美しいドレス
第1話 薬草採取に行く
僕がまだ師匠の元に居た時のこと、とある奇妙な事件に遭遇した事があった。
それは、湖畔に建つ洋館で起こった恐ろしい出来事――――。
そして、湖から突き出した二本の足が……。
「ぎゃーーーーー!!!」
まぁ、そんな奇々怪々な事はあるはずもないけど……、今日も変わりなく平穏な一日が始まった
「ハルさん、薬草採取に行くよー!」
庭に置いてあるハンモックの中で、眠っていたハルさんをすくい上げると、僕のローブのハルさん専用胸ポケットに放り込んだ。
「どこ行くの?」
ハルさんは眠たそうな目をして、僕のポケットから顔だけをちょこんと出して聞いてくる。
「師匠に頼まれたんだよ。この森の入口付近に湖があって、その湖畔に自生しているキレート草を取りに行くよ」
「湖畔? キレート草?」
少し傾けた風の疑問顔で鼻をひくひくさせている仕草が何ともあざとい。
「キレート草って言うのは、体内の悪い成分を外へと押しやる効果がるんだよ。そいつはこの時期だけに、ちっちゃな紫の花を咲かすんだそうだ。その花が湖の周りを紫に染めて、とっても綺麗なんだってさ」
僕はその話を聞いて、すぐに師匠へとOKの返事をした。
「ヘー! そんな薬草があるんだ。で、湖までは遠いの? だったら食い物はちゃんと準備しててよね」
僕としては、そんな景色を想像するだけでワクワクが止まらないんだけど、ハルさんにとっては一面に広がる絶景の花畑には何ら興味がないらしい。花より団子って事なんだろうな。
「はいはい。相変わらず、ハルさんは食いしん坊だな」
数日分の水や食料をバッグに詰めて準備万端。ハルさんを回収した後、師匠に挨拶を済ませると早速出発する事にした。
「師匠、ちゃんと食事だけはするんですよ。帰ってきたら干からびてたなんて洒落になりませんからね」
師匠は後ろ手に、さっさと行ってこいと言う感じで手を振ると、再び研究に没頭しだした。
今は、何かの成分を抽出して解析をしている様なんだけど、相変わらず詳しくは教えてくれない。
だが、この時期にしか手に入らない、花をつけたままのキレート草の茎葉が必要なんだそうで、それを採取してきてくれと頼まれたわけだ。
◇◇◇
しばらく森を進んで行くと、少し開けた先に日差しの反射でキラキラと光る水面が見える。
「うわぁ! あれだよ! あれ!」
木々に囲まれた湖の畔には一面紫色に染まった景色が広がっていた。静かな水面はまるで鏡のように周囲の景色を映し出しており、その余りの美しさに僕は思わず息を呑んだ。
しばらく、その光景に見とれて立ち尽くしていたけれど、自分のやるべき事を思い出した。
「おっと、いけない。忘れるとこだった」
さっさと終わらしちゃおーと、早急に採取にかかる事にした。
「よーし、頑張るかな。ハルさんはその辺で遊んでてね」
そう言ってハルさんを地面に降ろすと直ぐに、すごい勢いでどこかに走って行く。その後ろ姿に向かって……。
「あまり遠くまで行かないようにね」
そう声をかけると、僕の方は作業に取りかかった。採取した茎葉を日陰にきれいに並べて、しばらく干した後、束にして魔法バッグに仕舞って行く。そうこうしながら仕舞い終わった所に、ハルさんがこっちに向かってすごい勢いで走って来るのが見えた。
「ハルさん、元気だね。僕も丁度終わった所だよ」
「違うよ、アキト! ちょっとアレ見てよ」
ハルさんの小さな手で指差す方向を見つめると、そこには湖面に生えた二本の……。いやいや、湖の上に小さなボートが浮かんでいるのが見えた。誰かが舟遊びでもしているのかな? と思いつつ見つめていると、そのボートに乗っている人がこちらに向かって手を振ってくる。
「あれ? どうしたんだろうね? 手を振られてるけど、この辺に知り合いはいないよね」
「何を呑気な事言ってんの? あれって”助けて!”って言ってんだよ」
「えええ! ウソ! それって、やばいじゃん」
僕は慌てて湖岸に向かって駆けだした。湖岸には桟橋があって、もう一艘のボートが繋がれていたので、そのボートに乗り込む。そして、そのボートの後ろに師匠が開発した小型推進装置を取付け、そこに魔力を注ぐと、すごい勢いで飛び出した。
この魔導で動く小型推進装置は、お手製のバギーにも取り付けてあるもので、師匠にお願いして、開発してもらったものだ。魔導列車の技術の応用らしいのだが、もちろん僕の意見も取り入れてもらったのは言うまでもない。
この推進装置の仕組みは、利用する場所に存在する「地」「水」「火」「風」「空」「光」「闇」「時」「重力」等の魔力元素を取り込み掛け合わせ、そこから生じる引力と斥力を利用し、回転し前へと進ませる仕組みなのだ。
