第5話

湯藤:久賀さんは「戦争がなくならない世界」のこと、どう思いますか?

久賀:お前はどう思っているんだ、湯藤。

湯藤:僕ですか? そりゃあ、許せないですよ。僕らがいつも一番に犠牲になるんですから。

久賀:許せない、か。そうだな。(少しの間)だが、私はもう諦めているよ。この「ウイルス」は排除しきれないとね。

湯藤:久賀さんが諦めているようじゃ、僕ら下っ端は尚更諦めないとですね。

久賀:そんなことはない。若い奴らを率いるのはお前の役目だ、湯藤。

古住:久賀さん、「彼」の試験が終了しました。一度、研究室に来てもらうことは可能ですか。

久賀:なんだ、古住くんか。分かった、行こう。がっかりさせないでくれよ?

古住:はい、ありがとうございます。

久賀:それじゃあ、後のことは任せたぞ、湯藤。

湯藤:はいはい、任せてくださいよ、久賀さん。(小声)まーた、籠るのか。

雪村:そろそろ始め時だね。

湯藤:いたんですか、雪村さん。

雪村:明日だ。

湯藤:分かりました。

0: 

久賀:第五話「守るべき者」

0: 



久賀:古住くん。どうだ、「彼」の様子は。

古住:彼は今、ようやく落ち着きを取り戻したところです。脈拍は正常、精神状態も異常ありません。人間としての生命活動にも問題はありません。

久賀:そうか。順調そうだな。案外、タフだったのだな、彼も。

古住:そろそろ、彼の実験も終わりにして頂けませんか? 非人道的なこの現状が国にバレたら。

久賀:またか、古住くん。その点は大丈夫だ。彼に身寄りはない。それは君も確認しただろう? 孤児院の出身で、社会との繋がりもないし、足がつくことはない。心配は無用だよ、古住くん。(怪しく笑う)

古住:それはそうかもしれませんが。どうして、彼なのですか。

0:と、横目に呆れながら

久賀:それより、彼の実験の経過を聞こうか。君もそのことで私を呼んだのだろう? 簡潔に頼む。あまり、ここに長居はできないのでな。

古住:なぜですか?

久賀:まぁ、いろいろとあってね。

古住:(少しの間)そうなんですね、分かりました。それでは。まずは試験品「K00741-β」の投与による人体への影響から。これについては「限りなくゼロに近い」という試験データが出ています。

古住:皮膚や内臓、特に脳などの中枢神経にも損傷は見られませんでした。

久賀:それは大きな進歩だな。ということは、「細胞死の件」も解決したということか?

古住:はい。その件も、代謝率を著しく上げることで解決しています。今のところ問題はありません。皮膚に付けた傷も今は見当たりません。

久賀:細胞死した細胞はすべて代謝で押し出す、というわけだな?

古住:そういうことになりますね。一般人の三〇〇倍以上にまで及ぶ再生力に、なります。致命的な傷であっても、約二時間で完全に再生します。

古住:軽い傷であれば数秒で復元しますし、傷痕ですら残りません。再生力に関しては非の打ち所がないはずです。

久賀:なるほどな。

古住:ただ、食欲が著しく向上しています。

古住:以前、彼の前に「食用の植物」と「哺乳類の肉」、「魚介類の身」をそれぞれ二〇キログラム与えたのですが、私に「もっと持って来るように」と催促するような素振りを見せたのです。

古住:そこに少し疑問を抱かざるを得ません。全細胞が貪欲になっているということでしょうか、原因を調査中です。

久賀:それは、彼は満腹まで食べなければ死ぬということか?

