第6話


実はキャンプ場のフリーサイトの場合、通路にロープが張られていて、ペグなどをはみ出さなければ自由に使えるタイプが多い。

もちろんテントにタープ、バーベキューコンロや焚き火台。

自分のスペースを広々と確保して使いたいという人は多く、隣とは密接したくはない。

そうなれば、一見空いているように見えても物が置かれてスペースがとられているのだ。

後からきて「もう少し横にずれてもらっていいですか?」とか、「ここの荷物、片付けてもらっても良いですか?」などというのはマナー違反。

隣と2メートルほど離すのは暗黙のルール。

そこが通り道になるからだ。

良い場所をとりたかったら朝から来い。

フリーサイトは区切られていない分、なのだ。



「すいません、ソロキャンパーですか?」


そう声をかけてきたのは若い女性2人組。

午後のティータイムを済ませ、テント内の私物を車内にしまっていたときだった。


「なに?」

「あの……私たち、泊まるところなくて」

「よければここ、広いから泊めてほしくて」


何も言わずににっこり笑うと、許されたと思ったのか「駐車場に荷物があるの。すぐに持ってくるわ!」と嬉しそうにサイトを出て行った。

管理棟に迷惑者の存在を報告。

職員が3人、中には巡回員も加わって女性たちがサイトへ上がってくるのを待っていた。

どうやら女性は5人、中には子どもも含まれているようだ。


「許可はもらったわ!」

「頼んだらいいって言ってくれた!」


残念ながら、私はひと言も「いい」とは言っていない。

さらにいうなら、ソロキャンパーのサイトに集団で転がり込もうとする行為は常識を問う以前の問題。


「私たちは知り合いよ!」


そう声をあげたのは、たぶん「見ず知らずの赤の他人が押しかけるなど言語道断!」というキャンプ場管理者側の常套句を言われたのだろう。

何を言っても無駄なのだ、私本人が被害を訴えたのだから。

偶然、巡回に出た職員が不審に思って声をかけたのではない。


もちろん、顔見知りに会って一緒にキャンプをすることは認められている。

そのときは管理棟に行って手続きをする。

自然災害や火災による事故などが起きたときに、被害を正確に把握するためだ。

そのため、代表者だけでなく宿泊者全員の名前や住所などの連絡先を登録する。


「ねえ、まだつかないのー?」

「お腹すいたー」

「つかれたよぉ」


そんな子どもの声が聞こえた。

そのセリフで、移動が決まったらしい。

これまでの漏れ聞こえた会話から察するに、あの連中は保育園児のママ友でバーベキュー場へ来ていたらしい。

その際に子どもたちに「とまりたい」とねだられて、安くすまそうと思っていたようだ。


「ひとりでキャンプしてる人を見つけたわ!」


その言葉に3家族が便乗して、5家族で押しかけようとしていたらしい。

徐々に会話が2対3に分かれて責め合い、子どもたちだけで私のサイトに行かせようとして職員に叱られて泣く。

そんな時間だけが無駄に流れる騒ぎに終止符が打たれることになった。

親たちは解放されると思ったようだけど、こちらは高い金を払っているのだ。

タダで場所を貸してやるほど甘くはない。


連行先は管理棟。

そこで迷惑をかけたことを注意され、『二度と運営会社の施設を利用しません』という念書を全員が書かされる。

子どもの分は母親が代筆する。

名前と住所、そして車のナンバーを登録されたのち、この地域のキャンプ場ネットワークに被害を報告。

それらを共有しあうことで、この地域のキャンプ場と日帰りバーベキュー場からは前科一般注意人物として扱われる。

子どもの名前も登録されるのは、予約時に子どもの名前が使われるのを防止するためだ。

ここはクレジットによる支払いのため、偽名での使用は不可能。

……現金払いが可能なフリーサイトのキャンプ広場を使う場合でも、利用者は申込書に記入する。

身分証で本人確認をされるのだから、ここでもまた偽名が使えない。

それはキャンプ場だけでなく、バーベキュー場やキャンプ広場に掲げられた規約カンバンにも表示されていることで「知らない」は通用しない。


管理棟に相談すれば、空いているキャンプ場を紹介してくれることもある。

集団なんだから、バンガローやコテージを使えば安く済んだだろう。

1棟を借りる代金で済むから、家族や人数で割ればいい。

……寝具がない場合もあるけど、寝袋をレンタル出来るところもある。


それが嫌なら『管理されていない場所』で野宿すれば良い。

何があろうとすべて自己責任。

川の増水で中洲に取り残されようと、ほかの野宿者に性的暴行を受けようとも。

有り金全部うばわれても、生命が危険に侵されても、未来が奪われても。

それらから守ってくれるのがキャンプ場であり、その対価として使用料を支払っているのだから。

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