その上、反発する斥力によって、少し宙に浮いた状態で摩擦なくスムーズに走れる上、障害物にぶつかる危険も少ないという安心設計らしい。
それにだ、その場にある魔力元素を利用できることで、臨機応変にとても融通が利く優れものだ。
師匠は今後これを広めようと改良を重ねている。そこで、僕がモニターになってると言うわけだ。
モーターボートと化した手漕ぎボートは、すごいスピードで湖中央辺りに不安定に浮かんだボートへと一直線に向かって行った。
◇◇◇
ボートの上で助けを求めていた人物は、年の頃は14、5歳くらいだろうか? まだ幼い少女のようにも見える。
その少女の乗ったボートの底に亀裂が入っていたのか浸水しているようで、かなりの水が入ってきており、不安定になり沈没しかかっていた。
かなり危険だ! いつ沈没してもおかしくない!
僕は乗って来たボートを横づけすると、少女に手を差し伸べるが、恐怖のためか自分の乗ったボートの淵をしっかりと掴んで震えて動けないようだ。
「大丈夫、怖くないから。僕の手に掴まって、ゆっくりとこちらに移って来て」
そう声をかけると、彼女はコクンと頷くと僕の手を取り、ゆっくりと立ち上がり、こちらへと移動する。移った時に少し揺れた事で、バランスを崩しそうになり、僕の腕の中に倒れ込み抱きつく姿勢になってしまった。
間一髪、少女が乗っていたボートは湖底へと沈んで行く。危なかった、何とか間に合った。
「良かった! もう大丈夫だからね」
そう言って、抱き着かれた状態のままで、少女の頭をなでた。
女の子に抱き着かれるなんて生まれて初めてなので、なんだかとても柔らかくて、いい匂いがするなぁ……。これは役得だよね。と、ニンマリとし、しばらくはこのままでもいいよね。なんて、そう思ったとたん、胸ポケットから『むきゅ~』って鳴き声がした。
「あ、ハルさん。ごめん」
胸ポケットに入っていたハルさんが彼女の下敷きになっていたようだ。ハムせんべいになっては大変と、慌てて、もたれ掛かっていた彼女を引き離した。
◇◇◇
「す、すいません。あのー、それと、大丈夫ですか?」
男性に抱きついた事の恥じらいで真っ赤な顔になりながらも、僕の慌てぶりから、何か粗相でもあったのか? と、心配しているようだ。
僕は胸ポケットから、ハルさんを取り出す。くたっとなった可愛い小動物を見たとたん、
「ごめんなさい。どうしましょう。私が潰しちゃったの?」
と、あたふたとしだした。そんな彼女をなだめるように。
「大丈夫。こいつはそんな
死んだマネをしているハルさんの首筋を持ってぶら下げ、ブラブラとさせる。
「ほら、いい加減にしろ!」
「ひどいよー! 虐待だよー! もっと労わってよー! 本当に死ぬかと思ったんだから」
と、ぷりぷりしながら叫んでいるが、いくら叫んでも彼女には聞こえてないからね。
だが、パタパタしている姿がとてもチャーミングに見えたのだろう、彼女はクスっと笑う。
笑った少女の顔を改めて見ると、とても愛らしい顔立ちをしていた。腰まで伸びた髪の色は金色で、肌の色は透き通るように白く、瞳の色は吸い込まれそうなほどに綺麗なエメラルドグリーンだ。
僕がじっと彼女の顔を見つめている事に気が付いたのだろう。
「顔に何か付いていますか?」
と頬に両手を置き、不思議そうに首を傾げて聞いてきた。
僕は慌てて首を横に振る。
「いや、何も付いていないです。あ、それより、お怪我はないですか?」
「はい。大丈夫です。少しドレスが濡れてしまいましたけど……」
自分の濡れたドレスを軽く絞って苦笑いを浮かべていた。そして、一呼吸を置いてから彼女は再び話だした。
「助けて頂きありがとうございます。私はマリア・ロッツと申します。この先にあります館に滞在しております……」
そして、命を救って頂いたお礼をしたいのと、濡らしてしまった僕の服をクリーニングさせてほしいので館へ来てほしいと言ってきた。
「すぐ近くですので、是非いらしてください」
懇願するような目で、そう言って、強引に僕の手を掴み引っ張って行こうとする。
この娘は結構天然かもしれないな。
「じゃ、服だけでもお願いしようかな」
無理に遠慮するのも何なので、それとなく手をほどくと彼女の進む方向について行った。
そしてしばらく進んでいると、前方に一人の女性がこちらに駆けてくるのが見える。
「お嬢様!」
その女性は息せき切って、マリアの元までやってくると、二人の間に割って入り、彼女を守る様に前に立ちはだかる。そして、僕をばい菌を見るような目で睨みつけて来た。
お嬢様? そう言えばロッツって名乗ってだよね? まさかロッツってあのロッツ商会?
