第121話 思考
私達は、先程とは違う場所にいた。どこかは分からない。空亡も咄嗟の判断で移動したので、彼にも分からないだろう。
太陽の光がようやく届くほど、深い森林の中。さっきまでの光景は夢だったんじゃないかと思えるくらいに静かだった。
「鬼の、里は……」
「分からない、だが……」
私の問いに空亡は言葉を濁した。それより先は私にも察しがつく。
八瀬童子が拳を握りしめる音が聞こえる。
「僕たちも危なかったね」
私の脇からひょこりとキャシーが顔を出す。戦いで吹き飛ばされた後、慌てて戻ってきていたらしい。
あれをまともに受けていたら、全員死んでいただろう。
恐ろしい力だった。神野も青目の空亡も、まさに圧倒的。
おそらく、あれが正しい式神契約なんだろう。互いの力が釣り合っているから、相互に強化関係が生まれる。
神野は、私とは違う。
「はぁっ、はぁっ」
ふと葵の息遣いが荒いことに気がつく。
彼女は瞬間移動する直前まで、あの攻撃から私達を守ってくれていた。
「どうした、の……」
彼女の体に触れる。ふと、そのお腹に当てた手に生ぬるい感触があった。
見ると、手のひらいっぱいに赤い血が付いている。
葵の腹がえぐれている。おそらく、『幽玄神威』によるものだろう。
「葵! 葵! しっかりして! 」
「ごめ、ん。リコちゃん……。なんか、治せ、ない……」
いつものように彼女の傷が塞がることがない。空亡に受けた傷は特別だとでも言うのか。
「空亡! 」
「……ダメだ、俺にも治せない! 」
出血が酷い。このままでは危険だ。
私は必死になって彼女の傷口を抑えて、何とか血を止めようと試みる。
だが傷は深い。手で抑えたくらいでは全く効果がない。
「この辺りに別の鬼の里が集落ある! そこに箱ぶぞ! 」
私は自分の巫女服をはだけさせて、胸に巻いていたサラシを解き、葵の傷口に巻き付ける。
清潔とは言い難いが、何もしないよりは生存確率は上がるはずだ。
背中に担いで、八瀬の言葉に従うままに彼について行った。
「空亡! ダメ元で良いから治癒術をかけ続けて! 」
「うっ、ぐっ」
背中に葵の呻き声が突き刺さる。
彼女が私のために傷を負うのは何度目だろう。また私のせいで葵は傷ついて、鬼達は死んだ。
私はいったい何なんだろう。
なんのために生きている?
脳を支配するのは自分を責め立てる言葉だけ。興亡派も、討魔庁も、みんな私を狙っている。戦いに巻き込まれて死んでいった人、傷ついた人、彼らはみんな私がいなければ無事に過ごせた。
私はいま、不幸をばらまいている。
アイドルだった時は、笑顔をまいていたはずなのに。
最近心に残るのは、誰かの苦しむ顔や声ばかりだ。
「ごめん、ごめんね葵……。私のせいで……」
私さえ、私さえいなければ……。
私は夢中で走り続けた。
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