古住:いえ、特にそういうわけでありません。人間と同じ程度の食事で事足りるはずなのですが、それ以上、満腹であっても食欲が収まらないところを見ると、試験品のせいとしか考えられません。

久賀:まぁ、食欲があるに越したことはことはないだろう。私の「目的」にも合っている。そこに君が研究の時間を裂く必要はない。

古住:そうですね、善処します。


久賀:それより、試験品による「弱点」の補強はできているか? 投与された人間が死んでしまっては元も子もないぞ。試験品の意味がなくなる。

古住:弱点の補強については(少しの間)まだ調査中です。

古住:ですが、脳が破壊されれば、代謝率が著しく低下し、人体の形を保てなくなるだろう、というところまで想定はできます。その先、いくつの問題が発生するかに至ってはまだ。

久賀:やはり、弱点は「脳」か。人間とも似てしまうのは仕方のないことだな。。

古住:はい。ただし、人間への実験となると、「脳」の機能を低下させるというような内容のものは少し、はばかられます。申し訳ありませんが、実験内容の見直しについてもご検討をし(遮られて)

久賀:(遮って)なるほどな。

古住:え。

久賀:つまり、こういうことだな?

古住:は、はい?

久賀:ほら、「これ」だろう?

0:と、手を差し出して

古住:な、何ですか。

久賀:研究費が足りないのだろう? いや、それとも契約の頭金に不満があったか? 契約の更新料が必要か? 研究機材が足らないか? 待遇改善がお望みなら、追加料金は支払う頭積もりではいるが?

古住:以前も言いましたが、お金の問題ではありません。今すぐに非人道的な実験を中止する。私の望みはそれだけです。彼を解放してください。

久賀:戯言だな。まぁ、君がこの研究に携わってくれたおかげで、「私の夢」もようやく実現を間近に控えたというわけだ。それについては大いに感謝しているよ。


古住:久賀さんの「夢」、ですか。その「夢」というのは一体何なんですか?

久賀:ん? 君には言わなかったか? 私の夢はこの国が「不死身の軍隊」を保有することだ。

古住:不死身の、軍隊?

久賀:そうだ。史上最強の軍隊。致命傷を負ったとしても死にはしない、まるで「ゾンビ」のような軍隊だよ。

古住:果たして、それは軍隊として機能するでしょうか。私には机上の空論にしか聞こえませんが。そもそも、ゾンビをいくつも集めて指揮を執れるわけが(遮られて)

久賀:(遮って)何を言ってるんだ、君は。「操ることができるのかどうか」、それを試験するのが君の役目だろう。違うか? 無理だとしても、それを可能にする。それが君たち研究者だ。

古住:そうですね。歴代の研究者たちもみな、不可能を可能にしてきました。ただ、私がその顔ぶれに並ぶとは思えません。ここにいる限りは。

0:久賀が視線を落として

久賀:少しいいか、古住くん。

古住:はい。何でしょう。

久賀:君に一つ確認したいことがある。

古住:確認したいこと? 何でしょう?

久賀:この試験品、「K00741-β」に感染力というものはあるか?

古住:感染力はありません。彼の中から情報の出ることがないように、感染力を高める染色体は潰してあります。ですので、偶発的な感染は抑えられているかと。

久賀:(少しの間)なぜ潰した?

古住:それは。

久賀:なぜだ?

古住:偶発的な感染を抑える目的の他には、彼の生命活動を維持させる目的があります。別の個体に感染させるとなると、彼の生命活動にも異常が出かねま(遮られて)

久賀:(遮って)構わない。「彼は代わりが利く」からな。もう一度、あの孤児院へ行けば、「彼女」は無償で元気な被検体を提供してくれる。「私と一緒に暮らそう」と、その一言が彼らにとっての希望になるんだ。「彼」のようにな。

古住:(少しの間)その成れの果てがコレですね。

久賀:そういうわけだ。失敗作はこれまでにもいた。被検体だけではなく、研究者の方にもな。君は違うのだろう? 被検体に同情などするな。研究結果だけを見据えろ。分かったな?


古住:そこまでして、なぜ久賀さんは(遮られて)

久賀:(遮って)なぜか、だと? この国の人間がみな、この力を手に入れれば、軍事力は国家レベルで跳ね上がるんだぞ?! 不死身の国へと進歩するんだ! どうだ?! 革命的な進歩だとは思わないか?!

古住:そ、そんなこと、あまりにも危険です! これ以上国民を巻き込めば、国の信頼も地に落ちます! それに、必ずしも不死身の軍隊が完成するとは限りません!! 久賀さんのご友人の(遮られて)

久賀:(遮って)古住くん、私に逆らうつもりか?

