第2話 8 to 1(後編)

 「え…、何これ!」

 図書館のステンドグラスからモクモクと噴き上がる煙に、僕らは驚きを隠せなかった。

 憲兵団や野次馬で取り囲まれているが、”そこ”に記された文言ははっきりと読み取れた。


 『我らは黒の騎士団。我らの目的は、この世界の王と管理者に反省を促すことである。そのため、まず我らは"PST"を使用し、この図書館を蹂躙する。人質達を五体満足で帰したくば、我々の邪魔をしないことだ』


 PSTシステム。

 この間からひっきりなしにテレビで放送されてる、すごく危険視されているシステムだ。PSTシステムによって『汚染』され、黒く染まった武器による攻撃をこのゲームの中で受けると、ログアウトした時に体や精神に不調を来たし、最悪死んでしまうことがあるという、とんでもない危険物だ。

 テレビで言われてたのは、それがこの世界のゲームマスターの元から「盗まれた」ということだ。


 「PSTか…」

 セレーナはいつになく神妙な眼差しで文字を見つめた。

 「帰ろう、私たちにできることは何もないよ。君の知り合いには悪いけど、運がなかったと思って諦めてもらうしかないよ」

 「そんな…、何とか助けられないのかな?」

 「助けられないことはないだろうけど…、敵の規模も使う武器もわからない、この状況じゃ…」


 その時だった。

 図書館の天窓が蹴破られ、と同時に小柄な少女が上から降ってきた。

 降ってきた人は激しく尻もちをついて、「痛ーい!」と叫んだ。

 「アミー!」

 「……あれ、セレーナ、ちゃん…?」

 落っこちてきたのはアミーという、僕らと同じギルドのメンバーだ。セレーナは野次馬を押しのけ、彼女に向かって駆け寄った。

 「アミー!大丈夫⁉︎」

 「セレーナちゃん、申し訳ないけどちょっと腰が抜けちゃって…、少しだけ手伝ってほし、」


 「上から来るぞ!気をつけろ!」


 野次馬の声に反応して上を見ると、アミーが落ちてきた窓から、恐らく「黒の騎士団」の構成員と思しき何者かが、”何か”を下に落とそうとしていた。

 セレーナは、アミーを抱きかかえて全力で走り去り、僕もセレーナを追いかけた。

しばらくして後ろで爆発音が鳴り、同時に人々のざわめきが一層強くなった。

間違いない、あれは「てつはう」と呼ばれる炸裂弾だ。

 「とりあえず大聖堂に行くよ、いい?」

 「OK」

 バーソロミュー大聖堂では、システム上武器の持ち込みができない。考えられる限りかなり安全な場所だろう。

 大聖堂の中はもっと人でごった返していると思っていたが、予想に反して中はわりと空いていた。

 「ありがとうセレーナちゃん!もう大丈夫!下ろしてもらってもいい?」

セレーナは恐る恐るアミーを椅子に座らせた。

 アミーはすくっと立ち上がり、「ほらほら大丈夫!見てみて!」とぴょんぴょん飛び跳ねた。

 「…あんま無茶はしないでよ。…にしても、」

 「ん?」

 「私のかわいいギルメンを苛めたのは許せねぇ。…オトシマエ、つけさせてやるよ」

 「…えーーー!ヤダ!!」

 アミーはセレーナが図書館に行くのをたいそう嫌がった。

 「危ないのヤダ!!!せっかく脱出してきたのに!!!!なんでいっつもセレーナちゃんは戦おうとするのよ!!!!!」

 「アミーはここにいな。私がケリつけて来るから」

 「違うの!!セレーナちゃんが危ない目にあうのが!!!イヤなの!!!」

 「あんな奴ら、私一人でも何とかなるよ。…だけど」

 「?」

 「…ユースケ、君が一緒にきてくれると、とっても仕事がはかどると思うんだ。…一緒に、戦ってくれる?」

