第5話


「あれって結構な額になるんじゃない?」


そんな声が聞こえたのは、窓の外をみている女性たち。

その先にはすでに車が搬出されて黄色いテープが張られた区画。

そんなに酷かったのか、と思って立ち上がってみたら……の二文字で完結した。

地面が多少ぬかるんでいたのか、タイヤが芝をめくったように何本もの線が地面をむき出しにしていた。


「あの区画って私たちの場所より3倍以上高いのよ」


そのセリフから、この人たちは【キャンプ広場】の利用者だと分かる。

そっちは地面にロープで通路だけが区画されており、完全にキャンプを楽しむ場だ。

車を持ち込めない代わりに安価で、一泊三千円以下で済む。

彼女たちは見物というか散歩でマルシェまで来ただけのようだ。

広場にも洗い場やトイレが数ヶ所あるし、広場とバーベキュー場は駐車場に近い。

駐車場にもトイレがあるため、坂道を何十分もかけて来ないだろう。


……そんなことをペラペラと喋っていた彼女たちは、下心をもった男たちに目をつけられて声をかけられる。

ナンパされて、女性たちも満更ではない様子で仲良く出て行った。

今夜は広場の巡回が一段と厳しくなりそうだ。

裸の状態で巡回員たちのライトをあてられても、キャンプ場の規則を破った方が悪い。

害虫駆除にライトは必須です。



サイトに戻ると車内に置いていたテーブルとイスをタープの少し前に置く。

テーブルにカセットコンロを置いて焼き網をのせると、その上に赤いコーヒーポットを置いて火をかける。

中には、到着してすぐにネルで淹れたドリップコーヒーが入っている。

中央広場に行ったのも、使用後のネルを洗うためだ。

それを温め直している間に、テントの中にローテーブルと背もたれの高い座椅子を置いてクッションを並べる。

ローテーブルには魔法瓶と陶器のマグカップ、中には紙コップをセット。

ここのキャンプ場は、灰を中央広場や管理棟に置かれたドラム缶に捨てるなら、紙材を焼いてもいいルール。

可燃ゴミ専用の廃棄場所もあり、燃やさずそこで捨ててもよし。

キャンプ場によっては『焼くんじゃねえ!』という場所もあるため、事前にチェックしておく必要がある。

別に紙コップなんて重ねてビニール袋に入れて持ち帰って捨てればいいんだけどね。

耐熱ガラスのティーポットに紅茶の茶葉、日本茶などのお茶が入った30×30のボックスもそのまま置いておく

ケーキを購入したら4時間分の保冷剤を入れてくれたため、今はまだローテーブルの横に置いたクーラーボックス(小)の中で、カフェオレ用に購入してきた地元の銘柄がついた牛乳と共に待機中。

ブランケットを用意して、中に編み物のセットが入っている大きめの籠を置く。

これが私のキャンプ時間。


草葉が風に撫でられて音をたて、テントが周囲の声をさえぎる。

たまに車が走って行く音がするものの、編み物を楽しむのにちょうどいい静かさ。

時折話し声が聞こえるものの、話の内容までは分からず。

熱中してると、テーブルから鳥の鳴き声がした。

スマホのアラーム音。

休憩の合図だ。

自然空間を邪魔しないように、自然に同化できる音をアラームにしているのだ。


テントから出て大きく背伸びをして身体をほぐす。

周囲を確認すると、そろそろバーベキューエリアは帰宅ラッシュのようだ。

そして何台かはこちらのキャンプ場に来ては断られている。

連休のキャンプ場に、予約なく飛び込めるはずはない。

……危険なのはこの後だ。

大人しく帰る連中はどれだけいるのか。


管理棟に見守られたキャンプ場ではなく、駐車場近くにあるキャンプ広場。

フリーサイトとも呼ばれるその広場は、安価で利用可能な上にルールもキャンプ場よりゆるい。

そちらはテントの大きさからタープの使用、そして宿泊人数によって料金が変わる。

持ち込みのテントが4人までのものならテント代が無料で宿泊人数分の代金で済むけど、大型テントとなると別料金でタープも別料金。

私が今日の装備でそちらを使う場合、ポップアップテントは無料だけどタープは有料。

そして宿泊者1名、となる。

しかし、バーベキュー場にきた人たちが『宿泊に適したテント』を持ってきているだろうか?

さらに、運良く広場に空きがあり、宿泊出来るテントを持っていたとして、夜と翌朝の食材は?

寝袋などの道具は?

貸し出しレンタル品のない、もしくは数が少ない場合はほぼ野宿状態だ。

そこまでして泊まろうという人はいない。


そうなると、広場には『言葉を話す知能はあるけど常識のない害虫』がたかる。

そしてフリーだからこそ隣との境界を理解しておらず、「美味しそうね〜」などという乞食がく。

道具でも「使ってないならちょっと貸して〜」などと言って、許可なく持っていこうとする泥棒ハイエナまでいる。

……すべて追放案件だ。

場合によっては宿泊可能な建物で夜を明かすことができる。

…………警察署の牢獄、だ。


「ちょっと借りただけ」

「返すつもりでいた」


そんな言い訳をしても、窃盗した証拠ブツを持っているのだから許されるはずがない。

だいたい、それを理由に追い出せるのだから「どうぞ、どうぞ」と警察へ差し出すに決まっている。

キャンプ場やキャンプ広場の管理棟職員はどちらの味方か?

そりゃあ「迷惑かけない利用者」に決まっている。

それを知らずに、「仲良くしましょ〜」といって潜り込もうとする連中が現れる。

フリーであっても規則というものが存在する。

何でもかんでも思う通りに行くと思うなよ?

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