婚約破棄されたけどあなたがいいです ~暗躍する男達のギルティ

uribou

第1話

 暗い部屋で数人の男達が会談を行っていた。

 彼らはブートレア王国で豪商と呼ばれている者達だ。

 その内の一人がため息を吐きながら言う。


「……うちの娘が婚約を破棄されたんだ」

「よくある話だろう?」

「待て、アチソン商会の娘って……」

「メローちゃんか!」


 メロー・アチソンはこの場にいる全員の娘ないし孫娘のようなものだった。

 妖精のような可憐さと愛想の良さを併せ持ち、皆に可愛がられていたのだ。

 誰の子や孫がメローを娶るのかと話題になっていたのに、どこぞの伯爵家に奪われたと知って、皆が落胆したものだ。


「メローちゃんの婚約者って……」

「ああ、あれか。ゴダード伯爵家の嫡男」

「どういう経緯で婚約破棄になったんだ?」


 皆がメローの父ベン・アチソンに詰め寄った。

 ベンがため息交じりに話し始める。


「ゴダード伯爵家については全員よく知ってると思うが」


 皆が頷く。

 ゴダード家は新興の伯爵家だ。

 約三〇年前に叙爵された、当時の戦争の英雄が始祖だ。

 戦争の英雄であっても名領主たり得ないのは当たり前。

 それでも英雄はさすがに努力と忍耐を知っており、何とか伯爵家として恥ずかしくない程度にまで発展させた。

 が、次代の現当主は盆暗だった。


「ゴダード伯爵領は元敵国だしな。治めるのは難しいんだろ?」

「手を出したくない地区だが」

「我らが保守的なことは認めよう。ベンは彼の地に可能性ありと見たんだな?」

「ああ。伯爵領は英雄の遺訓が行き届いているんだ。もうほとんど旧敵国意識はない」

「そうなのか」

「しかし英雄の子は経済に暗くてな」

「経営が傾いたか。それでアチソン商会に近付いてきたと」

「その通りだ」


 大体のシナリオは皆が理解した。

 英雄の孫とメローが婚約、アチソン商会の献身的な助力もあり、ゴダード伯爵家は急速に立ち直ったということか。

 しかし……。


「経営が軌道に乗った途端にメローはポイだ。高位の貴族の令嬢を嫁にもらうんだそうな」

「わからんでもないが……」

「詐欺くせえ。英雄家の当主ともあろう者が、そう簡単に手の平を返すとはなあ」

「孫本人はメローを気に入ってくれてたんだが」

「当然だろ。メローちゃん可愛いもんな」

「身分差を持ち出されると、そう逆らうわけにいかなかったんだ」


 皆が顔を顰めながらも頷く。

 ゴダード伯爵家は英雄を輩出した家だけに、庶民人気は高い。

 たとえゴダード伯爵家に非があっても、一商家が逆らったとなると猛烈なバッシングを受けかねないのだ。

 それでアチソン商会は言われるまま娘を差し出し、そして返品されたのだろう。


「義理も何もあったもんじゃねえな」

「まあベンに非がなかったとも言えない。欲をかいたからだ」

「否定はしないよ。いい勉強になった。ゴダードに奪われた利権は仕方ないと思ってる」

「じゃあこの話は終いか」

「メローは何も悪いことはしていない。可哀そうでな」


 この場の全員の目の色が変わった。

 メローは皆に愛されていたから。


「そうか。メローちゃんを泣かせたやつの断罪が済んでない。ギルティ」

「ギルティ。潰しちまえ」

「オレも賛成だ。平民だからと商家を甘く見た貴族は必要ない。ギルティ」

「英雄も泣いてるぜ。ギルティ」

「皆、ありがとう」

「お前のためじゃねえ。メローちゃんのためだ」


 心の傷が癒されるまで、メローの争奪戦は延期だと皆が目で合図し合う。

 