 僕は、大きくため息をついた。セレーナは、息を呑んだ。

 「バカだなあ、セレーナは。一緒に行かないわけ、ないだろ?」

セレーナは、勝ち誇った顔でガッツポーズをとった。


 「図書館に行くにあたって、一つ、お願いがある」

僕らは、アミーを何とか説得し、セレーナの提案で大聖堂の尖塔を登った。

 尖塔からは、図書館のみならず、このゲームの世界すべてがよく見下ろせる。

塔の先端は相変わらず風が激しい。

 「なんだい、改まって」

 「これから少しの間、目を瞑っていて欲しい。決して、私がいいと言うまで、目を開けないでほしい」

 「…?」

 「イミわかんないだろうけど、従って欲しい。目を閉じてもらうのは、数十秒だけだから」

 「…別にいいよ」

 「…ありがとう。…じゃあ、早速、いい?」


 僕は、言われるがまま、目を閉じた。

 僕の腰回りを、セレーナが掴んだような気がした。

 体が受ける風が、より強くなった気がした。

 耳をつんざく轟音が、僕の心をざわつかせる。

 どうなっているのだろう、目の外の景色は。

 そろそろ、目を開けたくなってきた。

 いや、でも、セレーナのために、我慢するんだ。

 そんなふうに思い始めた時だった。

 「ありがとう。目、開けていいよ」

 目を開けると、そこは、図書館の屋上だった。

 驚いた。

 「…どんな手品を使ったのさ、セレーナ」

 セレーナは人差し指を口元にあて、一言だけ言った。

 「内緒」


 僕らは外階段を使って、4階の穴の空いたステンドグラスに近寄った。図書館の外部にはそれぞれの階に足場があり、柵もついている。さっきはここから暴漢が爆弾を落としていたが、今は周りには誰もいなかった。

 崩れたステンドグラスを恐る恐る覗くと、そこには本当にこのゲームのものなのかと目を疑う光景が広がっていた。

 横たわる死体。燃える本棚。そして、全身黒ずくめのテロリスト達。

 僕は、下に広がる惨状に恐怖し、目まいを覚えた。だけど、同時に、ふつふつと怒りの気持ちが煮えたぎってきた。

 「セレーナ、どうすればいい?」

 セレーナは、僕を見て満足気な、だけどどこか寂しそうな笑みを浮かべた。

 「あいつだよね、アミーが言ってたボスっぽい奴って」

 セレーナが指差した先には、何か大声を出して他の連中に指図しているスキンヘッドのおっさんがいた。

 「とりあえず、奴を狙おう。セーフティも解除してあるみたいだから、攻撃しても問題ないだろうし。そうしたらあの連中は機能停止するでしょ」

 「…そううまくいくかな?将棋みたいに王を取れば勝ちっていうわけにもいかないと思うけど…」

 「ユースケは慎重だなあ。でも大丈夫、ああいう奴らはボスを潰せば何もできないって相場が決まってるのさ」

 「そうだといいけど…、で、どうやって近づく?」

 「…2階ぐらいに忍び足で降りて、飛び道具で奇襲したいね。『てつはう』は上への攻撃には向いてなかったと思うから、上を取れれば大きなアドバンテージになるよ」

 確かに、現状暴漢達は大部分が一階に固まっているように見える。2階に辿り着ければかなり有利だろう。

 …でも。

 「この状況で、2階に行けるの?」

 「まあ任しといて!図書館鬼ごっこ王の私にかかればこれぐらい、」


 その時、暴漢が一人、僕たちに斬りかかってきた。

 セレーナは咄嗟に反応して飛び跳ね、男に強烈な蹴りを喰らわせた。

 セレーナはそいつを外に叩き落とそうとしていたが、うまくいかず、そいつは自らガラスに突っ込んで図書館の中に落ちていき、しばらくして爆発音と、暴漢達の喚き声が聞こえた。

