宿場村
第1話 旅立ち
上空からポツリと水滴が落ちて来た。
「わ、雨か?」
僕はバギーを止め、空を見上げた。空一面をどんよりした灰色の雲が厚く垂れ込めている。時折、ポツリ、、、ポツリ、、、と
「やれやれだぜ」
ついつい心の中で舌打ちをした。さっきまではいい天気だったと言うのに、荒野の天気は変わりやすい。
「うーん、このままだと、雨、酷くなりそうだな。急がないと」
そう独り言を言いつつ、バギーへと魔力を注いだ。そしてスタートしようとした途端、ピカッ!っと遥か前方で稲光りが走ったようだ。
「わ!やば、
そして、程無くしてから……ドッカーン!!と大地を揺るがすような雷鳴が轟く。
「ぎゃー!ドラゴンだ!ドラゴンが出た!!」
雷の音に驚き、僕のローブのフードをハンモック代わりに惰眠をむさぼっていた奴が寝ぼけて飛び起きたようだ。
「アキト!ドラゴンだ。戦闘態勢を取れ!」
「ハルさん、ハルさん。何、寝ぼけてるの。あれは雷だよ。それより急ぐぞ。雨足が酷くならない内にこの先の宿場村へ着かなくっちゃね」
そう言うと、ハルさんを掴んで懐に入れると、バギーを猛スピードで発進させた。
「ひゃーーー!死ぬーーーー!」
僕の懐の中で、必死でGに耐えているこのおっちょこちょいさんは、元魔物で斑ネズミの『ハルさん』だ。
そうハルさんは魔物だ、産まれた時に兄弟との生存競争に負け、死にかけた所に偶然出くわしたのが僕で、その時、つい目が合ってしまった。
魔物なのだけど、何故か見捨てる事が出来なかった。何故なら、僕が前世で飼っていたゴールデンハムスターのハルさんそっくりだったから。そのハルさんは、ハムケツにハートがあしらわれた模様となっていて、それがとてもキュートだったんだ。
僕はその斑ネズミに精霊を宿す事で命を救ってしまった。そのために魔物に精霊が融合すると言う、ちょっと異質な存在となってしまった。と、いうわけだ。
そして、”僕が前世に”と言うのは――――。
この世界に生まれる前、こことは違う世界、地球と言う星の日本と言う国で生まれ育った日本人だった。そして、その国の知識を持ってこの世界に生をなした、そう、転生者と言うものらしい。
見た目は、人間の少年のように見えるのだけど、僕は生まれながらに精霊を扱う精霊術が少し使える。僕の育ての親である師匠(エルフ)が言うには、それはエルフの血が入っているかも? もしかしたら、先祖返りと言うのかもしれんと言っていた。
ところで、何故、アキトと言う日本名を今も名乗っているか? と言えば、実はこの世界の僕には名前が無い。付けてもらえなかったからだ。
森で泣いていた赤子の僕を拾って育ててくれたのが、育ての親であり、師匠であるアノマ老師だ。だがこの老師、自分の研究に関する事以外は全てにおいて怠惰で不精だ。僕の事をいつも『子供』とか『少年』とか呼んでいて、不自由が無かった事で、そこには無頓着だったようだ。
そこを突っ込んでみた所、ついぞ気付かなかったと笑っていた。やれやれだ。
まぁ、仕方なく、日本での名前だったアキトを今も名乗っていると言うわけだ。
◇◇◇
しばらく走り続けていると、前方に周りを塀で囲まれた村らしきものが見えて来た。
「ハルさん、あれだよ。あそこが宿場村であるアルル村だ」
速度を落とした事で、僕の懐からハルさんが恐る恐る頭をチョコンと出した。
「速度を上げるんなら前もって言え!ってあれほど言ってるだろ!もうアキトは!」
ハルさんは、ぶつくさ文句を言いながらも、周りの精霊の様子を感じようとしているようだ。精霊と言う存在は、個が全体であり、全体が個である事で、知識や情報を共有できるらしい。厳密にはハルさんは精霊ではないので、早い話、のぞき見? 盗み聞き? って事らしいが。
「アルル村だけど、何か問題が起こってるのかな?精霊が軽くざわついてるぞ」
「軽くか? そうか、それじゃ行ってみないと解らないね。雨も酷くなって来ているようだしさ。飛ばすよ」
今度はちゃんと声をかけてから村へ向かって再び加速した。
村へと到着する頃には、雨は本降りになっていた。村は思った通り、雨だと言うのに何か騒がしいようだ。
「どうしたんですか?」
村の門を守っている門番に何事かと尋ねると、門番も少し困り顔を装いそれに答えてくれた。
「ちょっと困った事になったみたいだ。ほらさっきの雷だよ。どうもこの先の巨木に落ちたらしくって、その木が街道を封鎖してしまったらしい」
「街道封鎖って、もしかしたらこの先にあるダンジョン都市への道ですか?」
「そうなんだ。お前もそこへ行く途中にここに寄ったんだろ? ついてないな。その木が撤去されるまで、ここで足止めってことになるな」
この村は、この先にあるダンジョン都市の通過点として賑わう村だ。その為、ほとんどの者が、地方からダンジョン目当てでやって来た商人や冒険者であり、長期滞在者などはいない。なので、早々にこの村を出て行ってしまうのが現状だ。
物流が止まるのは問題なのだが、この村にとっては滞在者が増えれば、お金を落としてくれる。村としては少しは潤うと言うものだ。
「ところで少年。冒険者か?」
「いえ、冒険者登録しようとダンジョン都市を目指してたんですけど」
「そうか、じゃ悪いんだが入村料の銀貨一枚をもらうぞ。ここの冒険者ギルドは出張所だから登録はできないからな」
「あ、はい」
冒険者ギルドや商人ギルドに登録すれば入村料は免除されるのだが、僕は登録前なので、一般と同じく徴集されると言うわけだ。
僕はバッグから銀貨を取り出して門番へ渡した。このバッグ、実は魔法アイテムバッグでかなりの収納量がある。これは老師からの餞別でもらったものだ。なので、このバッグが魔法アイテムバッグである事は悟られないようにしないといけない。
知られると強引に奪おうとする
「ところで、おすすめの良い宿があったら教えてもらえないですか?」
「良い宿ね。この村はほぼ宿場で成り立ってる村だから宿は多いんだが。今はこんな具合でどこも満員だと思うぞ」
気の良さそうな門番は僕を値踏みするように見つめて、そうだなぁ? と考えてくれているようだ。
「こう言っちゃ悪いが、お前、弱そうだな。だったら防犯がしっかりした宿がいいだろう。あそこだと空いてるかもしれん。ただし、少し、宿屋のおやじが気難しくて頑固なのと、飯がクソまずい。そこを我慢すればいい宿だぜ」
そう言って、門番はその宿の場所を教えてくれた。飯がまずいのは仕方ないとして、安全な宿だと言うことなので、僕たちはその宿に向かう事にした。
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