第5話 体育倉庫の死体③

 体育倉庫で男の遺体が発見された後、校内は大騒ぎになった。

 ハルと怜司れいじは教師を呼びに校舎に走ったが、その前に部室棟から美術教師の竹中がやってきた。体育館からは練習中のバレー部員が出てきて、倉庫の周りには人だかりができた。

 警察はすぐにやってきた。

 部活動は中止。全校生徒は一斉に帰されたが、第一発見者の多聞たもん鮎川あゆかわは長時間拘束された。




 警察の聞き取りがやっと終わり、二人は今、ファミレスにいる。


「秀一、消えたな」と多聞はハンバーグを食べながら不満顔だ。


「従兄弟に迷惑がかかるから、警察に関わり合いたくないって言ってたね」鮎川はサンドイッチを口にする。「彼、警察関係の人が親戚にいるのかも」


「あいつが死神とか言い出したのが始まりだろ」


「死神って、どんな姿してるんだろうね」


「信じるのか?」


「怜司は子供の時、小人が見えたんだって。タンス開けたら、いたらしいよ。家中何人も小人が住んでたけど、どんどん姿が見えなくなったんだって。年取って、魂が汚れたせいかもって、しょげてた。秀一はまだ汚れてないんじゃない?」


「魂がきれいだと、死神が見えるのか? おかしくね? 逆だろ」


 完食した多聞は、メニューに手を伸ばした。


「秀一が死神を見たので、耳を澄ませたら体育倉庫から物音がしました。だから僕たちは中に入ったんですって言ったら、警察が納得すると思う?」


 そういうことではない。

 多聞が気に入らないのは、秀一がとっとと先に帰ったことだ。

 篤人、怜司、ハルは残ってくれた。二人の取り調べが終わるまで、校内にいてくれた。


「食い足りねえ。鮎川は?」

「僕はいい」

「割り勘だぞ」

「本当にいらない」


 多聞は呼び鈴を押した。


「俺、今日バイト休んで、店長に迷惑かけちゃったよ」


「あのカフェ、僕のお気に入りだったのに、君が働き始めてから女の子が増えてうるさくなった」


「鮎川、倉庫の絵、描いてたよな? 何も見なかったのか?」

 

 鮎川は黙った。

 小さくサンドイッチを食べる。


 多聞は鮎川の言葉を待ったが、スマホがなり画面を開いた。


「ハルからLINE来た——あの死体、篤人のボディガードだったらしい」


「警察官だったの? 篤人の身辺警護に警察官がついてるって、聞いたよ」


「あいつ、どんだけVIPなんだ」


「母親の方はただの旧家だけど、父親は財閥御曹司なんだよ。篤人の家は女系相続だけど、その人は婿養子が嫌だから籍を入れなかったんだって」




 鮎川と別れた多聞は、自宅に着いた。

 駅と直結した高層マンションの一室。鍵を使って玄関扉を開ける。きちんと片付いた室内で曜日が分かった。

 月木は家政婦が来る日だった。

 奥のリビングからは大音量のテレビの音がする。

 多聞は暗い廊下を通り、煌々と明かりがつくリビングに向かった。


 太った女がいびきをかき、大きなソファで眠っていた。

 テーブルには食べかけのピザやビールの空き缶が散乱している。

 多聞はテレビを消して、エアコンの温度を下げた。近くに落ちているショールを女にかける。


 昔、若くて美しかったこの女の姿を、多聞はまだ覚えていた。


(親父のことなんか、諦めちゃえばいいのに)


 あの男は二十五を過ぎた女には、興味をなくす。


(そんなの、あんたも分かってただろ?)


 ——あんただって若い時に、奥さんからあの男を奪ったんだからさ。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る