古住:(我に返って)あえ、あ、いえ。これは、その、私の雑言です。(少しの間)逆らうつもりなどは一切。契約上、私は久賀さんの「人形」ですから、優先は久賀さんの指示です。申し訳ありません、出過ぎた真似をしました。

久賀:それでいい。前の研究者に続くようなことがないようにな。お前は「特別」なんだから。

古住:はい。


0:車輌整備場にて

雪村:あれ? 将一くん、今日は訓練もう終わり? 案外早かったんだね、帰ってくるの。 

湯藤:あ。(呆れて)なんだ、雪村さんですか。下の名前で呼ぶから誰かと思いましたよ。僕の苗字、忘れちゃったんですか、雪村さん。僕の推薦状を出したりと、何かと僕の名前を見る機会は多かったはずなんですけどね。

雪村:んー、どうだろう? 君こそ、私の下の名前、忘れたんでしょ? どうなの? 雪村、に続く名前は?

湯藤:そうですね、忘れちゃいました。あんまり、下の名前とか興味ないんですよ。何文字でしたっけ。

雪村:酷いなぁ、君は。女の子をあまりイジめるんじゃないよ? 後で痛い目に遭うんだから。

湯藤:そうですか。ところで、何か用なんですか? 僕のいる車輌整備場にまで「千歳さん」が足を運ぶってことは、それなりの理由があるんですよね? 家の鍵でも失くしましたか?

雪村:そんなわけないでしょ?

湯藤:違いました? 絶対そうだと思ったんですがね。失くしてるなら、ヘリででも送りますけど。

雪村:いいよ、怖いから。えっと、ほら、「湯藤くん」の上司の久賀さんのことなんだけどね。ちょっと聞きたいことがあって(遮られて)

湯藤:(遮って)あー、「あの人」ね。(少しの間)あの人がどうかしたんですか?

湯藤:ようやっと、死んだ、とか、訃報ですか? だとしたら、ものすごく嬉しいんですが。明日の訓練も飛びますし、「変なこと」聞かされることもないし。


雪村:いや、違うけど。というか、何? 久賀さんに聞かれたら殺されるよ、それ。久賀さんはしっかりと生きてるから大丈夫ですー。さっき無線あったし。

湯藤:違うんですか、残念ですね。あんなの居ない方がいいんですけど。

雪村:いつか罰あたるよ、君? 死にたいの?

湯藤:で、聞きたいことって何ですか? 用は早く済ませてください。

雪村:あ、そうだった。いや、最近ね、久賀さんが本部に戻ってから姿を暗ますんだよ。隊庁舎にもいないし、警庁舎にも、グラウンドにも、食堂にも、倉庫にも。そして、ここにも。

湯藤:姿を暗ます? 本部から? だとしたら、確かに妙ですね。

雪村:そう。それで、将一くんなら久賀さんの居場所、知ってるんじゃないかなー、って思ってさ。寄ってみたってわけなんだよね?

湯藤:え? 僕なら久賀さんの居場所が分かる? どうして、そう思ったんですか? まさか、僕が久賀さんの直属の部下だからですか? それとも僕が駐屯地切っての情報通だから、ですか(遮って)

雪村:(遮られて)両方、だね。

0:変な間が生まれる

雪村:いや、ほら。何でも知ってるじゃん! ね?

湯藤:ほんと、雪村さんって、僕より飄々としてますよね。憧れます。

雪村:それはありがと。

湯藤:生まれつきですか?

雪村:それは悪口?

湯藤:久賀さんの居場所に関しては「知らない」が妥当ですね。あの人は夢遊病のようにウロウロといなくなりますから。というか、さっき無線あったんですよね?

雪村:「妥当」というのは?

湯藤:おや、引っかかりましたか? 引き伸ばしたつもりだったんですが。

雪村:ごめんね、引っかかるつもりはなかったんだけど、つい。

湯藤:でも、引っかったなら、仕方ないですね。

雪村:引き上げてくれるんだね?

