第11話 身代わり婚約者⑤

 ——王来寺邸。

 替え玉作戦を終えた未央みお鮎川あゆかわを外に逃した多聞たもんは、篤人あつとがいるパーティー会場に向かった。


(なんかウマいもんでも食えるかな)


 とブラブラ歩き出したら、後ろから声をかけられた。


「すみません。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」


 振り返ると、色白細面の男が微笑んでいる。

 多聞の身長は百七十三。その多聞が見上げるのだから、百八十を超える長身だ。


「宇佐美俊介といいます」


 宇佐美は、柔和な笑みを浮かべて握手を求めてきた。

 多聞は素直に手を握る。


「先ほど出て行かれたのは、王来寺桐子さんですよね? 失礼ですが、どういったご関係か、お聞かせ下さい」


 多聞は一瞬で警戒した。


(この男は未央の事を探ってるんだ!)


 心の中でファイティングポーズを取っていたら、肩に手を置かれた。

 見上げたら篤人が横にいた。

 篤人の後ろには中年の女たちが数人控えている。

 篤人は多聞の肩を抱き、その場から連れ去ろうとするが、宇佐美に止められた。


「篤人さん、すみませんが、そちらの方からお話しを伺わせて貰います」


 宇佐美が言うと、女たちがサッと宇佐美を取り囲んだ。


「宇佐美さん、この方は篤人さんのご友人です。丁重にもてなすように、静江様から仰せつかっております。お聞きになりたい事がありましたら、私共を通して下さい」


 リーダー格らしき女が睨みを利かせている間に、篤人と多聞はその場を離れた。




「あっちゃん、さっきの宇佐美さんって人、ジオン軍の手先か?」


 多聞が言うと篤人は肩をクスリと震わせた。


「セイラさんが、未央の事、すげぇ気にしてた。あっちゃんのばあちゃんとバチバチだったぞ。おふざけじゃあ済まない感じになってんのか?」


 篤人は多聞の手を引いたまま、無言で歩き続ける。

 木々の向こうに小さな通用口が見えた。

 篤人はそこを指差す。


「あそこから出ろってか?」


 コクリとうなずく篤人。

 多聞はその手を乱暴に振り払った。


「おまえ、なんで俺と口きかないの?」


 困った顔で篤人は喉に手を当てる。


怜司れいじやハルと喋ってんの見たことあるぞ。さっき、鮎川とも話してたよな」


 辛そうに呻き始める篤人に一瞬ひるんだが、言葉が止まらなかった。


「セレブな仲間とは話せても、庶民には声もかけたくねぇのかよ!」


 篤人は両手で喉を押さえたまま、膝を折った。悲痛な顔で口を震わせる。

 多聞は焦った。屈んで、篤人の肩に手を置く。


「具合、悪いのか?」


「……あっ……あう、あう……」


 呻きながら、篤人は多聞を見上げて、涙をこぼした。


「……声、出ないの?」


 多聞が言うと、篤人は地面に手を付き、項垂れた。

 不明瞭な言葉を呻き続ける。


「……ごめん」


 多聞は篤人の頭を抱えた。


「おまえ、そんな腹黒くないもんな」


 篤人が人を差別するような奴じゃないことは分かっていた。

 容姿も性格も女子ウケする正統派王子様キャラだ。自分と違い、良い親に大事に育てられたのだろう。


「誤解して、ごめん」


 多聞が言うと、篤人は多聞の背に手を伸ばしてうなずいた。


 人が近づいてくる足音が聞こえた。


「すべての門を見張るんだ! 美遙みはるもどきの正体を突き止めろとの聖麗せいらさんからのご命令だ」


 声の主は、抱き合う多聞と篤人の所までやってきた。

 慈音じおんだった。

 スマホを耳に当てていた慈音は、多聞と目が合うと「なんか、すまん」と顔を赤らめて去って行った。


「……あっちゃん、俺たち、ジオンから誤解されたっぽいぞ」


 篤人は多聞を抱く手に力を込めてきた。

 多聞も応えるように篤人の頭を抱く。

 これほどまでに人と体を密着させる記憶が、多聞にはなかった。




——自修院高等科。

 盗撮犯を捕まえることで意見が一致したハル、怜司、秀一は行動を開始した。

 ハルを見張りに残して、怜司と秀一は映研の友人から隠しカメラを借りるために校舎に向かった。


 だが校舎に入った途端、秀一は怜司の腕を引っ張り、下駄箱の陰に隠れた。


「どうしたの?」と怜司。

 

