10話 練習と本番
学校に着くと祐希は朝倉望加とその告白相手の南健斗についてクラスのできる限りの生徒たちに聞き込みをした。昨日の奏楓の助言通り情報を収集するためだ。
南健斗。十七歳。市立海鈴高校三年生。バスケ部。
男子からは頼られ、憧れる理想の先輩という健斗を慕う意見が多く、女子からは整っている容姿に関する意見が多かった。春休み前まで他校の生徒と付き合っていたのだが現在は別れていてフリーという情報も得た。
そんな中クラスのある二人の女子生徒から気になることを聞いた。
「そういえばさ、南先輩って前に変な噂流行らなかったっけ?」
「あー、あれね」
「噂?」
「うん。南先輩はヤンキー?みたいな人たちと関わりがある、みたいな噂」
「でも、誰が言い出したのか分かんなかったし、証拠も何もなかったから誰も信じなかったけどね」
思わぬ情報に祐希は驚く。
そこで思い浮かんだのはあのかおりを襲った男。まさか関係はないだろうと早々に断ち切ったが、情報として頭の隅に置いておこうと思う。
出どころがわからないとしても、火のない所に煙は立たない。
朝倉望加。一七歳。市立海鈴高校二年生。帰宅部。
頭が良く、順位は不明だが毎回テストでは上位にいるらしい。
朝之介に尋ねてみた。
「え、朝倉?お前あいつに何かようなの?」
「ちょっとね」
「ふーん。……この学年であいつを知らない奴はいないだろうな。可愛い顔に、誰にでも分け隔てなく接するその性格で、頭はいいが、少し抜けているところもある。今や、この学年誰もが知る有名人だ」
「なるほど……」
とある生徒に尋ねる。
「え、朝倉さん?俺らには無理だよ」
「もう俺たちとは次元が違う。そりゃ最初は誰だって彼女と付き合いたいって思うよ。でも全員が思い知らされる。可愛さはもちろんレベルの違いにね」
「でも、やっぱ付き合えたら最高だろうな。ていうか養いたい」
「それな。朝倉さん頭はめっちゃいいのにそれ以外が全然なところがいいよな。守りたい。養いたい。ああ、尊い。でも朝倉さん、今までの告白全部断ってるしな」
「恋愛には興味がないって感じだよな」
「あの人が恋するってことが考えられないな」
「もはやあの人に恋愛感情を抱くことすら悪しきことのように思えるな。付き合いたいではなく、養いたいだもんな」
「そう、思ってる奴は結構いるよな」
望加は整った容姿と誰にでも分け隔てなく接する性格から男子からの人気が高く、「女神」と言う代名詞がつけられるほどだ。
--女神は恋愛なんてしない、か。
「むぅ〜どうして望加ちゃんのことを聞くの?」
ふくれっ面のかおり。
「ちょっとね」
「……仕方ないな〜。望加ちゃんはね〜すっごくいい子だよ!!」
目を輝かせてはっきり言う。
「可愛いし〜すっごく優しいんだ!!」
かおりから聞けた情報はそんなものだったが、女子の大半は同じことを言っていた。悪い印象をもつ者も少なく、同じクラスのほとんどの女子生徒が望加とは友好的らしかった。
もしも望加の告白が成功し実際に二人が付き合うことになったのなら、誰もが羨む様な理想のカップルになるのだろう。
そして二人を結びつけた祐希の評価も上がる。
失敗をすれば、女神に恥をかかせたなんて呼ばれて、祐希の評価が地に堕ちることになる。あらぬ言いがかりをつけられる可能性だって考えられる。
やはりこの告白は失敗できない。必ず成功させなければならない。
そんなところで始業のチャイムが鳴り、生徒たちは席に着く。かおりも自分のクラスに帰って行った。
祐希も自席に座り、これからのことについて考えるのだった。
「じゃあ、始めようか」
昨日と同じ図書室の一番奥の席でそれは開かれた。
図書室には昨日と同じように数人の生徒が利用している。
「何かいい案ある?」
