第2話 秘密の館

 しばらく二人の後について行くと、木々の向こうに大きな洋館が見える。建物は、白い壁に緑の屋根、それはまるで中世ヨーロッパの宮殿のようだと思った。


 大きな門扉の横にある小門から中へと入って行く。するとそこには広大な庭園が広がっていた。


 噴水付きのその広い庭は、庭園の中に自然風景の美しさを取り入れた風景式庭園イングリッシュガーデンというものだろうか。さきほど居た湖もその庭を彩る一つのパーツとしての存在である様な設計となっている。


 綺麗に手入れされた芝生と、色とりどりの花が咲き乱れる庭園の西洋風東屋ガゼボ内にはアンティーク調の上品なベンチが置いてあり、そこから見える美しい湖の景色。なんて優雅なんだと感嘆のため息が漏れた。


 広い庭を抜け、洋館の玄関までようやく辿り着くと、ハルさんが突然悲鳴を上げる。


「ぎゃーー! アキト! ドクロがある。大量のドクロがこっちを見て笑ってるよ!!」


 ハルさんはある物を見て恐怖で騒ぎだした。僕はちらっとそれを見て思わず苦笑してしまう。そう、それはまさにドクロだった。


「ああ、それはね、スナップドラゴンのさやだよ」


 ブルってるハルさんに、そのスナップドラゴンの説明をする事にした。


 スナップドラゴン(日本ではキンギョソウと言う)は様々な色の綺麗な花を咲かせる被子植物だ。そしてその花が枯れた後、その部分にさやが出来る。それが乾燥して割れ、黒い粒のような種を吐き出す。割れた後のそのさやの形がまるでドクロのように見える事から魔術から身を守る効果があると信じられるようになった。


「――――とも言われているんだ。それもあってか魔除けとして家の入口に吊るしたりするんだよ」


「へ~。そうなんだ。でもやっぱ不気味で怖いよ」


 ハルさんはお近づきになりたくない風で、僕の胸ポケットにすっぽりと入り込んでしまった。


 館に入るとそこには、姿勢正しく執事然とした服装の男性を筆頭に大勢のメイドの出迎えを受けた。マリアはすぐに自分の部屋へと着替えるために向かったようだ。

 そして、ソフィア先生は、メイドたちに向かって、僕のサイズに合うような服を見繕って、着替える為の部屋へと案内をするようにとの指示をする。


「お嬢様の大切なお客様ですので、丁寧な対応をお願いしますね」


 そう言うと、直ぐにメイドたちは一礼した後キビキビと動きだした。


「お嬢様が後でお部屋に参りますので、それまでお部屋でお待ちください」


 ソフィア先生は僕を残し、執事風の男性と二人、奥へと入って行った。僕はと言えば、オドオドとメイドさんたちに指図されるがまま素直に従うしかなかった。


 あまりに贅沢な服を着せられ一人残された僕は、何か居心地が悪いよなと思いつつ、アンティーク風の豪華なソファーに腰かけ、置いてある家具や調度品の全てがお高いのだろうなと恐縮しながら、部屋を見渡していると。ハルさんも不思議そうな顔で回りを見渡している。


「なぁ、アキト、この館って奇妙だよね」

「なにが?」

「うん、ここの家の中で精霊の声が聞こえないんだよ。庭にはいっぱい居るっぽいけどね」

「声がしない? それっていないって事? う~ん、普通は家を守る何らかの家憑き精霊が居るもんだよね。なんでだろう?」


 この世界では、家にそう言う類の精霊がいないと、早い段階で朽ちて行くと言われているからだ。


 ハルさんが言うには、居るか居ないかどうかは解らないけど、精霊の囁きが全然聞こえないって事らしい。ただ家憑き精霊は気分屋なので、気に入らないとさっさと出て行ってしまう。この家で何かが起きたか起こっていると言う事なのだろうか?


「なぁ。ここって気味が悪いよ」

 ハルさんも居心地が悪いようで、顔をクシクシしている。


 しばらくすると、部屋の扉をノックする音がし、返事をすると、部屋にマリアと一緒に一人の紳士が入って来た。


「どうも、初めまして。私はこのマリアの父でリカルド・ロッツと申します。娘を助けて頂いたとの事で、お礼を言わせて頂きたい」


 そう言いながら、マリアの父は僕に近づくと手袋をした手で握手を求めてきた。


 (手袋?)