湯藤:針のついた魚を泳がせておくなんて、呪わしいですからね。それに、雪村さんも僕の上官。あまり無理に隠す必要も多分ないですから。

雪村:まったく、よくできた部下を持ったものだよ。

湯藤:こんな僕が「よくできた部下」ですか。自分で言うのも何ですが、それは目が腐ってますよ。

雪村:で、久賀さんの居場所は?


湯藤:「生命化学研究所」だと思いますけどね。真偽は定かではないです。

雪村:それは、どういうこと?

湯藤:いや、先日、僕の同僚である「古住」という研究員がそれらしいことを口走っていたんですよ。それを耳にした、というだけです。実際に、そこに久賀さんが向かったかどうかは確認してませんけど。いると思いますよ? どうですか、安全運転の雪村さんはこの話、信じますか?

雪村:古住っちの話かー。なるほどね。

湯藤:古住っち? 彼女を知っているんですか?

雪村:知ってるよ! 寡黙な子でしょ? 最近はよく話すようになったんだ。カルボナーラが好きらしいよ? (笑いながら)この話は信じる?

湯藤:信じませんよ。カルボナーラを好きな料理に挙げる大人なんていませんから。カルボナーラは子どもの料理ですよ、雪村さん。

雪村:すごい偏見だね、相変わらず。

湯藤:ありがとうございます。

雪村:よし、決めた。私は信じるよ、将一くんの話。

湯藤:へぇ。奇遇ですね、雪村さん。僕も信じたんですよ、その話。(少しの間)どうですか、雪村さん? 一緒に研究室に乗り込むというのは。


雪村:ふーん。ということは、君も「久賀さんが何を企んでいるか」見当がついてる、ってことなんだね。

湯藤:当たり前です。直属の部下ですよ? いろいろと直接聞かされてはいますから。「変な話」を嫌というほどね。

雪村:久賀さんは何て?

湯藤:それは言いません。あくまでも僕の情報です。雪村さんも情報は自分で集めてください。基本ですよ?

雪村:ケチだよね、将一くんは。

湯藤:雪村さんの好きな人、教えてくれたらいいですよ? 誰ですか?

雪村:言うわけないでしょ? バーカ。

湯藤:で、一緒に乗り込んでくれるんですか?

雪村:いいや、それはないかな。

湯藤:どうしてですか?

雪村:どうしてって、「奴」の暴走を止めるのは私の役目だから。将一くんを巻き込むわけにはいかないよ。ほら、将一くんは古住っちを守ってよ。彼女は必ず捨て駒にされる。久賀さんの目的が完遂されれば、口封じで殺される。って、そう思う。

湯藤:あなたの「父」のように、ですか?

0:少しの間



雪村:な、なんで。

湯藤:雪村甲三(こうぞう)。彼はあなたの父で、久賀さんに殺された。ですよね?

雪村:(少しの間)どこでそれを?

湯藤:やっぱり、そうですか。苗字で気付きますよ。あんな珍しい苗字で気付かない方が無理がありますって。

雪村:まぁ、そっか。

湯藤:雪村さんはいつ乗り込むつもりなんですか?

雪村:さぁね。自分でいいかなぁと思ったら、乗り込むよ。父さんみたいにね。

湯藤:まだ決めてないんですね。

雪村:というと、将一くんも何か作戦があるんだね?

湯藤:相変わらず鋭いですね。まぁ、部下だからこそ思いつく作戦が一つあります。

雪村:へぇ、面白そうだね。後でこっそり教えてよ。

湯藤:嫌ですよ。何で教えないといけないんですか。

雪村:えー。何で? 久賀さんには言わないよ?

湯藤:だとしてもです。あなたには絶対に教えませんので。

雪村:ケチくさいね。

湯藤:お互い様ですから。

0:一方

久賀:それじゃあ、引き続き、「彼」の経過観察と「感染力」の件、頼んだよ。

古住:はい、分かりました。

久賀:吉報を待っているよ、古住君。

古住:はい。

0:少しの間

古住:(溜め息)「釘沼奏大(かなた)」。君はどうして、久賀さんの言うことを信じたの? どうして、なの?