 「…まずいよ、奴らに気づかれた」

 僕がそういったのにも関わらず、セレーナはうわの空で、下の様子を観察していた。

 「…セレーナ!」

 肩を軽く揺さぶるとセレーナはハッとして我に帰り、と同時に何やらロープのようなものを柵に巻きつけだした。

 「…セレーナ?」

 「ごめん、プランを大幅に変えるよ。まず、あのPSTは多分偽物。そして、今からこのクッソ長いロープ握りしめて、こっから直に飛び降りる!それでいい?」

 …あまりに突拍子もない提案だったので、言葉がなかなか出てこなかった。

 「まあ、わかるよ、意味わかんないのは。でも、時間がない。行きたくなければ別のプランを考えるから…」

 「いや、大丈夫、行くよ」

 いろいろな考えが頭をよぎるが…、セレーナなりの考えがあってのものだと思うし、今の僕にはいいアイデアがない。素直に従うことにした。

 「…行こう!」

 「おっけー!じゃ、これ掴んで、飛ぼう!」


 バーチャルとはいえ、高い場所から飛び降りるのは怖い。

 でも、何か、爽快感のような感情もまた同時に、僕の中にあるのも確かだ。

 「ボスは私が倒す!ユースケは雑魚を適当にあしらっておいて!!じゃ!!!」

3階ぐらいの位置にもかかわらずセレーナはロープから手を離して落っこちていった。

 「ロープの意味ないじゃん…」

 ロープはもう少し長く伸びそうだ。

 限界まで伸ばしてから、落ちよう。

 ロープがピンと張り、僕は狙いを定めて着地した。

 幸い、暴漢をクッションにして着地できたので、足の痛みはさほどなかった。

 暴漢達は、一瞬何が起こったのかわからず、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。

 僕はその隙をついて、目の前にいた暴漢に斬りかかった。

 「てめっ……!」

 僕はそいつの脇腹を切り裂いて、セレーナが着地したであろう場所に足を向けた。

 手汗がぶしゃぶしゃ噴き出て剣を持つ手がおぼつかない。

 早くケリをつけないとまずいことになる。

 そんな時。

 2階から黒い甲冑に身を包んだ大男が目の前に落ちてきて、僕に斬り込んできた。

 「うらぁーー!!」

 僕は短剣で剣の攻撃を受け流そうとしたが、勢いを殺しきれず本棚に激突してしまった。


 「ゴラァ!!」

 そのまま大男は勢いを殺さず斬り込んできた。…僕は、セレーナの動きを思い出す。あのスピードが、僕にも使えたら。

 僕は、勢いよく大地を蹴り上げ、見よう見真似でダッシュし、大男の腹を切りつけた。

 「オアアアッ!!」

 大男が倒れる。次だ。標的を探す。…暴漢達が、僕から距離を取っている。

 まさか。


 と思った時にはもうすでに、彼らは、僕にてつはうを投げていた。

 僕は咄嗟に避けようとしたが、避けきれなかった。

 激しい閃光とともに、僕の左腕を強烈な爆発が襲った。


 「痛ぇ………」

 気づけばたくさんの暴漢達にあたりを取り囲まれている。

 まずいな。


 しかしそこで、聞き馴染みのある、だけど聞いたことのない声が、あたりを支配した。


 「動くな」


 見ると、セレーナが本棚の上で、一人の男の首筋に黒光りする剣を突きつけている。

 それは、例の「ボスっぽいおっさん」ではなく、地味な若い男だった。


 だけど、他の連中は固まって、微動だにしない。

 もしかして、あの若い男が敵のボスなのか…?