王国一と言われる有名な商会の名がロッツ商会だったっけ。もしかして、このマリアって娘はその商会のご令嬢ってこと?
あ、見せちゃいけない
『やばいよ、ハルさん。僕やっちゃたかも?』
『またまた、何を今更。お前、あちらこちらで、やらかしまくってんじゃん』
相変わらずハルさんは辛辣だ。
「お嬢様、大丈夫でしたか? 何か不埒な事はされなかったでしょうね」
僕をにらみつつ、すごい形相でまくし立ててくる。
「あ、先生、違うんです! この方は命の恩人なのです」
「は? 命の恩人?」
マリアは先生と呼んでる女性に向かって、僕に助けてもらった時の事を身振り、手振りで説明しているようだ。
「ブィーンと言うすごい音がしたかと思ったら、あっと言う間に私の乗ってるボートの側までやって来てくれたんですのよ。まるで勇者様のように頼もしく『もう大丈夫だよ』って、優雅に手を差し延べてくれて、そして力強く私の手をググッと引いてくれました。そして、パッと岸まで連れて行ってくれましたの」
と言った感じで、その後もオノマトペ満載の臨場感溢れる演技付きで説明しているようだ。余りに大げさな説明で、それを聞いてるこっちが恥ずかしい。出来ましたら話半分で聞いてほしい。だけど、例の推進装置に関しては、あまり解っていないようで、そこのところは少し安心した。
「失礼しました。私はお嬢様の家庭教師を承っておりますソフィアと申します。私の早合点で申し訳ありません。お嬢様を助けて頂いた方に大変失礼な言動をしてしまいました」
そう言って、深々と頭を下げてくれた。警戒心は解いくれたようだ。
「それにしても、ボートが浸水するなんて、とても信じられない事です。この一帯はロッツ様の敷地で、常に管理人が点検を怠ってはいないはずなのですが……、これはバルドに確認をしてもらわないと」
ソフィア先生は不思議そうに桟橋を見つめている。
「ところでお嬢様、どうしてお一人でボートなんかに。いつもはそんな事なさらないのに……」
勉強する約束の時間になってもマリアが現れない。部屋にも館の何処を探してもいない事で、ソフィア先生は生きた心地がしなかったそうだ。
「ごめんなさい。とても悔しい出来事があって。気持ちを落ち着ける場所を探していたら、ボートが見えて……」
「悔しいこと? 何があったのですか?」
マリアは下を向いて唇を噛んでいる。少し涙ぐんでいるようだった。
「あの女が……、お母様のあのドレスを奪ったのです」
「まさか、そのドレスはもしかして、亡くなった奥様がとても大切にしていたあのドレスなのですか? レテーネ様の瞳と同じく、宝石のような美しい輝きを放ち、吸い込まれそうな、ああ、どこまでも澄んだ深いエメラルド。あのドレスをですか?」
ソフィア先生はまさかと言う感じでそこまで一気に言うと、マリアの目をじっと見つめた。
「ええ……。あの女は、このドレスは私が着る事が一番相応しいと……お母様の部屋から持って行ってしまいましたの」
「ああ、何て事を……。旦那様はその事をお許しになられたのですか?」
マリアは悲しそうにコクリと頷いた。
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