中篇 散らばった疑惑の糸を一つに束ねる
家に帰ってからも寝る前までずっと、自分の気持ちと田原の言葉と、なによりも天馬との思い出を考えていた。
天馬は私の前ではひたすらに元気で、未来の話もたくさんしてくれた。高校卒業したら一人暮らしして学費を自分で稼ぎながら大学に行くこと、将来子供はいらなくて奥さんとずっと二人きりで生きていきたいこと。
卒業したらもう一回私に告白すること。
直近の未来の話はないけど、少なからず希望は持っていたように思う。
天馬が死んでから、天馬の写真は一回も見てないし、天馬の形見は一個ももらってないため、薄れていってる記憶の中の天馬に話しかける。
どうか真実を教えて
わたしを天馬のいる場所に連れてってよ
心からの神様へのお願いが私の中に響き、眠りについた。
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次の日の朝、田原が私の家に訪問してきた。お母さんは天馬の事情を少しだけ知っているので、気まずそうに田原を私の家に通した。
田原もまた昨日の出来事を思い出してなのか、気まずそうに、「おう。」とだけ言い私の部屋の地べたに座った。
「俺が今日来たのは、一緒に来て欲しいところがあるからだ。」
田原がいうには、学校の野球部の部室に野球部がもらった天馬の形見が置いてあるらしい。その形見の一つに筆箱があるはずで、天馬は筆箱の中にある消しゴムのラベルと本体の間に大事なものを入れる癖があると、田原の前で口に出したらしい。
その中に何が入っているのかが気になるから一緒に見に来て欲しい、とのことだった。
私はもちろん頷き、雪の学校へと向かった。
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昨日ぶりの学校は、昨日と同じで沈黙に包まれていた。
野球部の部室は裏庭の方にあるので、上履きを履き替えないで裏に回る。
裏にまわると、部室がたくさん並んでいたが、バットやキャッチャーの面みたいなのがドアの前に置かれているため、そこがすぐに野球部の部室だと分かった。
ここに来るのは、2年ぶりくらいかな。
部室に入ると、天馬の匂いで溢れていた。
懐かしさと寂しさに頭がおかしくなりそうだ。
私の記憶の中の天馬は、ほとんどこの匂いを纏っていた。
天馬の面影を感じるとすぐ想い出に浸ってしまう自分を可哀想だと同情する。
大きく深呼吸し気持ちを切り替え、部室の奥へと足を進める。
一番奥のロッカーの上に段ボールが置いてあった。
田原も同じとこに目が入ったらしく、少し高いところにある”それ”を、少し背伸びをした田原に取ってもらう。
ダンボールはさほど重くなかったようで、少し細めの田原も、すんなり持って床に置いた。
箱を開けてみると、写真やらキーホルダーやらかなり色々入っていて、下から掘り出さないと筆箱は見つけられなかった。
お葬式に出席した野球部は五人ほどで、形見を一人ひとつもらったとしてもこんな数にはならない。
まるで、
"天馬の部屋を片付けたいからといらないものをよこしてきたような態度”の母親と姉に腹がたつ。
質素な筆箱には新品よりは少し削れている消しゴムがしっかりと入っていた。しかし、消しゴムのラベルと本体の間には何も入っていなかった。
「なにも入ってない、か。」
少し残念そうに息を吐いた田原はそのほかの天馬の形見をひとつずつ見つめ始めた。
私は田原に気づかれないように天馬の筆箱に戻された消しゴムを盗み、そっとポケットにしまった。
消しゴムくらい、大丈夫だろう。
部室にあった天馬の形見はどれも普通のものだった。
それは、天馬が普通の人として生きていた証拠であるとも思った。
少しがっかりしながら田原と部室を後にし、田原は先に帰る、と学校を出た。
私はこの学校に残っていたくて、天馬から告白された場所へと足を運んだ。
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近くの階段に腰掛け、ポケットに入っている消しゴムを握り手のひらに出してみる。
まだ明るい太陽のおかげで部室よりもはっきりと消しゴムが見える。
ふと何かに閃き、消しゴムのラベルと取り中を覗き込んでみる。
すると、消しゴムのラベルの裏に黒いサインペンで何か書いてあるのを見つけてしまった。
ラベルと本体の間と言っただけで、天馬は確かに物が挟んであるとは言っていない。
天馬も粋なことするんだな、と少し笑う。
本体と擦れて若干見えにくくなっているが、そこにははっきりと文字が書いてあった。
『死にたくない』と。
やはりそうだ。
疑惑が確信に変わった。
いくら親が息子を虐待していたといっても、息子は息子なのだ。お葬式の前の日に息子の部屋を整理し始めるのもおかしいものだ。
普通、なくなった子どもの部屋など親はすぐに片付けない。
あの家族は何かしらの闇を抱えている。
そしてそれは、天馬の死につながっている気がする。
いろんなとこで目撃したさまざまな違和感は一つの真実を指しているような気がした。
天馬は姉か母親に殺されたのではないかと。
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