第113話 お別れ
「もうちょっと寝てなさいよ、葵」
ホテルに運び込んでからしばらくして、葵は目を覚ました。依然として熱は高いが、しっかりと意思疎通もできるし、コンビニで買ってきたインスタントのお粥もしっかりと食べた。
「大丈夫だって。それより、夜子さんに連絡しないと……」
「私がやったわ。次の亡雫の場所はまだ分かってないそうよ」
葵は目尻を下げそっか、と言ってそのままベッドに倒れ込んだ。
「……無理、させちゃったよね。ごめん」
彼女の額に触れる。燃えているんじゃないかと思うほど熱い。
「……ねぇ、リコちゃん。私、変な寝言言ってなかった? 」
私の心情を察して話題を変えようとしたのか、はたまた本当に聞きたかったのか。不安げなその視線から見るにおそらく後者だろう。
「言ってなかったわよ」
葵は「そっか」と呟いてまた眠りについた。高熱があるとは思えないほどに、穏やかな寝息だった。
***
翌日になって彼女はすっかり回復した。1日寝ただけで熱も下がってしまった。
「リコちゃん看病ありがとうね、脳みそに刻みつけて忘れないようにするね」
「まぁ、元気になって良かったわ」
「よーし、それじゃあ飛ぶぞ」
もう1度空亡に来てもらって、彼の能力で再び烏楽市に飛ぶ。
一瞬で辺りの景色が変わり、気づけば烏楽に到着している。
便利な能力だ。
既に朝水と芙蓉、時雨が待機していた。神室康二は今朝方に亡くなったと聞いている。高道も後処理に忙しいのだろう。
私はふとあの約束を思い出す。
「あ、ねぇ朝水。空亡と2人っきりにしてあげる約束、どうする? 」
一瞬空亡の顔が凍りついたが、彼女の言葉を聞いて今度は驚きの表情に変わる。
「あぁ、それは……もういいんです」
彼女は芙蓉の手を握って、笑って答えた。
どういう風の吹き回しだと突っ込もうとしたが、その顔を見るとそんな気は起きない。
「あの、空亡様、これを……」
時雨が取り出したのは、亡雫だった。
「なんでもってるの? 」
霧雨に持ち出されたと聞いていたため、晴明達が持ち帰ったのかと思っていたが、どうやって回収したのだろうか。
「それが、死んだ霧雨が持っていたそうです。どういう訳か、彼らはこれを持っていきませんでした」
――どういうこと? あいつらは亡雫がいらないの?
何はともあれ、目的は達成だ。
空亡は雫を受け取ると、口に入れて丸呑みにした。
「皆様、今回は本当にありがとうございました」
時雨は深く深く頭を下げた。動作ひとつひとつに品があって美しい。
「気にしなくてもいいわよ。……ねぇ」
気になっていた事。私の新しい夢に関することだ。
「康二さんのこと、どれくらい好きだった? 」
「……今すぐ、あの人と同じところに行きたいほどに、愛しています」
「そう……」
人と妖怪は、決して分かり合えない存在では無い。彼女達がそれを証明してくれた。
ならば、お母さんが夢見た景色もきっと実現できる。
葵のスマホが鳴る。
「あっ、夜子さんからだ。ちょっと出てくるね」
戻ってきた葵から、次の目的地が聞かされる。
「じゃあ、ちょっと間お別れね。全部終わったらみんなで大宴会するから、絶対来てね」
「……はい、楽しみにしています」
彼女の背中に、彼女が愛したあの人の姿を幻視して、私はくるりと背を向けた。
次の妖怪はどんヤツなんだろう。不思議と、少しだけ楽しみだった。
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