「おいベン。お前にもゴダード伯爵家を篭絡してどうにかするプランがあったんだろ? それを提供しろ」

「もちろんだ」

「よし、儲けは等分だな」


 詐欺には倍返しだ。

 男達の復讐が始まる。


          ◇


 半年後、ゴダード伯爵家は爵位を返上した。

 それも当然と言えた。

 豪商に揃ってそっぽを向かれたからだ。


『アチソン商会の娘さんを無下にしたんでしょう?』

『聞いていますよ。信用できかねますので取り引きはできませんな』

『いやあ、勘弁してください』


 足りないものだらけの地方伯爵家だ。

 流通も販売もままならず、すぐ資金はショートした。

 ゴダード伯爵家領は王家の直轄領となった。


 画策した豪商達は話し合う。


「半年かよ。うまく行き過ぎじゃねえか?」

「おいベン。どうなってるんだ?」

「英雄が統治し始めた三〇年前と今とでは状況が違うということだ」

「わからないな。説明してくれ」


 三〇年前のゴダード伯爵家領は王国にとって波乱要因だった。

 住民感情のよくない新領を、王家の直轄地とするのはリスクが大きかったのだ。

 反乱を引き起こしかねない。

 だから英雄に褒美という名目で押し付けた。


「ははあ、馴染んでる今なら手の入れようがあるってことか」

「それどころか、敵だった隣国へ王女が嫁ぐ話が水面下で進行してるんだ。旧伯爵領を中継地点として交易が活発化する可能性が大きい」

「あっ、ベンお前、交易を独占するつもりだったのかよ!」

「計画は水の泡になったがね」

「バカめ、強欲過ぎるわ」


 豪商達は笑い合う。


「なるほど、そういう裏があったから、王家はゴダード伯爵家を救わず領地を接収したのか」

「多分な」

「王家も抜け目ないなあ」

「じゃあ王家への献策はどうする?」


 豪商達は旧伯爵領の経営について、王家から意見を問われていたのだ。


「隣国との交易を視野に入れた街道の整備と旧伯爵領の開墾くらいでいいんじゃないか」

「当たり障りないな」

「まあ王家が本気なら街道の整備に力入れるだろ」

「それより金出せって言ってくるだろ。どうする?」

「開墾の方に力を入れさせてもらう、ってことではどうだろうか」

「ほう、勝算があるのか?」


 皆がベンの意見を聞きたがった。

 旧伯爵領について最も調査を詳しく行っていただろうから。


「英雄が治水利水を進めていたんだ。使える土地はかなり多くなっている。現在の人口が少ないだけでかなり有望だ」

「よし、王家が本気で街道を整備するなら、こっちも全力で開墾だ。隣国への輸出も視野に入れる」

「「「「うむ」」」」

「街道が放置されるなら、王都向けの商品作物くらいでお茶を濁そう」

「「「「了解だ」」」」


 大まかな方針が決定し、皆の顔が和やかになる。

 となると問題になるのは、ベンの娘メローの嫁ぎ先だった。


「それでメローちゃんはどうなんだ?」

「星の数ほど男はいるが、メローちゃんに似合いとなると少ないだろう」

「オレの長男にもらいたいくらいだ」

「おい、抜け駆けするんじゃねえ!」


 ベン・アチソンが苦笑する。


「それが、英雄の孫リチャードとまだ付き合っていてな」

「「「「えっ?」」」」


 全員が驚く。

 婚約破棄されたんだろう?


「親はともかく、リチャード本人は悪い男ではないんだ」

「おお? ベンお前、メローちゃんの婿には採点辛かったんじゃねえのかよ」

「ゴダード伯爵家の圧力があっただけじゃなくて、孫本人を評価してたのか」

「婚約者をずっと思うなんて、一途なメローちゃんらしいとも言えるな。いじらしい」


 メローへの親愛と彼女をさらった男。

 複雑な感情が渦巻く。


「だとしてもメローちゃんを奪ってくやつなんて許せねえ。ギルティ!」

「まあ待て。英雄の孫なんだ。血筋は悪くない。伯爵家の嫡男としてそれなりの教育も受けているだろうし。だがギルティ」

「旧伯爵領開発を英雄の遺徳で後押ししてくれるかもしれんな。しかしギルティ」

「横から口出す筋合いじゃねえけどよ。でも可愛いメローちゃんのことなんだ。ギルティ!」


 ベンが首をかしげる。

 メローのことを気にかけてくれるのは嬉しいが、これは過剰なのではないだろうか?


「何だかんだで祝福してくれているってことでいいんだな?」

「そうだな。まだ結婚したわけじゃねえからな」

「えっ?」

「冗談だよ」


 半分本気なんだろうけどな。

 ベンは愛娘の幸せを祈った。


          ◇


 ――――――――――英雄の子、元伯爵視点。


「あなた、お茶が入りましたわよ」

「ああ、ありがとう」


 俺は間違った。

 親父から受け継いだ全てを失ってしまった。

 親父が精魂込めて拓いた伯爵領を返上せざるを得なくなり、俺は捨て扶持まがいの一代準騎士爵に身を落とした。


 かろうじて準騎士爵になれたのだって、親父が先の戦争の英雄だったからだと思う。

 俺には親父の将器やカリスマはなく、息子リチャードのような学才や教養もない。

 何もないんだ。


「難しい顔をしていらっしゃいますよ」

「ああ、すまないな。不甲斐ない夫で」

「そんなことありませんったら」


 妻は笑うが、彼女だって子爵家の出なのだ。

 貴族未満に身を落としたことに憮然としているだろう。


「あなたは……いつもピリピリしていらっしゃいました」

「家を何とかしたかったんだ。才も学も人脈もない俺には無理だったが」

「十分努力していらっしゃいましたよ。でも今の方が気楽で、私はのんびりできます」


 妻はこんなに優しい女だったろうか?