0:釘沼は液体の中、眠る

0:古住の回想

古住:「研究」、ですか?

久賀:あぁ、そうだ。世界をひっくり返す研究なんだが、どうだ? 加わってみないか、古住くん。

古住:え、まぁ、研究ということであれば、手伝うことはできると思いますが。どのような(遮られて)

久賀:(遮って)本当か、古住くん! いやー、君がいれば心強いな。本当に大丈夫か?

古住:は、はい、大丈夫ですが。久賀さんがここまで来てこの盛り上がり方ということは余程ですね。どのような研究を?

久賀:あぁ、それなんだが、詳しくは研究室に来てくれ。その時に話そう。今は少し忙しくてね。そういうことだから。

古住:はぁ、分かりました。それではそのように。

0:少しの間

古住:久賀さん! 「人体実験」って、どういうことですか?! そんなの聞いてません!! 今すぐこの研究は中止してください!! お願いします!!

久賀:(少し笑って)まぁまぁ、そんなに大声を出すな、古住くん。君も研究は大好きだろう? これは人の役に立つ研究だ。それをどうして中止しろと言うんだね、君は?

古住:将来的に人の役に立つことだとしても、人の身体を使って実験をするのは軍の信頼にも関わります! 早急に取り下げるべきです! 「彼」は私が家へ送り届けますので!

久賀:古住くん。君は何も分かっていないよ。

古住:はい?

久賀:人の役に立つことには、人での実験が少なからず必要なんだ。(少しの間)これが何か分かるか?

古住:それは、私の。

久賀:君が協力すると言うなら、見逃してやろう。だが、もし、協力しないと言えば、分かるな?

古住:(少しの間)(歯を食いしばる)

0:少しの間

久賀:何故だ!! お前は一流の科学者なんだろう?! 何故、私の要望に何一つ答えられない! 難しいことではないだろう?!

古住:申し訳ありません。

久賀:謝れば済むとでも思っているのか?! 

古住:申し訳ありません。しかし、私一人では(遮られて)

久賀:黙れ!! 私に口答えをするのか? 早く「やる」んだよ、お前は。私の夢を叶える「人形」になるんだ。分かったら、早くしろ。「K00124-β」。こんなもので私の夢が叶うと思っているのか?!

古住:申し訳ありません!

久賀:アイツらが殺されてもいいのか? 

古住:それは! 

0:古住の回想おわり



古住:「感染力」だなんて。それはもう、生物兵器じゃないですか。生物兵器を作り出すことが「夢」? 私は今、本当に正しいことをしているんでしょうか。

湯藤:(少しの間)どうだろうね。正しいのかは分からないと思うよ。

古住:そうだよね。

0:少しの間

古住:そうだよねぇ??!


湯藤:うるさいよ、古住。

古住:あ、え、湯藤くん? どうしてここに? ここは関係者以外立ち入り禁止なんだねど?

湯藤:まぁ、同期なんだし、関係者じゃん?

古住:ふざけてるの?

湯藤:嘘、嘘。君のことが心配になってね。近くを通ったから寄ってみただけだよ。

古住:へー。近くね。ここの近くに湯藤くんの好きそうなものないけど。

湯藤:うーん、信じてもらえないかー。

古住:じゃあ、湯藤くんは何でここまで入って来たの? あなたには関係のない場所でしょ? まさか、「彼」に用があるの?

湯藤:そうだねー。うん。あー、それじゃあ、単刀直入に言うよ。分かりやすく、端的にね。

古住:そうしてくれると助かる。

湯藤:(少しためて)デートをしようよ。

古住:え、はい?

湯藤:ほら、最近、古住、研究に精を出し過ぎてて休んでる様子がないから。気晴らしに、デートをしよう、って言いに来たんだよ。ね? 悪くない提案でしょう?

古住:な、何言ってるの、湯藤くん。湯藤くんこそ訓練のし過ぎでおかしくなっちゃったんじゃない?