 彼はは白い手袋をしている。手袋をしたままでの握手、これは流石にマナー違反だと思ったのだが、こちらではそれが普通なのかもしれないと思い直し、素直に握手に応じる。


 まぁ、突然に何処の馬の骨か解らない男を娘が連れてきたのだ。警戒するのは仕方ない。


「どうも初めまして。私の名はアキトと申します。この先の森に住んでおります賢者アノマ様の弟子として仕えさせて頂いております。本日は師匠の命で薬草採取にきておりました」


 師匠には、それなりに警戒してくる相手を信用させる時は、自分の弟子である事をしっかりと伝えるようにと言われていたので、ここで使わせてもらった。


「ああ、何と! あの有名なアノマ様のお弟子様でしたか。これはこれは失礼いたしました」


 そう言いつつも手袋は外さず、僕に座るように促す。


「アキト様が偶然にも居合わせておられなければ、どうなっていたことか。亡くなった妻の忘れ形見である大事な娘の命を助けて頂きました事、心より感謝いたします。本当にありがとうございました」


 左胸に右手を置き頭を垂れる。ここの主はやはり相当やり手の商売人なのだろう。僕のような子供相手だとしても、柔らかな笑みを湛え、どこまでも丁寧な態度と言葉遣いであり、全くと言っていいほど一分の隙もない。


「お礼と言っては何ですが、今宵、アキト様へのお礼の気持ちを込めて晩餐会を開く準備をしております」


 是非、今宵はこの館に泊まってくれと言って来た。それも僕の返事を聞かない内にすでに準備は進んでいるようで、有無も言わさずにここに泊まる事が決定してしまったようだ。


 マリアは僕と今晩の食事が一緒に出来ると嬉しそうにニコニコしている。そんな彼女の顔を見てしまうと、もう断れなくなってしまった。


 だが、胸ポケットに入り込んだままのハルさんは気に入らないようで、中でプルプルしているようだ。ハルさんはこの家に入ってから、どうも気分が悪いらしく、『寝る』と一言言うとポケットに入り込んで出てこなくなった。


「では、用意が出来ましたらメイドに呼びに来させますので、それまでゆっくりとしていてください」


 そう言って主は部屋を出ようとした瞬間、外からガシャーン!と大きな音が聞こえた。窓の外の方から聞こえたようで、僕たち三人はベランダへ出ると、そこから下を眺める。


 窓の下にはテラスになっている。テーブルと椅子が置いてあり、そこで女性がお茶をしていたようだ。女性が座っていた椅子の横には割れてバラバラになった鉢が転がっていた。


 彼女に向かって鉢が落ちて来たのだろう。間一髪だったようで、まともに当たっていたら彼女の命が失われていた可能性もあっただろう。


 彼女は驚いたように上を見上げていた。ベランダから覗き込んだ僕たちと目が合うと、プイっとした素振りで部屋の中に入って行ってしまった。


「モニカ……」


 主は立派な口ひげが生えた口元に手を置いて何か考えている素振りをすると……。


「失礼。では私はこれで失礼する。また後でお会いしましょう」


 そう言うと、マリアを残して、主は部屋を出て言った。


「ねえ?今の女性は誰なの? まさか、あの鉢が落ちてきたの? 大丈夫だったかな?」


 マリアにそう尋ねると、マリアの顔から笑顔が消えて苦々しい顔になって何か呟いているようだ。


「バチ……が……、いえ、あのひとは、お母さまの元メイドで、お父様の今の妻よ。お母様が原因不明の病で亡くなってまだ一年も経っていないと言うのに……」


 マリアは少し涙目になっているようで、それ以上は聞けないでいると、彼女の方から話を始める。


「アキト様、そんな事よりお庭を散歩いたしませんこと? どても綺麗なお気に入りの場所がありますの。是非、アキト様にもお見せしたいわ」


 そう言って、僕が座っている所までやって来ては、またまた僕の両手を握ると立ち上がらせようと引っ張ってきた。


「じゃ~、お願いしようかな」


 椅子から腰を上げると、先ほどまでの悲しい顔が急にパァ~となって明るい笑顔へ戻っていた。


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