 ウソでもそう言ってもらえると救われる。


「俺はどこで間違ったのだろうか?」

「……メローちゃんはいい子ですよ。とても」


 そうだ、あのアチソン商会の娘はいい子だった。

 妖精みたいな可愛らしさと商家の娘らしからぬ気品を併せ持っていた。


「ああいう子には応援団がついているものなのですよ」

「応援団? 応援団ね」

「一人ではないのです」


 妻はそれ以上何も言わないが、俺にはよくわかる。

 メロー嬢を欺いたせいだ。

 少々経営がうまくいきそうだからと調子に乗って、貴族の令嬢を息子の嫁にすべきだと焦ってしまった。

 結果商人達の信用を失い、いっぺんに物も金も回らなくなってしまった。


「メローちゃんはいい子ですよ。とても」

「押すなあ」

「だってこちらから婚約破棄したのに、うちが零落れた今でもリチャードと付き合ってくれているでしょう?」

「うむ、ありがたいことだ」


 あの妖精のような娘は、婚約者だった時代と変わらず息子と愛を育んでいる。


「リチャードを取られてしまいそうですけれどもね」

「うちは一代限りだからな。それは構わない」

「あなたがリチャードの教育に気を使ったからです。だからリチャードが評価されているんですよ」


 そうなのか?

 俺自身が貴族の通う学院と縁がなかったこともあり、人脈と教養の面で苦労した。

 息子にはそういう人生を歩ませまいと思っただけだ。

 俺が行ったことが全てムダではなかったことを知ると、心の底が温かくなる。


「あの妖精のような娘には悪いことをしてしまった。合わせる顔がない」

「あなたは御存知でした? 妖精はしたたかでいたずら好きなんですよ」

「えっ?」


 どういうことだろう?


「メローちゃんは婚約破棄の段階で既にこうなることを予想してたみたいで」

「何だと? まさか……」

「私もリチャードに聞いただけなんですけれどもね」


 いや、商人どもの裏の顔を知っていたら予想は付くかもしれないな。

 何てことだ!


「その上で婚約破棄されようが、リチャードのことを買いだと考えたのですよ」

「商人の視点でか? 純愛じゃないのか?」

「嫌ですよ、あなたったら。メローちゃんは我が国で五本の指に入る商人の娘ですよ?」

「……」


 いくら何でも、父親の意向で婚約破棄された相手と再び付き合ってるわけじゃないだろう。

 ないと思いたい。

 となるとあの娘自身の計算高い意思なのか。

 商人の娘怖い。


「……確かにリチャードは、俺の息子にしては出来過ぎだと思う」

「もちろんメローちゃん、リチャードへの情もなくはないのでしょうけれどもね」

「浅慮なのは俺だけなのか……」

「ところがあなたも期待されてるんですよ」

「えっ?」


 何も持たない俺を?

 どうして?


「旧ゴダード伯爵家領を発展させようというのが王家の考えらしいんですよ」

「ああ、それは俺も聞いた」


 領地と爵位の返上の際にだ。

 一応、労われた。

 何でも隣国との協商関係を強化するに当たり、通り道の旧ゴダード伯爵家領に手を入れるとのことだった。


「先代とあなたの残した徳はバカにならないそうです」

「親父はともかく、俺の?」

「ですからあなたは十分努力していらっしゃいましたよ」


 なるほど、住人との折衝に俺を使う腹積もりか。


「まだまだ働いてもらいますから老け込まないでくださいよと、メローちゃんが」

「ふうん。王家と商人達がそういう考えでいることを、俺に伝わるようにしていたんだろうなあ」


 これはさすがに娘一人の考えじゃないだろうが。


「私の実家も一口噛ませてもらえるようなのです」

「ほう、芸が細かいな」


 それで最近妻の機嫌がいいのか。

 全部丸め込んでるんじゃないか。


「わかった。リチャードを人質に取られていては、どの道断われん。全面的に協力させてもらうと言っといてくれ」

「はい」


 伯爵は実質クビになったが、俺の人生にはまだまだ先があるようだ。

 妻がいたずらっぽい笑顔で言う。


「ギルティ」

「え?」


 ギルティ? 有罪? 何が?

 いや、何となく陰で散々そう言われてたような気がするな。

 親父譲りのこうしたカンはあまり外れない。


「あなたがふらついて道を外れそうになったらそう言ってくださいねと、メローちゃんが」

「あの娘が?」

「はい」


 ……その意味するところは、どう考えても許すのは一回までだという宣言だろう。

 見かけからは全然そんなこと言いそうにないのに。

 商人の娘怖っ!


「メローちゃんはいい子ですよ。とても」


 そのセリフも今日三度目か。

 段々あの妖精みたいな娘に対する俺の評価は変わってきている。

 リチャードには俺みたいな失敗をして欲しくない。

 貴族の令嬢より、商家のしっかりした娘の方がいいのかもなあ。


「……そうだな」


 妖精の尻に敷かれるリチャードを想像して、少し笑えてしまった。

 おっといけない。

 自分にギルティ。

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