 「武器を捨てて投降しろ。これはお前らのおもちゃみたいなパチモンのPSTではない。本物のPSTだ。これが何を意味するのか、わかるか?」


 辺りは静まり返った。


 「投降する」


 スキンヘッドのおっさんが剣を床に捨てた。

 続々と他の面々も武器を捨てる。


 「ごめんなユースケ、大丈夫か?」

 「まあ、何とか」

 「……悪いけど、憲兵を呼んできてくれないか?」

 「いいよ」

 「たすかる」


 僕は誰にも邪魔されず、憲兵の元に行くことができ、憲兵が暴漢をひっ捕え、この事件はあっけなく終わった。


           ★


 「ったく!相手がPST持ってるかもしれないのに、突っ込んでいったらダメだよー!あとPST持ってるなんてハッタリでも言ったらダメ!俺だからいいけど、他の憲兵に聞かれたらエラいことになるよ!!!」

 憲兵団の本部の一室で、僕らは憲兵から取り調べを受けていた。憲兵といっても、僕らと同じギルドのメンバー(マルコという)なので、早く終わると思ってたんだけど…。

 「…ねぇマルコ、一つ言っていい?」

 珍しく苛立った様子で、セレーナが閉ざしていた口を開いた。

 「一応、あなたもギルドのメンバーだから、無下にするのもかわいそうだなッて思って話したんだけど…、もういいでしょ?なんか適当な理由をでっちあげて早く帰らせてくれない?」

 「え!い、いや、でも、それだと、調書が、あ、」

 セレーナは、少し声を荒げ、ピシャリと遮った。

 「本来は、全部憲兵団で処理すべき問題だろ?これは。なのに、事件解決に協力した一般ユーザーを長時間拘束した挙句説教するなんて、…よくないんじゃないかなあ?ん?」

 「えー…、でも…、」

 「いい加減にしてよ。エルには黙っておくから、な?」

 マルコは大きく舌打ちをし、シッシッと僕らを追い払うようなジェスチャーをした。

 「…碌な死に方しねぇぞ、お前ら」

 「それ、そっくりそのままお前に返すよ、マルコ。精々死なないようにしとけ」


 「…疲れたね」

 拠点に戻るとすぐ、セレーナはごろんと寝転んだ。

 「…手裏剣作った人と連絡ついたよ、無事だったって。明日、工房見せてくれるらしいけど、行く?」

 「…行く!」

 セレーナは起き上がって、僕に目線を向けた。少し、元気が戻ったようだった。

 「そういえば、なんで図書館で戦闘した時、あのヒョロガリがボスだってわかったの?あと、なんでPSTが偽物だとわかったの?」

 「まあ、一個ずつ話そうか」

 そう言うと、セレーナはキッチンで湯を沸かして紅茶の用意をし始めた。

 「まず、敵のボスについてだけど、私が敵を蹴って4階からそいつが落ちた時、あいつは特に動じてもなければ、積極的に動くでもなかった。まあそれだと新入りで十分動けないとかそういうのも考えられるけど、あいつスキンヘッドのおっさんと結構会話してたから、ボスじゃなくても重要なポジションの人間だろうとは思ってね。戦ってみたら意外と強かったけど、まあ私の敵じゃあないね」

 セレーナは、紅茶を高い位置からキレイにカップに注いだ。

 「あと、PSTが偽物ってわかったのは、一番大きいのは4階から敵を落とした時だね。あれは私が落としたというよりは自分からわざと『落ちた』っていう感じがしたんだよね。まあ実際、あいつは4階に敵がいることを伝えるために落ちたらしいけどさ、PSTが味方に当たったらえらいことになるじゃない?まあ、その辺から疑ったんだよね」

 セレーナは、淹れたての紅茶を僕に出して、カップに口をつけた。

 「まあ、そんなところ。…今日は疲れたから、時計がなったら帰るね」

 「そうだね」

 それから暫くは、セレーナと他愛のない話をした。明日の天気の話とか、アミーにも、僕らにも何事もなくてよかったという話とか。結局PST盗んだのは誰なんだろう、怖いなとか。

 そのうち鳩時計が少しやかましく鳴り、終わりの時間を告げた。

 「もうこんな時間か…。じゃあね、ユースケ。明日も会えるのを楽しみにしているよ」

 「了解。またね、セレ-ナ」

 彼女の身体を光子の粒が纏い、次の瞬間彼女は僕の目の前から姿を消した。

 「ふぅ…」

 僕は大きく息を吐き、雪の吹き荒ぶ僕らの拠点を後にした。

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