首を傾げながら聞いてくる。
祐希は昨日ドラマから学んだことを思い出しながらそれを口にした。
「題して『小鳥遊祐希プレゼンツ、告白大作戦』だ」
「……か、かこいい名前だね」
昨夜見たドラマ中の告白の作戦名の一部を拝借したものだったのだが……高評価で何よりだ。
「で、どういうこと?」
「……まず告白をするまでにやるべきことを段階ごとに分け、それが順調に進んだ後に満を辞して告白をするんだ」
ドラマのまんまである。
「……」
ぼーと何か思い当たるところがあるのか望加は少し首を傾ける。
「告白実行は三週間後。そこから逆算をして今やるべきことを段階的にクリアしていく、ってのを思いついたんだけどどうかな?」
「すごいね小鳥遊くん」
なお、この作戦の中枢を担うのは祐希が事前に調べたネットのまとめ記事と恋愛ドラマである。
「どうして、三週間なの?」
「短すぎず、長くなりすぎない程度を考えた時に一ヶ月で収めた方がいいかなって思ったんだ」
「……なるほど」
「じゃ、とりあえずこれからのことを話そうか」
「うん」
祐希はノートとペンを取り出し昨日調べた内容を書いていく。
「告白はメールじゃなくて、直接言うことにしようと思う」
「な、なんで!?」
「告白はメールよりも口頭で直接言った方が気持ちが伝わって成功率は高いんだ」
「な、なるほど……」
大まかな内容を五段階に分けて一つ一つ説明していく。
第一段階『接点』
第二段階『アピール』
第三段階『仲良く』
第四段階『告白の練習』
第五段階『告白』
「今朝倉さんがどの段階にいるのかでも、やることは変わってくる。朝倉さんは先輩とは今どんな感じなの?」
「……やっぱり。えっと、これなんて言うんだっけ?」
「え?」
祐希がノートに作戦を書き始めた時から望加の表情は冴えなかった。そして今何かを思い出したように唐突に口を開いた。
「あ、そうだよ。『恋の作戦会議』だよ。どうりで聞いたことあるような内容だなって思ったんだよ。今人気だよね」
背中に嫌な風が通った。
「そ、そうなの?」
「うん、私の友達でも観ている人多いよ」
「……」
まさか今が旬のドラマだったとは。
ドラマの計画を実際にやっているなんて知られるほど滑稽なものはない。
「あ、今の私たちと似ているところあるね」
望加が『恋の作戦会議』について話すたび、どんどん逃げ道がなくなっていく。
「小鳥遊くんも観たんだね。あのドラマ面白いよね」
このまま首を縦に振ったらそれこそ後には戻れなくなる。祐希には代案を出すことは難しい。ここは強引でもこの案で進めていくしかない。
「そ、そんなドラマがあるんだね」
全力で知らないふり。
「あ、小鳥遊くん知らないの?主人公の子が兵で、男の子の方が指揮官みたいな演出をするのがコミカルで面白いの。作戦成功よりも失敗の方が多くて、ドキドキするんだ」
「そ、そうなんだ」
「ごめんごめん話そらしちゃって、続き話して。機会があったら観てみてね」
「う、うん……それで、先輩と何気なく話せる時ってあるのかな?」
冷や汗をかきながら話を進める。どこまで偶然で通るか不安だが、今はこれしか方法はない。
健斗は三年生であり、祐希たち二年生とは学校生活の中で関わることはまずない。
確か、ドラマでは同じ部活ということで繋がりがあり、それでアクションを起こしやすかったのだが、望加は帰宅部のはずだ。
「……」
「……」
「……そんなの、ある?」
望加が首を傾げながら聞いてきた。
受け売りの計画に早くも暗雲が立ち込める。
「……」
「……小鳥遊くん?」
「……先に、『告白の練習』をした方がいいかもしれない」
順番に進めて行くのが一番いいのだが、ここは臨機応変に対応した方が時間を無駄にせずに済む。断腸の思いだったのは言うまでも無い。
