でそれを受け止め、くるりと体を翻して今度は横凪で切りつけた。

 しかし、かがみこんだ霧雨には当たることはなく、虚空を切り裂いた剣の重みで少し体勢が崩れた。


 眼前に拳が迫る。身を捻って何とか避けるが、頬にかすり傷が出来た。

 まるでそれを楽しむようにニヤリと笑って、空は渾身の一撃を敵の脳天に叩き込む。


「“鬼落とし”! 」


 下方向に霊力を放出しながらの、太刀による斬り下し。

 当たればひとたまりも無いと察したのだろう。天狗は、それを受け止めることはせずに持ち前の速度で避けてみせた。

 斬撃の余波が大地を抉り、陥没させる。


 立っていた地面が崩れたところで、霊力を使って宙に浮く。

 超速度で動いた霧雨の姿は、既に空の視界から消え去っていた。


 ――どこに行った?


 辺りを見回すが、発見には至らない。


「上だ、兄さん! 」


 亡の言葉に反応して上を見上げる。その時には、風の斬撃が目の前まで迫っていた。


「“かまいたち”」


 空の体が切り裂かれる。霊力による身体能力の強化によって、致命傷には至らないが、体のあちこちから血が吹き出た。


「まだまだ」


 消えた。空はそう錯覚した。

 しかし、霧雨はただ素早く移動しただけである。普段から鍛え、多くの妖怪と戦ってきた空であっても、彼の動きを捉えることはできなかった。


 いつの間にか空と同じ目線にまで動いた霧雨の連撃が、彼を襲う。

 顔、胴体、足、あらゆる場所に打撃が打ち込まれる。


 ――速い!


 速度とは、即ち重さになる。

 より速く攻撃を打ち出せば、それはより重い一撃となる。

 最後に貰った腹への鉄拳で、空は口から血を吐き出しながら吹き飛ばされた。


 木を何本かなぎ倒し、そのまま叩きつけられる。息が詰まって、呼吸が数秒止まった。

 よろよろと太刀を杖にして立ち上がると、空は自身の天狗に対する評価を改めることになる。


 ――くそっ。ほとんど九尾と変わらねぇ。天狗が弱いってのは、まやかしだったか。


 天狗など、1人で十分。そう舐めてかかっていた彼の中にも、今は緊張感が走り回っていた。強者との、命のやり取りであることを再認識した彼は、再び太刀を構える。


「ほう、まだ立てるか人間」

「準備運動だよ、今までのは」


 単なる強がりでは無い。

 彼は、これから本気で天狗と相対するのだ。


「では、そろそろ本番を見せてもらう」


 再び、2者の間に静寂が流れ出した――。

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