第72話 襲撃

 城のような外装をしたホテルの一室。

 205号室のドアを、香月芙蓉は強くノックしていた。


「おい、朝水! もう1時すぎたぞ! 葵達が烏鳴谷に行っちまうぞ! 」


 5回6回と扉を殴打したところで、ようやく朝水が顔を出した。


 衣服を纏っておらず、バスタオルで申し訳程度に体を隠しているだけだ。


 部屋の奥を見ると、そこそこ顔の良い男が3人。


「はっ!? お前、一気に3人と……」

「すみません芙蓉さん。すぐに出るので」


 呆れた表情でまた閉められたドアを睨む芙蓉は、1人頭を抱えるしか無かった。


 ***


 芙蓉と朝水は、烏鳴谷に向かって歩を進めていた。


 しかし、2人はある違和感に既に気づいていた。


「朝水」

「はい。分かってます」


 駅に近く、人通りの多い区間であるはずのその道に、一般人が1人もいない。


「幻術か」


 芙蓉がそう呟いた刹那、隣を歩く朝水の頭部が吹き飛んだ。


 風船のように赤い液体を撒き散らしながら、彼女は倒れる。


「興亡派……雑魚か」


 彼女達は囲まれていた。数はおよそ、50程か。黒の僧衣を身にまとっている。


 芙蓉の足元へ、霊弾が撃ち込まれる。

 彼女は大きく後ろへ飛び跳ねてそれをかわした。


「特殲の巫女とは聞いてたが、なんだ大したことねぇ。俺たちでも殺せたぜ」


 ニタニタと銃を構えた大柄の男が言う。

 彼女を取り囲む全員が、同じように拳銃やマシンガンを構え始めた。


「いつかあの方に殺されるんだ。今死んどけ」


 男が引き金を引こうとした次の瞬間、首筋を殴打された彼は、何が起こったのかも理解できずに地面に倒れた。


 その後ろには朝水が薙刀を手に持って立っている。


「な!? 即死だったろう!? 」


 僧衣の男達は動揺しつつも銃を撃つ。


 芙蓉は体のそばを銃弾が通過する中、霊術で拳銃を一丁取り出し、空に向かって一発放った。


 すると、空から雨のように鉛玉が降り注ぎ、男達の腕や足を撃ち抜いていく。


「ああああ!! 痛ぇ! 」


 腕を撃たれては銃も構えられない。

 痛みに悶える男達を視界の端に捉えながら、朝水はスマホで電話を始めた。


「もしもし、夜子さんですか? 興亡派の雑魚どもを確保しました。応援をお願いします。多分何人かは出血多量で死ぬかと思いますが、それは芙蓉さんのせいなので」


 芙蓉は文句を言いたげな表情を浮かべたが、事実ではあるので何も言えない。


「尋問はしません。はい、はい。聞いても何も言わないでしょうから」


 朝水は手早く要件を伝えた後、「それと」と1つ付け足した。


「私達、これから烏鳴谷じゃなくて神室家の邸宅に向かいます」

「は!? 」

「衝動が抑えきれないので」


 電話の向こうから夜子さんの戸惑った声が聞こえる。朝水は構わずに電話を切った。


 昨日の時点では、先に烏鳴谷に行って調査を進めつつ、葵達の合流を待つという計画だったはず。


「おい! どういうことだよ! 」

「聞いてたでしょう? 衝動が抑えきれないんです」


 いい加減にしろと芙蓉が声を荒げようとすると、それを遮るように朝水が言った。


「こいつらは多分威力偵察です。敵は私達の力を測ろうとした。ということは私達がこの街にいるのがバレてたってことです」


 彼女は冷静に話を続ける。


「こちらの動きが筒抜けになっている可能性があります。もしかしたら、葵の方にもこいつらの仲間が向かうかもしれません。あの子の強さを疑う訳ではありませんが、万一があっては心配です。極力、戦力は分散させない方が賢明だと思います」


 彼女が単に欲望だけで神室邸に行こうとしている訳では無いことは、芙蓉にも分かった。


 短絡的に彼女を責めようとしたことを、芙蓉は恥じた。


「……悪い、早とちりした」

「ふふっ、真面目ですよね。本当に」


 なごみながらも、朝水は気にかけていた。


 ――なぜ、私達の動きがバレていた?


 彼女たちの一連の動きは、夜子との極秘の連携だ。

 組織だった行動でも討魔庁の公式の動きでもない。それ故に察知は困難だ。


 興亡派の情報源がどこにあるのか。彼女には分からなかった。


「思ったより、深刻な問題かもなぁ」


 朝水は独り言を呟いた。

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