「『告白の練習』って小鳥遊くんを先輩に見立てて告白の練習をするってこと?」
ドラマを知っているから話が早い。
「そう」
「わかった。じゃっ早速やってみよう」
「ここでやるの?」
ここは図書室。他の利用者たちから離れているとはいえ辺りは静寂が支配している。ここで声を出そうものなら、雑音なく綺麗なままで相手に伝わるだろう。だがその分遠くまで響き図書室の利用者に迷惑をかけるのは明白だ。
望加もそのことに気がついたが、何かイタズラを思いついたような表情を作った。
「ねぇねぇ、一度言ってみたかったセリフ言っていい?」
「え?あ、うん」
「……にいちゃん、表でな」
親指で、ぐいっと後ろを指して、ちょい悪な雰囲気を出すために口を曲げ渋い顔を作るも、その声には覇気がないため全然合っていなかった。逆に可愛さが増していたのは言うまでもない。
やって来たのは校舎裏。
空は刻一刻とオレンジを濃くして傾いていく中、そこに運動部の掛け声が響いている。
「この辺りかな?」
少しの距離を取り、顔を向き合う。祐希は少しの照れを感じたが、我慢して目を逸らさない。
「準備はいいかな?」
「いつでもどうぞ」
祐希が答えると望加の表情が変わった。今までのくだけた笑顔ではなく、真剣さを混じらせた微笑み。
祐希は息を飲んだ。
今、本当の意味で告白されたのなら周りの雰囲気と相まって首を縦に振ってもおかしくない。そう錯覚させる程今の祐希が見ている景色は美しいものだった。
望加は緊張など感じさせない装いで告白の言葉を紡ぎ、祐希は望加からの告白に緊張しながらも目をそらさず、耳を傾けた。
「--」
「……」
「どうだったかな?」
望加の告白の言葉を聞き終えた祐希は、呆然と立ち尽くしていた。それは決して望加に見惚れていた訳ではない。
--悲惨。
望加の告白にはその言葉が一番当てはまる。周りの盛り上がる雰囲気とは異なりとても聞いていられるものではなかった。
言葉は途切れ途切れで、声も小さく、聞こえづらい。数十メートル離れている運動部の掛け声の方がよっぽどマシだ。
次の言葉が思いつかないのか黙り込む時間も多かった。
まとめてみれば一分にも満たない告白だったが、言い終えるまでに三分程かかった。
告白に上手い下手があるのなら望加の告白は間違いなく下手の部類だ。
練習という場面において、下手と呼ばれるのなら、なんとしてでも本番までに上手くさせるのが当たり前のことである。
つまり祐希は望加を上手いと呼ばれる域まで導かなければならないのだ。
恋愛初心者の祐希には荷が重すぎる役割だ。だが、校舎裏で望加に声をかけた時点で祐希のなすべきことは決まっている。
「文章にしなくても『好き』って単に伝えればいいんじゃないかな?」
望加の口にした告白には一度も「好き」の二文字は入っていなかった。その代わりに、「気になる」「いいな」のような「好き」の代名詞のような言葉を多用していた。そのため告白全体が長くなっていたのだ。
「それだと想いが伝わらないから」
そう言うものなのか……。ドラマでは普通に「好き」と言っていた気がするのだが。
熟考。
望加はあえて「好き」という言葉を使わなかった。だから他の言葉で補い、文章を作った……。
黙る時間も多かった。
おそらくだが、それは極度の緊張によるものだろう。
さすがに本人である健斗ではなく練習相手である祐希にまでも緊張をするとは想像できなかったが……。
そこで祐希はとあることに気がついた。
顎に手をあて考えをまとめようとする。だが、直後に頭に薄い靄がかかり始める。その靄が頭に思い浮かぶ考えたちを隠す。
「クッソ……」
上手くまとまらない頭に腹をたてると、苛立った言葉が漏れた。
「小鳥遊くん……?大丈夫……?」
そんな祐希を心配そうに見る望加。
