Chapter 2


 組み合わせた丸太を橋梁の形に組み上げたもの、カメリオの町の入り口の門を潜った先に広がっていたのは、【異世界】の町並みだ。

 舗装されておらず、地膚むき出しの真っ直ぐな道に沿い、建物が向き合って建ち並ぶ。それらは、全て木造である。そして、大体が二階建てだ。

 建物の外観は、ログハウスに似ている。【SALOON】、【BANK】、【GENERAL STORE】の看板、もしくは壁に直接描かれた文字がやたらと目立つ。普通の家屋もあるようだったが、どちらかといえば商店の方が多いように見えた。

 そのような光景を背景に、野性味溢れるカウボーイが、野菜を入れた籠を置いて休憩する物売りが、僧服に身を包んだ巡回神父が、黒ずくめでばっちり決めた賭博師が、胸に星のバッヂを光らせる保安官が、鶏の骨を投げて遊んでいる子供が――カメリオの町に生きる人々が、新大陸フロンティアに生きる人間たちの姿があった。

 日よけとおしゃれを兼ねて被っている帽子のバリエーションも、ブッチが被っているのと同じステットソンハットだったり、テンガロンハットだったり、ソンブレロだったり、クロケット帽子だったりと、幅広い。

 それを被る人種も、肌の色が白く薄かったり、黒に近い濃色だったり、褐色だったりと様々。

 目の色に至っては、青、緑、黒、灰、茶と、バラエティに富んでいる。


「……すごい、そのままですよ」


 それが、【異世界】の町を見た、アトリの率直な感想だった。

 こんな言い方をするということは、実はアトリはこの【異世界】についてあらかじめ知っていたのではないか? と、思われるだろう。

 けれども、あくまでアトリが持つ【異世界】に関する知識なんて、剣と魔法とドラゴンとみたいな、アニメやラノベからの受け売りでしかない。

 じゃあ、何が「そのまんま」なのか。


「……ブッチ・キャシディが生きていた世界そのものですね。……西部劇として描かれる世界、十九世紀のアメリカ西部開拓時代!」






 経済・軍事・国力――今でこそアメリカは世界有数の大国だけど、その歴史はびっくりするぐらい浅かったりする。なにせ、国家として成り立ってたった二〇〇年程度なのだ。

 だから、イギリスみたく長い歴史や伝統を持たなければ成立しない神話や王族というものがない。それだけに、他の国に憧憬か嫉妬のどっちかを抱いているらしいエピソードが多々あったりする。宇宙計画のコードネームにギリシャ神話の用語を使うとか、イギリス王室の動向に異常な関心を寄せるとか。

 されど、あるものを持つことについて、アメリカは他の国の追随を許していなかったりする。

 それは、【英雄】たちの伝説。神話に登場する神々でも英霊でもトリックスターでもなく、血が通った生身の人間の【英雄】たちの伝説だ。

 かつて、アメリカには伝説があった。それ故、その時代はあった。

【英雄】たちが当たり前のように伝説を創造すつくる時代――それは、アメリカ独自の神話の時代。

【英雄】といっても、その種類は幅広かった。

 カウボーイ、ガンマン、保安官、戦士、無法者アウトロー

 有名なのは、やっぱり【ジェシー・ジェイムズ一味】や【ワイルドバンチ強盗団】だろう。

 されど、【英雄】は彼らのみならず。


【少年悪漢王】ビリー・ザ・キッド。

【常に災厄と共に在る女傑】カラミティ・ジェーン。

【山賊女王】ベル・スター。

【勇猛なる戦士にして復讐者】アパッチ族のジェロニモ。

【死神憑き】ドク・ホリディ。

【百戦百勝の正義】ワイアット・アープ。

【外道の名探偵】トム・ホーン。

【誉れ高き最強】バット・マスターソン。


 その時代の名を、後世の人間はこう呼ぶ――西部開拓時代と。

 始まりは東の大西洋側から、果ては西の太平洋側まで。開拓者としてやって来た者たちは、家を建て、道を開き、森林を切り開き、井戸を掘り、家畜を放し、子を産み育てていった。

 その後、カリフォルニアで起こったゴールドラッシュ、東西を繋ぐ大陸横断鉄道の開通により、国内外問わず大勢の人間たちがやって来ることとなる。

 経緯はどうあれ、途方もなく広大な面積を誇るアメリカと名付けられた大陸の開拓は、ゆっくりと進められていくことになった。






「そこいらをあんまりキョロキョロ見るんじゃねぇってんだよ。田舎者だって、もうちったぁ、前をしゃんと見て歩いているぜ」

「……田舎どころか、【異世界】の人間なんですけどね、わたし」

「屁理屈言うな。ほら、前を見て歩けって、前を!」

「……はい」

「あとな、もう一ついいか? その格好についてなんだけどよ」


 カーキ色の立ち襟のシャツ、黒のジャケットに同色のズボン、履くのは鹿革のブーツ、首に巻くのは原色のオレンジ色に黄色のチェックが入ったバンダナ、頭にはステットソンハット。 

 今のアトリは新大陸フロンティアの衣服を身に纏っている。

 それらは、ブッチが所持していたものだ。【ワイルドバンチ強盗団】のメンバーの形見だ。

 ほぼ全て男性ものであったため、アトリの体格に合うサイズはなかなか見つからなかった。おかげで、裾上げに夜なべである。

 ちなみに、史実上の【ワイルドバンチ強盗団】は男所帯じゃなかったはずだ。主幹メンバーのローラ・ブリオンは女性だし、協力者の中にもバセット姉妹みたいな女性がいたはずだし。


