第75話 召還勇者5号 幸成栄太

 勇者になんてなりたくなかった。


 異世界物の漫画もアニメも、なんであんなにあっさりと、別の世界にいる自分に納得出来るのか?


 あの連中に大事な人はいないのか、と思う。


 俺はいる。


 この場合、愛しい彼女ならそれもまたテンプレだが、俺、幸成栄太の場合は単純に家族だ。

 母親に姉に兄。

 俺の1番の宝物だ。


 俺の父は早くに亡くなっている。

 俺が4歳だった春で、以後は母が女手1つで3兄弟を育てた。


 姉が8歳上、兄は6歳上。

 俺は年の離れた末っ子で、ずっと皆に守られて育った。


 姉は頭の良い人だった。それこそ、県内有数の進学校に楽勝で行けるレベル。

 なのに大学には興味がないと、商業高校に決めてしまった。

 そこをトップで卒業し、さっさと18で働き出す。


 この言い方は怒るだろうが……

 姉は、俺のもう1人の母だ。


 兄も同じ。トップ校を狙えるのに、工業高校に進学した。

 18から働いて、夜間大学の工学部に学んだ。

 

 俺が高校を出る前の年に卒業、かねてから大好きだった車メーカーの技術者として再出発を果たした苦労人。


 そして、

 「行けるなら行け。」

 「遠慮したら殴る。」

 「母さんだって蓄えはある」と、3人に寄ってたかって言われてしまい……


 俺は大学に進学した。


 兄は車好きだが、俺は建物好き。

 いつか自分が関わって、それこそその地域のシンボルにさえなるような、巨大な、または美麗な建築物を作るのが夢だったから、建築学部のある公立を目指した。


 そう、せめてもの公立だ。


 結果地元を離れ上京した。


 俺は、姉や兄に比べ器用ではない。

 頭も2人ほど良くないから、ただ必死で食らいつく。


 どうにかなりそうだと、やっと生活に慣れることが出来た3回生の春に……


 召喚された。


 下宿先で目覚め、立ち上がった直後。

 何も持っていない、身1つのパジャマ姿でアルスハイドに来た。


 不謹慎な言い方だが、ある日突然世界から消えるなら、正直自殺の方がましだと思った。

 自ら命を絶ったのなら、何某かのメッセージを残せるはずだ。

 事故死でも、遺体を残せる。

 事件に巻き込まれたのでも、何かの痕跡を残すだろう。


 異世界召喚にはそれがない。


 ある日突然かき消える家族。

 母は、姉は、兄は、どう思っているのだろう?


 心配だ。

 不安だ。


 でも、確かめる術がない。


 心は千々に乱れていたが、

 『日本人って不思議だ?』と言っていいのか、それとも俺が優柔不断なのか?


 俺はアルスハイドで、本当になんとなくだが、勇者活動を続けていた。


 つまり『流されていた』のだ。


 俺のスキルは『測量』。

 物の正確な距離や角度が瞬時に分かる。

 魔法の細かい制御に1役買った。


 そして、ある意味微妙なスキルである『測量』に、意味を与えたのが半年後に召喚された6号勇者で、現嫁の、今中香澄だった。


 嫁のスキルは『鷹の目』で、つまりは俯瞰だ。


 現状を、上空からの視点で把握できる。


 『見えている』と言う条件は付くが、村を囲む魔物の位置を正確に言い当て、そこに俺がピンポイントで魔法を叩き込めば……

 乱戦で無類の強さを発揮した。


 「見捨てれないなぁ」と、彼女は言った。


 異世界に来て1ヶ月も過ぎていない時だ。


 俺が半年以上いて、やっと同じ気持ちを持ち始めた頃だった。


 現嫁は底抜けに明るい。

 いろいろ葛藤はあるだろうが、おくびにも出さない。


 ただこの世界の人々が魔物に蹂躙される現状を見て、人として当たり前の心で『助けたい』と願ったのだ。


 スキル同士の相性がよく、コンビで動くことが多くなる。


 1歳年下。

 大学2年生で召喚された彼女に、3年前にプロポーズした。


 帰れないなら、この先を共に生きる人は彼女以外あり得ない。

 そしてもし帰れるのなら、絶対一緒に帰りたい。


 「いいよ」と受け入れてくれたから、今に至る。


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