第108話 死ぬ者、生きる者

 私は道中で朝水に霊力を回復してもらって、無事に街まで辿り着いた。

 そこは――


 地獄だった。


「きゃあああああああ!!! 」

「分隊長はどこだ!? 」

「民間人の避難を優先させろ! 」


 そこかしこから上がる悲鳴、怒声。

 散乱する死体と、おそらく人間の1部であろう赤い物体や手足。


 特に多いのは巫女や祓魔師の死体だ。白い装束を纏った彼らは、赤い血が付着していることがよく分かった。


「たぁ! 」


 私はリコとして正体を隠さなければならない立場だが、この状況ではそうも言っていられない。

 とにかく目に付いた妖怪を片っ端から討伐していった。


 遠くのビルの屋上で、1人の巫女が大きな妖怪と戦っているのが見えた。肉の塊のようにも見える、奇妙な妖怪だ。

 無数の触手がタコの足のように伸びて、その1本1本が刃物のような鋭さを持っていた。


 彼女1人では手に余る。そう判断し、私は駆け出した。

 私が3個目のビルを飛び越えて、あと少しで加勢できるというところで、触手が6本ほど巫女の体を貫いた。


「はぁ! 」


 彼女に気を取られ、動きが止まっていた妖怪を蹴り飛ばす。一撃で仕留めたはずだ。

 慌てて巫女の元へ駆け寄ってみると、胸や腹などに傷を負い、内臓を多く損傷している。はらわたが飛び出ている。


 しかし、それでもまだ息はあった。


『朝水、朝水! 負傷者がいる! 早く来て! 』


 朝水であれば、生きている人間ならどんなに重傷でも治せるはすだ。

 せめてもの延命処置だと思い、傷口を手で抑える。


「たす、けて……お母、さん……」


 虚ろな目で彼女はうわ言のように何かを呟いている。


「いたいよ……おか、さん……しにたく、ない……いやだ……」

「しっかり! しっかりして! もう少しで助かるから! 」


 2分ほど待って、朝水が到着した。

 彼女は倒れている巫女に手をかざして言った。


「……もう無理。死んでる」


 目を開けたまま、涙を一筋流して巫女は息絶えた。


 ――私に、治癒術が使えれば……!


 悲しむ暇もなく、私は次なる救助者の元へ向かった。1人でも多くを救うため。


 ***


 妖怪の群れは、避難所として設定された学校にも迫っていた。


「食い止めろ! 避難者がい……がほっ! 」


 部下に指示を出していた中年の祓魔師が、背後かは迫った単眼の巨人妖怪に握りつぶされた。

 指揮者を失った部隊は混乱する。


 神室康二は混乱の中で、高道とはぐれてしまっていた。

 1人では動くこともままならない彼は、退避することも出来ない。


 巫女と祓魔師を次々に踏み潰した単眼の妖怪は、ニヤリと笑って彼に腕を伸ばした。


「未来ある若者が……こんな形で……! 」


 歯ぎしりをするも、彼にできることはない。

 だが、妖怪の腕は彼を掴むことは無かった。


 その巨体から腕だけが離れ、夜空へと消えていく。


「“かまいたち”! 」


 痛みを感じる間もなく、妖怪はバラバラに切断された。


 黒い翼、凛とした立ち姿、そしてその圧倒的な力。

 康二はその天狗をよく知っていた。


「時雨、様……」


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