湯藤:失礼だなぁ。

古住:そ、それに、私はまだやらなきゃいけないことがあって、数日、ここに籠る予定だから。デートの誘いだって、どうせ嘘なんでしょ? この前もプレゼントがあるって言って嘘だったし。

湯藤:デートは本気なんだよね。僕が本気で誘ってもダメなんだ?

古住:ぐ、ど、どちらにしても、今は無理! 忙しいから。ごめん。

湯藤:あー、でも、もう、予約しちゃってるんだけどなぁ。やめとく?

古住:は、はあ?! 何で!!

湯藤:いや、絶対この誘いは成功すると踏んでたし、なら早めに予約しておこうと思って。

古住:どこに成功するって勝算があったの? というか、私と湯藤くんって「ここ」に入ったタイミングが同じだったってだけの関係じゃなかった? 深い思い入れなんて、私にはないんだけど。

湯藤:酷いねー。僕は仲良いと思ってたんだけどな。

古住:で、どこを予約したの?

湯藤:市内の高級フランス料理店。有名人御用達(ごようたし)。『ボー・ボワ』のフルコース。二人の個室。

古住:すごいところ。いつ?

湯藤:明日の夕方。

古住:明日あ?

湯藤:そりゃあ。早い方がいいと思ったし?

古住:横暴だねー。うーん。

湯藤:でも、場所も日程も聞くってことは、デートには付き合ってくれるってことでいいんだよね? まさか、時間まで聞いて「いや、いいです」はないよね?

古住:ぐ。

湯藤:僕に深い思い入れもないんだし、たかが高級フランス料理店でなびく女でもないもんね。残念だなー、僕が料金全負担する予定だったんだけど。

古住:でも、ま、まぁ、折角の、『ボー・ボワ』のフルコースなんて、キャンセルするのも申し訳ないでしょ? キャンセル料もかかるだろうし。

湯藤:そうだね。フルコース料金の半額は払わないとダメだろうね。まぁ、来てくれるなら話は別なんだけどね?

古住:ででで、でも、今日は少し籠るから。本当にやらなきゃいけないことがあって、手を離せないから。

湯藤:さっきから大分、手は浮いてたけどね。

古住:うるさい。

湯藤:あーあー、すみませんね。

古住:で、来た理由ってそれだけ?

湯藤:うん、それだけ。

古住:え、本当に言ってるの?

湯藤:本当だよ。言ったでしょ? 本気だって。じゃあね。明日、可愛くしてきてね? 待ってるから。

古住:うん。(小声)可愛く。ゆ、湯藤くんと、デート? 本当に? ううん、ダメ! 今は集中しないと。(少しの間)明日、何着ていこ。

0: 

古住:ゾンビ映画にありそうなシーン

0: 


湯藤:(ため息)これで、古住は安全、っと。で、次は。あ、「あれ」聞くの忘れたなぁ(遮られて)

雪村:(遮って)あのー、将一くん?

湯藤:あれ、いたんですか? 気付きませんでした。

雪村:君さ、私は「古住っちを守ってほしい」とは言ったけど、「古住っちを個人的なデートに誘っていい」とは言ってないよ? 

湯藤:いいじゃないですか。確実に研究所から離れさせるためには、それなりの理由があった方がいいんですから。それにちゃんと「OK」もらいましたから、明日、研究所は誰もいませんよ?

雪村:「OK」もらったの?

湯藤:はい。当然ですよ。

雪村:古住っちから?

湯藤:はい。

雪村:許されない。


湯藤:大丈夫ですよ。古住の目当ては僕と言うより、フランス料理店の方ですから、きっと。

雪村:なんで、私には奢ってくれないんですかね? 世話になっている先輩だろうに。

湯藤:先輩に奢るわけないじゃないですか。寧ろ、僕に奢ってください。

雪村:とにかく! 古住っちに指一本でも触れようものなら承知しないからね!

湯藤:他人の恋路に口出しするなんて、なんて先輩でしょうか。

雪村:何とでも言いなさい。「女の子を守れるのは女の子だけ」なんだから。

湯藤:どの辺が女の子なんですか、あなたの。

0:少しの間


湯藤:ところで、研究所を空にするのにはどういった意図があるんですか?

