第74話 門前払い
「随分と奇妙な音がするわね」
「烏鳴谷の特徴みたいだね。名前の由来もそれみたいだよ」
夜子さんが送ってきた資料集を見ながらキャシーが答える。
肩の上に座る彼を怪しむように眺めつつ、芙蓉が私の後に続いて歩く。
最初にキャシーが喋った時は、大層驚いて腰を抜かしかけていた彼女だが、これでも慣れた方だろう。
その後ろに、葵、最後尾に空亡と彼に付きまとう朝水が続く。
何が起こるか分からないので、私を含めた巫女達は全員巫女服を着用している。
これは妖術や霊術に対してある程度の耐性があるので、私服よりも遥かに安全だ。
「どうやって頭領に会おうかしら」
「絶対追い返されるよね」
返答する葵の手に握られるのは神室康二の手紙。
2枚の奉書紙からなっており、一通は私達の事を紹介するためのもの。もう一通は、彼からの個人的な手紙だ。
「俺が脅すか? 」
「空亡くんが言ったら洒落にならないよー」
「私も反対です。矛先が人間界にも向きかねませんし」
私達は大した案も浮かばないまま、天狗の里へと近づいていく。
***
点在する丘陵と、勾配の大きい斜面に、藁で作られた簡素な住居が点在している。
天狗は九尾に比べると、集団生活の色が強い。
村に近い単位で多数の天狗がまとまって暮らしており、頭領の存在も、人間でいう領主のような位置づけがなされている。
私達は、そんな天狗の里の入口で立ち往生していた。
「だーかーらー! 頭領様の元彼の手紙があるのよ! 」
「通せぬと言っておろうが! 」
「リコちゃん、元彼って言い方は……」
里への境界には関所のようなものが設けられていて、小さいが門もある。
赤い顔をした鼻の長い妖怪、これが天狗だろうか。
それに足止めをされていた。
葵達の討魔手帳を見せて身分を示してもダメ。
空亡が説得をしてもダメ。
挙句の果てに、神室康二の手紙すら読まずに突っぱねられる。
このままでは埒が明かないと見た私達は、一旦引き返して作戦会議を行うことにした。
里の関所からそう遠くない場所で私達は話し合う。
「噂には聞いてたが、天狗ってのは頭が固いな」
芙蓉がため息をつきながら、頭をかく。
九尾の場合は、空亡が頭領の知り合いということもあったが、それを度外視してもここまで交渉ができないことは無かっただろう。
「天狗は三大部族の中で、最も個体としての能力が低いと言われています。しかも、どうやら興亡派の連中もちょっかいを出しているようですし」
朝水は眼鏡をくいっと上げ、手元のスマホで資料を調べながら思案にふける。
どうやら、天狗達は最近人間と小競り合いをしているようだ。
無限に続くかのようなやり取りの中で得た、唯一の情報だ。
当然ながら、討魔庁がそんなことはしない。
わざわざ悪事を働いていない天狗に危害を加え、彼らを刺激するなどまるで意味が無い。
そもそもそんな事態になれば、葵達が何も把握していないのは不自然だ。
天狗と戦争をするのに最高戦力である特殲を使わないのはおかしい。
となれば、残る候補は興亡派だけだ。
奴らも七雫を狙っているのだから動機としては十分である。
「どうしようかなぁ……」
全員、大きなため息が口から出る。
その時だった。
「あの、頭領様に会いに来た人間ってあなた達のことですか? 」
1人の女天狗が、こちらを警戒するように見ている。
まさか、私達を殺しに来たのか。
そう思って身構えると、彼女は慌てて手を振って敵意が無いことを示した。
「お、落ち着いてください! あなた達に危害を加えるつもりはありません」
「じゃあ、何をしに? まさか、私達を里の中に入れてくれるっていうの? 」
冗談めかして私が言うと、天狗は大きく頷いた。
「そうです」
「え? 」
疑問の声を無視して、天狗は続ける。
「あなた達には、頭領様を、時雨様を……業の中から救い出して欲しいのです」
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