 秀一は人差し指を立てて、怜司の言葉を制した。


「また死神?」と怜司は囁く。秀一が見ている方向に顔を向ける。「俺も、そういうのが視えるようになりたい」


 未央がいた。

 背の高いスーツ姿の男と話している。


「未央だ。篤人たち、上手くいったのかな——一緒にいるの、九我くがさんだね」


 怜司が言うと秀一が驚いた顔をした。


「知ってるの?」

「うちのOBだよ。去年、合宿にも来てくれた」

「あの人、テニス部じゃないの?」

「兼部してたみたいだけど、正語しょうご先輩はバスケ部だよ」


 秀一はまた二人に顔を向けた。


「……あの二人、怪しくない?」


 怜司も改めて二人を見る。

 正語は、小柄な未央の肩に手を置いて、身を屈めていた。


「あの人、警察官なんだよ。体育倉庫で死体が見つかった事件を調べてるんじゃないかな?」


「——そうじゃないよ……なんか、普通じゃない感じがする……」


 未央と正語が去ると、秀一は膝を抱えた。


「大丈夫?」

「怜ちゃん」

「ん?」

「人間が浮気するのって、どんな時?」

「えっ? もう浮気? 付き合ったばっかじゃん!」


 秀一のカノジョ、一ノ瀬は、そんな女の子なのかと怜司は驚いた。


「……向こう、モテそうだから、しょうがないかもだけど……そういうのは、ちゃんと話し合った方がいいよ」


 秀一は、顔を上げた。


「俺さ、去年別れた子がいて、後悔してるんだ。もっと色々話せばよかったなって……観てるアニメ違うし、アイドルの話とか興味ないし、一緒にいてもつまんなくなっちゃったんだけど——別れてから、俺がその子に貸した『バキ』読み直してたら、その子のコメント書いてあったんだ、『ここ面白い』とか『ちょっとここは納得いかない』とか……『バキ』貸したのも、俺が好きなもの読みたいって言うから、貸したんだけど、その子、ちゃんと読んでたんだよ……俺は、その子の話、うんざりしてたのに……俺がバスケの話しても、その子は楽しそうに聞いてくれてた……興味なかったかもしんないのに、ちゃんと聞いてくれてたのに……俺、あの子に言えばよかったんだよ……アイドルの話、興味ないって言ったら、あの子だったら、別の話に変えてくれたかもしんない……二人で楽しめる話とか見つけ合ってれば、よかったなって、思う……嫌われたくないし、機嫌悪くしたくないから、それ面白くないって、言えなかったんだ……」


「……嫌われたくないの、分かる……何も言えなくなる……」


「うん。でも、相手と長く付き合いたいなら、秀一が疑問に思ってたり、こうされたらイヤだって思うことは、言った方がいいよ。自分だけで悩んでてもずっと解決できないよ。

 話し合うって、メールなんかより、すごい大事だと思うんだ——俺の知ってる奴で、話したくても話せない奴がいるから、俺、学んだんだ。目見て、言葉使って、時間かけて話すって、すげえ大事なんだって——それからさ、もし浮気されてても、ちゃんと話しをきくんだよ。何かこっちに原因があるのかもしれないんだから、絶対に向こうを責めちゃダメだ。相手はか弱いんだからさ、男は心を広く持って、優しくしなきゃダメだ」


「そうか……」秀一は考えこんだ。

正語と話し合う事を想像したら、憂鬱になってきた。

 


 


 




 

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