アキトが見る景色-空の彼方に続く世界-

辛島新

プロローグ

 ハムスターケージの中にある回し車がカラカラとなっている。ハムスターのハルさんが元気に回しているようだ。


 僕の名前が陽斗アキトなので、ペットのハムスターにはハルと言う名を付けた。なんて単純だなと笑うだろうか。


 春は入学式や新学期のシーズンだ。新しい学校、新しい環境、新しい友達、希望と不安でいっぱいな時期だろう。


 だけど僕は学校という所に行った事がない。生まれてからこの日まで、ずっとベッドの上の生活。頭の上にある窓から見える空をずっと見つめる日々。あの空の彼方に広がる世界を見て回れたなら……。


 生まれ変わったら、このハルさんのように元気に走り回れるだろうか? だけどケージの中に閉じ込められた生活はハルさんも嫌だよね。


「ねぇハルさん、このケージから出たいよね。ねぇハルさん、僕とハルさんはどっちが長く生きれるかな? ねぇハルさん、生まれ変わって、また出会えたらいいね」



 ◇◇◇



 慌ただしく侍従長が豪華な部屋へと駆けこんできた。


「陛下、皇子様がお産まれになられました」

「おお、そうか、そうか! それは喜ばしい!」


 エルフの支配する国、その国を統べる皇帝は、産まれた子が男だと聞いて笑みを浮かべた。


「ですが……」

 侍従長はとても言い難そうにしている。


「うむ? どうしたのだ?」

 そして、侍従長はとても辛そうに言葉を続けた。


「皇妃様が……、エルフィーナ様が……」

「どうした? 何があった? エルフィーナがどうしたのだ?」

「大変申し訳ございません! 皇妃様は皇子様をご出産後すぐに、みまかられました……」


「…………」


 皇帝は一瞬何を言っているのか理解しがたいようだったが、すぐに玉座から立ち上がると侍従長に命じる。


案内あないせい!」


 皇子が産まれ、盛大に祝われるはずであったが、手当ての甲斐なく皇妃は亡くなってしまい、祝いの気運とはいかない。

 皇妃が横たわる部屋にすすり泣く声が響く。そんな中に皇帝は入って行った。


 ベッドに横たわる妃の顔を悲しそうに撫でる皇帝。


「世に皇子を」


 女官がおくるみに包まれた赤子を大切そうに抱き上げて皇帝へとうやうやしくお見せすると。皇帝は皇子の容姿を見て一瞬ギョッとなって固まってしまった。


「まさか……信じられん。何てことだ! これは世の子ではない! すぐに処分せい!」


 皇帝は怒りを露わにし、その部屋から立ち去って行った。


 その皇子の容姿。エルフの特徴である長い耳ではなく、それは人族のような形をしており、髪と目はエルフでは有り得ない黒い色をしていた。


「なんてことだ。エルフィーナが亡くなっただけでなく、忌み子を産んだとは……。災いが生じなければよいが……」


 足早に立ち去る皇帝は、険しい顔でそうボソリと呟くのだった。

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