第86話 晴明の霊術

 私達は天狗の里へ向かうべく空を飛んでいた。突如として発生したあの竜巻が、晴明と道満の企みによるものであることは明白だった。


 空亡と戦っていた道満も、晴明と同じように霧となって消えたらしい。


「亡雫が欲しいからって派手にやりすぎだろ! 」


 必死めいた声で空亡が叫んだ。

 亡雫回収のためとはいえ、里ごと滅ぼそうとするのはやりすぎである。


「ねぇ、空亡。あの竜巻もあの2人がやったってこと? 」

「いや、こんなに離れた場所からあんなもん作れるなら、わざわざ俺たちから離れる必要も無い。多分、まだ協力者がいるんだろうが、なんだあの妖力は? 」


 竜巻は勢いを強め、どんどん大きくなっている。このままでは里が飲み込まれてしまう。


「空亡くん、何か気になることがあるの? 」

「違和感がある。あれを起こした奴は多分妖怪なんだろうが、妖力の流れがおかしい。そう、なんか混じってるような……これは、まさか! 」


 空亡は何かに気づいたように顔を上げる。額には冷や汗が滲んでいた。


「どうしたの? 」

「道満は動物であれば、無理やり式神として使役することができるんだ。妖怪や人間に同じことができるとは聞いた事がないが、この感覚は間違いない。1つの体に無理やり2つ目の魂が入り込んだ感覚、道満の術によく似ている」

「でも、昔はそんなことできなかったんでしょ? 」


 空亡はしばらく顎に手を当てて考えていた。


「いや、できるかもしれん。晴明と一緒なら」


 道満に異形の力があるように、安倍晴明にも似たものが備わっている。

 伝説の霊術師であるのだから、現代の術師が知らない霊術の1つや2つはあるだろう。


「晴明が使う幻惑術は特殊なんだ。幻を見せたり、精神に干渉したりできる。道満が人間や妖怪を式神に出来ないのは、知恵と精神力が備わっているからだ。だが、晴明の力で相手の精神を歪めれば、抵抗力を奪える」


 空亡の仮説を聞いて、不安が私の胸をかすめた。


「ねぇ、それって私達にも効くわよね? 」

「あぁ、まあそういう術を使うと認識していれば、自然と警戒心も強まる。そういう相手には晴明の術は効きにくい」


 つまり、タネさえ分かっていれば操られる事は無いという。

 だが、私は重大か事実に気がついた。

 この場におらず、晴明の術を知らない人間が2人。


「葵! 朝水と芙蓉に連絡は!? 」

「もうやってるけど、さっきから無線も霊術の交信も繋がらないの。阻害が強すぎて、2人の居場所も分からない」

「そんな……」


 ***


 頭の中に砂嵐が吹き荒れるように思考が邪魔される。朝水が霊術で仲間の居場所を探知しようとしても、すぐに阻害される。


「こんなに強い妨害、初めて……」


 頭が割れるように痛んでいた。


 こめかみを抑えつつ、ふらふらと薙刀を杖にして歩いていると、突然足元に五芒星が描き出される。


「結界……? 」


 広範囲に渡るその結界は、対象者を閉じ込めるタイプのものでは無かった。


「っ!? 霊術が使えない!? 」


 霊術の使用そのものを妨害する結界。特殲所属の巫女の知識にも無い道の術だった。


 頭痛は更に酷くなる。


 彼女がうずくまると、パキっと小枝を踏む音が聞こえる。


 黒いフードを被った長身の人間。顔は見えず、性別も分からない。


「敵、ですか……」


 意識が朦朧とする中、彼女は薙刀を構えフードの人間と対峙する。

 平時であれば、まず敵か味方かの確認をするだろうが、今の朝水は頭痛と脳に水を流し込まれるような、気持ちの悪い感覚に襲われ余裕が無かった。


「道、開けてもらいますよ」


 彼女は敵と認識したその人間に斬りかかった。

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