第18話 リリ帰る

 実家に呼び出された事で<閃光の銀狼>を離れていたリリが帰ってきた。そこで、<小熊の巣穴>の食堂で彼女の帰還を祝しての宴会をする事になり、リリはアキトと言う少年と初めて顔を合わせる事になった―――。


 リリはハーフ妖精族だ。見た目は人族と変わらないが、身長は人族の半分ほどの小柄な種族で、背中に小さな羽根を持つ。


 リリの実家は聖霊力が極めて高い家系で、その為、代々、ハーフ妖精族の村の長と祭事の神官も務めており、現在の族長は彼女の父親だ。


 父親の後を継ぐはずの長兄は、王都の神学校を卒業後、正教会の神官となった。そこで認められて、司祭になる事が決まったらしい。その為、婚姻はできなくなった。兄は今後は正教会で上を目指したいのだそうで、村には帰らないと言う。


 長兄が後を継がないと言ってきた事で、今後の相談をしたいとの父からの呼び出しだったのだ。


 リリには腹違いの弟がいるが、そう仲が良いとは言えない。継母との折り合いが悪い事が一番の原因だった。居たたまれず実家を出たのだから、このまま冒険者を続けたいと言うのが彼女の望みなのだ。


 ◇◇◇


「弟が家を継ぐことになったので、私はこのまま冒険者を続けるよ。但し、弟が成長して他に道を求めたら、そこでまた相談だってさ」


 (結局――、あの女は私の意思なんて二の次なんだよ)

 そんな事を、ぼそりと呟いていた。


 ハーフ妖精族の彼女は、淡いピンクの髪と幼い顔立ち、どことなく眠そうな表情は保護欲をそそられる。パタパタと小さく羽ばたく羽根。飛べないのだそうだが、種族固有能力と言う事でとても身軽だ。


「子供のような見た目に騙されるなよ」と、ジーノさんに耳打ちされた。


 ふわっとした感じで椅子に座った愛くるしい姿で、大きなビアマグを掴んで豪快に飲み干す姿に違和感が半端ない。


 彼女の本当の年齢は知らないそうだが、パーティーの中で一番年上だろうと言う事だ。それにだ、ゆったりとした服を着て誤魔化してはいるが、ある一部がデ、デカイ!


 小柄な容姿にこのデカさ! 反則である。イヤ、イヤ、もちろんビアマグですからね。はい。


 ジーノさんと顔を見合わせ、うんうんと頷き合ってると、何かが飛んできてジーノさんの額に当たって、ジーノさんは椅子ごと後ろにひっくり返った。


「ヒ!」


 僕も思わず後ろに転びそうになったけど、何とか耐えた。倒れたジーノさんは僕の足元でジタバタしていた。


「ほう……ジーノ。いい度胸してるね」


 そこにやって来たリリさんは、可愛い足でジーノさんをオラオラと踏みつけていた。


 そして、愛らしい口元が開いて、「ブハー!」って発したような。イヤ、気のせいだ。そうに違いない。おい、オッサンかい!って、心の中で決して突っ込んではいないからね。


 そんな彼女が僕に話しかけてきた。


「ねえ、アキト君っていったよね。薬師なんだって。ハイントがとても優秀だって誉めてたよ。私も君と一緒に攻略したかったかなぁ。本当に残念だ」


 リリさんは僕の方へビアマグを傾けて、今夜は飲み明かそうとマグを高らかに掲げた。


 ◇◇◇


 リリさんが帰ってくる前の日、僕はリーダーハイントマンさんから声を掛けられた。


「なぁ、アキト。皆とも話したんだけど、俺たちの正式なメンバーになる気はないかな?」


 そう言われたんだ。それは、とても嬉しい。だけどだ……。


「すいません。誘ってもらえるのはとても光栄なのですが、僕はこの広い世界を見て回りたい。それが小さい頃からの僕の夢なんです。だから、誘いはありがたいけど……」


 ごめんなさいと頭を下げた。


「そうか。まぁ、仕方ないな。アキトの目標を俺たちで邪魔するわけにもいかないしな。でも、たまには顔を見せに来いよ?」


 僕はパーティリーダーであるハイントマンさんと握手を交わした。その後、<閃光の銀狼>のメンバーから、またいつでも戻って来いという温かい言葉ももらった。


「あ、そう言えば、あの少女リンちゃんでしたっけ、あの子の弟は見つかったんですよね。回復はしたんですか?」


 そう聞いたとたん、ハイントマンさんから表情が消えた。


「ああ、見つかったよ。なんだけどな……」


 そこまで言って、眉をひそめ下を向いた。


「かわいそうだが、あの子はもう……だめかもしれない」

「え! どうしたんですか? 怪我してたんですか?」

「いや、そう酷い怪我はしてなかったんだけど……」


 ハイントマンさんが言うには、<服従の証>の解除は王都から派遣された解術士がしてくれたのだが、まだ幼い身に強力な術をかけられた事で、精神を酷く傷つけられたようだ。そのためか、未だに廃人同然なのだそうで、医者や僧侶からも匙を投げられてるらしい。


「死んだような目をして、ベッドで横になってるそうだ。健気なリンの姿を見るに忍びなくて、何とかしてやりたいんだが……」


 クソ!と言って、ハイントマンさんは壁を殴った。


 リンちゃん姉弟がいた孤児院はアイゼイ・マクブライン次期長官に捜査を指示され調べた所、多くの子供たちが奴隷として売られていた事が分った。

 教会関係者からも多くの逮捕者が出たとの事だ。難を逃れた子供たちは冒険者ギルドが保護すると言う事になった。そこで孤児院は一時閉鎖され、今は臨時の医療仮設施設として利用されており、姉弟もそこで保護されている。


「実はな、孤児院のシスターも操られていたようだ。捕まった者たち同様、解除を行い治療に専念していてね。大人でさえも傷ついた心を癒すのに相当の時間がかかると言うのに、三歳にもならない幼児には、あまりにも残酷だよ」


 何とかならないものかと、ハイントマンさんは嘆く。


「ただ、リンと弟エルンはギルドが責任を持って面倒を見る事になった。あの子の壊れた心が少しでも回復できるように、最大限の尽力を約束してくれたよ」


「そうですか。それは良かった。ここから旅立つ前に一度お見舞いに行こうとは思っているのですが」


 一度、症状を見て、何か僕に出来る事があるかもしれない。そう思ったんだが……。


「今は医療所には他の多くの患者もいる。かなり精神的に不安定なんだ。だから面会は難しいかもな」


 ハイントマンさんは、「ああ、そうだ」と何かを思い出したようだ。


「リリが王都の司祭と一緒にこちらに向かってるってよ。治療に参加するそうだわ。一緒に行けるように聞いておいてやるよ」

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