第133話 傷
ぬらりひょんの元へ出立するのは3日後ということになった。“リコ”の死を布告して、それが浸透するまでの期間。そして、私達の休息も必要だろうという判断だ。
葵の傷が治るまでの時間も必要だろうと思っていたが、不思議なことに既に彼女の傷は塞がっていた。
青目の空亡と離れた途端、治癒術が使えるようになったらしい。そんなことがあるのだろうか……?
私は、とりあえずお風呂にでも入って体の汚れを落としてしまおうと思い立ち、私は1人で宿舎に備え付けられている大浴場へと向かう。
もちろん、空亡は霊体化を解除して置いてきた。
龍神の巫女の衣服を脱ぐと、大きく破れた袖が目に映る。
これではしばらく着ることはできないだろうと、ため息がこぼれた。
下着も同様に破れていて、新しく買い替えなければいけない。私はしばらく外出できないだろうから、葵にでも買ってきて貰おうか。
シャンプーやらボディーソープやらを桶に入れて抱え、浴場へと足を踏み入れると先客がいた。
「葵、先に入ってたんだ」
「リ、リリリ、リコちゃん!? 」
女同士なのだからそんなに同様しなくてもいいのに。
驚いた拍子に正面を向いた彼女の裸体が明らかになる。引き締まって、出るところはしっかりと出た綺麗な肉体だ。
普段はサイドテールに結ばれている髪も下ろされていて、それが胸にかかっているのが艶かしい。
ただ、その純白の肌に似合わない大きな傷が、彼女の肩から腰にかけて、斜め一文字に刻まれていた。
自分の体が晒されていることに気がついたのか、葵はハッとして大きく叫んだ。
「見ないで! 」
体を抱えて後ろを向き、そのままうずくまってしまう。
そんなに恥ずかしかったのだろうか。
「あっ、ごめん。覗くつもりは……」
「気持ち悪い、でしょ? 」
彼女は煙のように頼りのない声で呟いた。
湯けむりがその体を隠している。
「これ、時間経ちすぎてて治癒術でも治らなかったの」
空亡に与えられた傷では無い。それよりもっと前に受けたものだろう。
腕で体の前を隠すようにして、恐る恐る彼女は振り返る。
「別に、気持ち悪くなんかないわよ」
彼女の近くのシャワーの前に座って、お湯を出す。
暖かい感覚が心地よい。
葵は迷っていたようだが、結局私の隣でシャワーを浴び始めた。
「リコちゃんは、やっぱり綺麗だね。スタイルも良いし」
「葵だって十分美人でしょ」
彼女はふるふると頭を振って、「私なんか、汚いよ」と言った。
――いやいやいや。その顔と体でそんなこと言ったら怒られるわよ?
彼女はどう考えても美形に分類されるだろう。体の傷のことを気にしているのだろうか。
「リコちゃんは、綺麗だよ。体も、心も……。私なんかとは全然違う」
彼女は自分のことを性格が悪いとでも卑下しているのだろうか。
そこまで長い期間を過ごした訳では無いが、彼女の優しさや思いやりはあらゆるところで実感する。
「全部綺麗よ。あなたは」
ボディーソープを泡立てて体を洗う。汚れが落ちていくのを実感する。
葵は「ありがとう」と小声で言うと、同じように体を洗い始めた。
すると、彼女は何かを思い出したかのように「ん? 」と唸ってこちらを向く。
「ねぇ、空亡くんってリコちゃんと同じ家で暮らしてるんだよね? 霊体化してる時は四六時中一緒にいるんでしょ? 」
「まぁ、式神だからね」
「……お風呂とかどうしてるの? 」
あぁなるほど。ここに空亡がいるのではないかと気にしているのか。
「安心して。ちゃんと置いてきたから」
「なーんだ良かった。てっきり一緒に入ってるのかと思っちゃった。あの野郎リコちゃんの裸見てるのかって……」
「そんな訳ないでしょ。あ、でも……」
言いかけて、私は少し後悔する。これを葵に伝えて良いものか。
しかし、彼女は続きを待っている。純新無垢な瞳で見据えられ、仕方なくそのエピソードを話す。
「空亡が来たばっかりの頃、お風呂上がりで裸でいる所に空亡が来ちゃって……、あの時はさすがに恥ずかしかったなぁって……」
言い終える頃には葵の周囲には殺気にも似たオーラが生まれていた。
彼女はおもむろに立ち上がり、出入口へと向かっていく。
「ど、どこ行くの? 」
「ちょっと空亡くんを殺しに……」
足元が滑る浴室で彼女を止めるのは骨が折れた。何とか彼女の怒りを治めることに成功し、事なきを得たのであった。
ちなみに、その後空亡が葵に一発殴られたらしいが、私は見ていないのでそんなことは知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます