第90話 東雲朝水②
討魔庁の寮は、基本的に2人部屋である。
私の部屋にも、既に先客がいた。なんでも、元々は自衛隊に所属していて、去年に討魔官になったとのことだ。
「失礼します」
ノックを2回してからドアを開ける。部屋にはベッドと机がそれぞれ2つあった。
1つは特になんの飾り気もない。恐らくは私のものだろう。
もう1つの机には、クマのぬいぐるみが置かれている。ベッドの上にも沢山の可愛らしいぬいぐるみと、女性が1人。
赤茶色の長い髪をベッドの上に広げて、猫のぬいぐるみを抱えて私を見上げていた。
「だ、だだ誰だ!? ここは今は私の1人部屋で……」
「今日からここに住みます。東雲朝水です」
前までこの部屋に住んでいた討魔官のうち、1人は戦死したと聞いている。
私が来るまでの間、この人は1人っきりのプライベートを満喫していたのだろう。
「今日って……」
「4月21日です。新人の配属日ですよ」
新人討魔官の諸々の面倒な手続きが終わって、それぞれ自分に割り振られた都道府県に割り振られる日。
私は東京に割り振られた。実家からはなるべく離れたかったので、好都合だ。
「こここ、これは、違うんだよ! 私の趣味とかじゃなくて、前に住んでた奴が置いてった物で……」
「良いじゃないですか。可愛くて」
彼女は顔を真っ赤にして、ぬいぐるみをそっとベッドの脇に置いた。
「わ、私は香月芙蓉。よ、よろしくな」
「はい、よろしくお願いします。別に気を使わなくて良いですよ。どうぞ、ぬいぐるみと戯れて貰って」
「いや遠慮しとく……」
芙蓉さんとは、まぁ気が合った。
趣味が合致しているとか、考え方が合うとか、そういうものではない。ただ、話していて居心地が良かったのだ。
顔を見る限り、彼女の方も悪い気はしていないだろう。
***
夜になった。
私は部屋を出る。あの日からルーティンになっている“アレ”だ。相手はここに来る前に見つけた。
討魔庁の寮には有り難いことに門限が無い。だから、私はこうして趣味に没頭できる。
ドアを開ける音で起こしてしまったのか。芙蓉さんが目を覚ます。
「朝水……? どこ行くんだ? 」
「男の家です」
私の言葉に目を丸くして彼女は飛び起きた。
「お、男って、お前彼氏いたのか!? 」
「いいえ、いませんよ」
ハトが豆鉄砲を食らったような顔、とはこのことを言うのか。
口を半開きにしたまま彼女は固まってしまった。
「体だけですから。恋愛感情はありません」
「な、なな、何言ってんだ! お前、まだ18だろ!? そ、そんな爛れた生活……」
「放っておいてください。趣味なんです」
「しゅ、趣味!? わ、分かったぞ! なんか無理やり関係を迫られて、断れなかったとかだろ!? 任せろ、私がガツンと言ってやるから! 」
芙蓉さんは私の肩を揺さぶって必死に叫ぶ。
頭が揺れて目がクラクラするので止めてほしい。
「だから、本当に趣味なんです」
「な、その若さでそんな……」
彼女の手を振り払って、私は部屋を出る。
「これしか、ないんですよ」
ドアが閉まる音が背後から聞こえた。
そうだ。これしかない。
私が化け物じゃなく、しっかりと生きた人間なのだということを実感できるのは、この瞬間だけなのだ。
誰かと交わるあの感覚。あれだけが、私を人間して現世に繋ぎ止める鎖。
それも失ったら、私はただの不死身の化け物だ。
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