「……やっぱ、駄目だったですか?」

「駄目っていうか何ていうか、意味があるのかってんだ、ソイツぁ」

「……あると思うんですけど」


 アトリはブッチが言う「ソイツ」こと、上にマントのように纏うボロ布の裾を握る。


「……隠すのに、丁度いいですし。……女としての体格とか、女としての身体のラインとか」

「女としてのって、そう強調して言わんでもいいだろうがってんだ」

「……「心身共にマトモでいたきゃ、女であることはひた隠せ」って、ブッチさん言いましたよね?」


 かなり言葉を選んで言ったのだと、今更だけどアトリは分かった。

 これでも一応、男女関係だの貞操だのについてかなり深刻に考えるお年頃だし、そういうことに関する知識だって学校で学んでいる。

 でも、正直これは洒落にならないかもしれない。


「……男性ばっかりですよ、まぢですよ」


 カウボーイ、物売り、巡回神父、保安官、子供。

 アトリがカメリオの町に入って見かけた人々は、ほぼ男性だった。かといって、女性が全くいないというわけじゃないのだけど。

 それでも、男性の姿がやたらと目立つ。むしろ、スカートを穿いている人間の存在の方がおかしいと思えてくる。

「西部は男の世界だ!」というのを売り文句にした往年の西部劇にも、エキストラにしろなんにしろ、もう少し女性の姿があったはずなのに。


「……男女の比率、大丈夫なんでしょうかね?」

「詳しい事ぁ分からんけどよ、男が一〇〇人に対して女が二人だって聞いてるぜ」

「……おーまいごっど!」


 いくらなんでも少なすぎやしないだろうか?


「……相手を選ばなければ、女性は間違いなくリア充になれるっていうか」

「リアジュウ?」


 オウム返しされてから、はっとなる。しまった! と思った。


「ブッチさんが知らなくていい【異世界】の言葉です」


 大慌てで言い繕うが、時既に遅し。


「知らなくてもいいって言われても、気になるってんだよ」

「……いや、知らなくていいんです」

「お前がどうあれ、俺が気になるんだって。教えろってば、なぁ」

「……だから、知らなくていいんです。……むしろ、知らないでください……お願いですから!」


 とりあえず【異世界】でアトリが最初に学んだ、というより思い知らされたことがある。


「……グッバイ、知識チート」


 当たり前だ。ここは【異世界】だ。アトリがそれまでいた世界、主に日本における法や常識とは全く別の法や常識で成り立つ世界だ。もしかすれば、世界を構成することわりそのものですら全く別物であったっておかしくない世界だ。

 アトリが知る限り、アニメやラノベでは【異世界】に飛ばされた人物が元の世界の知識を駆使しまくって俺TUEEE! な無双を繰り広げるのは、展開としてはお約束である。

 しかし、実際に【異世界】へ飛ばされてみれば――



「つーか、【シンカンセン】とやらは俺にすりゃあ狂気の産物だわな。たかが数百キロ単位の移動をするだけで、列車をそんなにブッ飛ばす必要あるか? ンな中で、【キヨーケンノシューマイベントー】なる飯を食うのはどういうこった?」


「【コンビニ】っつー雑貨屋は、余程のことがなけりゃ昼夜問わず一年中営業しているって……オイ、そいつぁマジか!? つーか、【オデン】と【カラアゲボー】は確かに魅力的だけどよ、食い物とか本とか下着とか置くんだったら銃とか弾薬とかも置いてくれりゃあいいのに」


「ネズミだの馬だのドラゴンだの、生まれた月日に動物を当てるか? それに、【テンネン】、【ツンデレ】、【コアクマ】、【ヤマトナデシコ】……人間に性格に属性なんてあったりするのか? つーか、それを定義した奴、【チューニビョー】の属性に間違いないと思うぜ、俺ぁ」


 ――ご覧の有様である。

 アトリが知る限りの現代日本の知識と二十一世紀の先進した科学文明のテクノロジーなんて、現物を見たことも聞いたことも触れたこともない【異世界】の人間にしてみれば、「ヘンテコだけどなんだか面白そうなもの」でしかないのだ。


「なぁってばー、教えろってばよ、なぁなぁなぁ」


 でもだからって、何か知らない単語が出てきたら「なにそれ、おいしいの?」的な反応をいちいち返してくるのも問題があると思う。

 だけど、その先は続かなかった。


 銃声!













 旅行鞄を手に一階に降りた時、大家と鉢合わせする。


「おや、お出かけですか? アップルヤードさん」

「ええ、少し遠くの方へ行く予定でして……」

「また、お仕事で?」

「ええ、けど、ちょっと今回は長くなりそうでして」

「いいって、いいって。それより、お気をつけて」


 大家にとっての「アップルヤードさん」は、礼儀を弁える常識人だ。どんな仕事に就いているか分からないけど、他の住人と違って家賃を滞らないのだから。


「それでは、行ってきます」


「アップルヤードさん」は「アップルヤードさん」としての挨拶をして、半年暮らしたアパートを出る。ただし、もうここに戻ることはない。

 通りに出ると、「アップルヤードさん」は空き馬車を呼び止める。

「アップルヤードさん」の姿を目に留めると、御者は馬のスピードを緩めて停まってくれた。

 風体をきちんとしていると、こういう時便利だ。チャコールグレイのスーツで身をばっちり固め、型崩れしていない山高帽子を被る「アップルヤードさん」は、どこからどう見てもまともな人間だ。

 しかしそれは、「アップルヤードさん」を一目見ただけの人間が抱く印象でしかない。


「駅へ向かってください」


 情報がもたらされたのは、十日前のこと。組織から至急で届けられた文書に、それは綴られていた。


 ――彼の者の生存を確認。


 秘密裏のルートに通じる者、組織に属する人間とその協力者にしか分からない暗号で。

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