「あ、いや、ごめん。なんでもない」
思わず漏れてしまった自分の言葉に焦りを感じながら望加の顔を伺う。
望加は今でも心配そうな顔をしている。
「本当?やっぱり私が無理なこと頼んじゃったから……。ご、ごめんなさい」
「本当に大丈夫だから。なんでもないから」
さっきの言葉は忘れてくれと言わんばかりに望加をフォローする。それでも元気を取り戻さない望加に慌てて違う話題を振った。
「あ、あの、えっと……朝倉さんの、言った告白の内容は元から考えてあったの?」
望加の告白には少し引っかかることがあった。
それは告白時に数秒黙るとことが多々見られたところだ。
緊張のせいかとも考えたが、緊張の場合、黙りこくるのではなく、逆に早口になるものではないかと思う。もちろん人それぞれなところがあるのだが、望加のそれは少し妙だった。一文を言い終える度に数秒必ず黙るのだ。まるで続きの言葉を考えるかのように。
「ううん。今考えたよ」
土壇場で思いついたアドリブの言葉なんて、今もう一度言えと言ってもできるかどうかは怪しい。
望加の場合それなりの長文だった。まず無理だろう。ならその長文を覚えさせた方がいい。
「先に告白の内容を決めよう」
「何か問題でもあったの?」
「いや、告白を完璧なものにするためだよ」
望加を傷つけないように誤魔化す。
「わかった」
ニコリと誰かの悩みも吹っ飛ばしてしまいそうな笑顔で答えた。
放課後にかおりと駄弁る。すっかり外は暗くなり、夜風が肌に沁みる。
「にへへ、祐希くんといるとすっごく楽しい」
かおりは腕を大きく振りながら祐希の隣を歩いている。今日はいつものポニーテールを解いて雰囲気が違う。それだけで慣れ始めていた心の平穏が乱される。
「一つ聞いていい?」
「うんうん」
「告白ってどうしたらいいと思う?」
これからの望加の参考にしようと、何気なく聞いた。かおりの過去の恋愛数は知らないが恋愛素人の祐希よりもよっぽど詳しいはずだ。
「…………へっ?な、なななな、そ、そそそそれはどう言う……」
「い、いや、その、ちょっと、参考までに……」
夜でもはっきりとわかるくらい顔を赤くしているかおり。数少ない街灯の真下で止まると上目遣いの目が祐希を移した。
「……そんなに気になるの?」
「……」
突然訪れた春の雰囲気に祐希は何も言えずに、ゴクンと生唾を飲んだ。
「--なら、一度だけ見せてあげる」
風が吹く。それは祐希に冷たさと緊張を与え、かおりに決意と勇気を与えた。解かれた髪が大きくなびく。
かおりの髪は長かったんだなと今はいらない考えが頭をよぎる。
「--私は祐希くんが好き。もっと祐希くんと一緒にいたい!!もっと近くに行きたい!!手も繋ぎたいし……そ、それ以上のことも……」
車が真横を通る。
「私は祐希くんがすっごく好き。だから私と付き合ってください」
顔を赤らめ下を少々向いているが、目はちゃんと祐希を捉えている。一週間ほど前にスマホに送られてきたメッセージを思い出す。あの時は初めての告白にどうしたらいいか分からず無駄に心が騒いだのを覚えている。今だってそれは変わらない。けど、一つだけあの日と違うことは--
かおりがそっと手を伸ばす。
「こんな震えている手でも捕まえてください……」
一度祐希は目を閉じる。
デートの時、こんなにも自分を想ってくれるかおりを悲しませてはいけないと思った。それなら尚更「あくむ」の人格は必要ない。彼女を喜ばすことができるのは『小鳥遊祐希』だけだ。
「--はい」
かおりの手を握り返した。
--あの日、答えられなかった告白の返事を『小鳥遊祐希』として返したのだった。
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