吾輩はWEB小説家である

大隅 スミヲ

第1話 完結ブースト

 吾輩わがはいはWEB小説家である。

 受賞経験は、まだない。

 それどころか、コンテストでの一次通過すら、まだない。

 いや、もっといってしまうのであれば、コメントをもらったことすら、まだない。


 その日、椎名しいなソウタは、深夜まで机の上に置いたノートパソコンと向き合っていた。

 パソコン自体は2台持っている。1台は学校の学習用PCであるため、自由に使うことはできない(きっと、監視されてる。インターネット閲覧なども自由とされているのだが、絶対に監視されている。学習以外でも調べ物などで使って良いと学校からは言われているのだが、もしも私用目的でどこかのサイトを閲覧しようものなら、学校から警告されるにきまっているのだ)。


 ソウタが向き合っているパソコン画面には、小説投稿サイトの画面が表示されていた。

 普段から、ソウタはこのサイトを愛用しており、自分の書いた小説を投稿したりしている。


 先月の末、長編異世界ファンタジー小説『寝取られゴブリンの一生』が完結した。

 壮大なスケールで描かれた異世界ファンタジー。コミカライズ待ったなし。愛と希望と勇気と涙の物語。大ヒット間違いなし。

 そう考えて連載を続けてきたわけだが、PV数はまったくと言っていいほど伸びることはなく、コメントも一つも書かれることは無かった。そんな『寝取られゴブリンの一生』も一次的にPV数が跳ね上がった時もあった。しかし、それは身内の犯行であったため、ただのぬか喜びに終わったのだった。


 たまたま目にしたWEB作家さんのエッセイで「完結ブースト」なるものがあるということを知った。読専と呼ばれる、読むだけ専門で小説投稿サイトに登録している人たちの中で、完結作品しか読まないというポリシーを持っておられる方もいらっしゃるらしい。そういう人が一気読みをしてくれたり、知り合いのWEB作家さんたちが完結おめでとうの意味合いも込めて読んでくれたりすると、一気にPV数が跳ね上がり、最終話には「完結おつかれさま」といったコメントがわんさか来るという話だった。


 そんなものは、どうせ都市伝説だろ。


 ソウタはそんなことを考えながら「寝取られゴブリンの一生」の最終話を小説投稿サイトへアップロードした。

 自分でいうのもなんだが、最終話は大団円だいだんえんで終わる感動的なシーン満載だった。最後の数行は、自分でも目に涙を溜め、登場人物たちひとりひとりに「ありがとう」という言葉を送りながら書いたのだ。

 これで涙しない奴がいたら、人間じゃないだろう。

 そこまでソウタが思いを込めて書いた最終話だった。


 しかし、蓋を開けてみれば、すべてが何だったのかわからなくなる結果となった。


 最終話のPV数『0』。もちろん、コメントも『0』。


「おい、完結ブーストとか言ったやつ出て来いよ。ふざけんじゃねえぞ」


 その日、ソウタは荒れに荒れた。

 ベッドの上に置かれた、とあるアニメの大型ぬいぐるみ。子どもの頃に、親にねだって買ってもらったものだ。ソウタはそのアニメが大好きだった。大好きすぎて、毎晩、毎晩、そのアニメの中に自分が入り込んで、自分だったらこんな感じで行動するのになとか、アニメの登場人物たちと一緒に冒険へ出掛ける妄想を繰り広げていた。いま、思えばそれがソウタにとって創作の原点だったのだろう。

 しかし、今夜はそんな思い入れのあるアニメキャラクターのぬいぐるみもソウタにとっては憎悪の対象となっていた。

 ソウタはそのアニメキャラクターのぬいぐるみに馬乗りになると、振り上げた拳を何度も、何度も打ち下ろすという仕打ちに出た。


「ふざけんな、ふざけんじゃねえぞ、ふざけんな」


 ソウタが拳を振り下ろすたびに、ぬいぐるみの顔の形が変形していく。


「なにが完結ブーストだ。そんなものないじゃないか。結局は、都市伝説だったんじゃないか。騙された、騙されたよ。そんな妄言に踊らされた自分が悪いのか。いや、悪いのはおれじゃない。世間が悪いのだ。おれの作品を認めようとしないやつらが悪いんだ」


 闇落ちしていく、ソウタ。

 殴り続けるぬいぐるみの顔には、ひとつ、またひとつとしずくが垂れていく。


「くそ、くそ、くそ、くそ」


 ソウタの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「うるせえぞ、何時だと思ってんだっ!」


 突然、隣の部屋から壁を蹴りつけられる。

 その声にソウタは驚き、息を飲み込み、自分の口を慌てて両手で塞いだ。


 時刻は、深夜2時だった。

 壁を隔てた隣の部屋の配置は、だいたい把握できている。

 ソウタのベッドと同じように壁の向こう側にもベッドが置かれているのだ。

 隣の部屋は、双子の姉であるミズキの部屋だった。

 双子といっても、ソウタとミズキはあまり似ていない。ミズキは学校でも活発な女子であるし、スポーツも、勉強もできる。それに友だちも多い。俗にいう陽キャというやつだ。顔は少しは似ているらしいが、それを言われるとミズキが怒るので、誰もそこには触れないようになっていた。


「くそっ」


 ソウタは誰にも聞こえないくらいの小声でつぶやくと、布団を頭からかぶった。


 涙に枕を濡らした夜。それが先月末の出来事だった――――。

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