雪村:「作戦の一つ」、かな。

湯藤:あー、流石に教えてはくれないんですね。

雪村:だって、君も教えてくれなかったからね。

湯藤:「千歳さん」、って呼んでもダメですか?

雪村:今更、色仕掛け? そんなことで私は揺らがないよ。

湯藤:そうですか。なら、仕方ないですね。

雪村:ま、明日ですべて終わらせるから、ちゃんと見ててね、将一くん。

湯藤:生憎、明日は古住の顔を見ないといけないんで、雪村さんの方までは。

雪村:あーそうですか。

湯藤:でも、これ以上、悪化しないことを祈ってますよ。心の底から。

雪村:はいはい。任せてよ。なるべく、君たちに苦労かけないようにするからさ。


0:翌日

久賀:古住くんはいるか? どうした、こんな時間に呼び出したりして。何か問題でも起きたか?

古住:あー、久賀さん、少々、そこで、お待ちください。

久賀:ん? 古住くん?

古住:今、そちらに、向かいますので。

久賀:そう言えば、君はいつも私を呼び出しては問題を増やすな。また、どうせ今日も問題を増やすんだろう? それとも、何か? 感染力については断念しろと、そう言いたいのか?

古住:あー、久賀さん、少々、そこで、お待ちください。今、そちらに、向かいますので。

久賀:ん? 何だ?

古住:あー、久賀さん、少々、そこで、お待ちください。今、そちらに、向かいますので。

久賀:お、お前。どうしてここにいるんだ。

古住:あー、久賀さ。

0:雪村がレコーダーテープを止める

雪村:ここに古住という研究員はいませんよ。

久賀:雪村。


雪村:おや? 私のことを知っているんですね。だとしたら、話が早いです。自己紹介も省けますし、ねぇ、久賀さん。

久賀:古住はどうした? さっきの声は録音か?

雪村:古住という研究員の方なら、研究に嫌気が差したようで、先ほどそこで首を吊っていました。

久賀:何だと。

雪村:さっきの声はその遺体の傍にあった「遺言の録音テープ」の部分部分を、継ぎ接いで作ったレコーダーテープで流しただけです。

久賀:く、釘沼は。釘沼はどこに(遮られて)

雪村:(遮って)そんなに慌てなくてもいいじゃないですか。彼ならまだ眠っていますよ、「まだ」ね。

久賀:雪村、何をする気だ?

雪村:それはこっちのセリフだよ、クソジジイ。何を企んでいやがる。

久賀:お、お前。

雪村:私の「父親を殺して」まで、成し遂げたいことだ。さぞ立派なんだろうなぁ?


久賀:ああ、そうだ。そうだとも! 生物兵器の試験運用だよ。それも「軍隊として」統制するという国を上げた一大プロジェクトだ!!

雪村:生物兵器?

久賀:そうだ! 殺されても立ち上がる、まるでゾンビのような最強の軍隊の試験運用だとも!!

久賀:正確にはすぐに傷が塞がるようなサイクルになっているわけだが、もうそれはゾンビと言っても過言では無いなぁ!! 

雪村:やっぱり、お前は「クソ」だ。こんな馬鹿げたことの為に、古住という研究員を「拉致」し、同僚である私の父を殺害。一般人である「釘沼」という青年を被検体として試用し、さらには、国民さえ危険に晒そうとしているんだからなぁ!


久賀:「馬鹿げたこと」だと?

雪村:ん? 何か違うか? 馬鹿げたことだろ! なんで、軍隊は戦争において「どのようにして相手を殺すか」ばかり追及するんだ?! 逆だろ?!

雪村:追及すべきは「どうすれば相手を殺さないで済むか」なんじゃないのか?!

雪村:お前がしてるのは「研究」じゃない。「戦争」だ! 自己満足だ! そんな奴が軍人だ? しかも、司令官だ? 笑わせるな!

久賀:(大きな声で笑って)自己満足か。それがどうした、雪村。

久賀:私の同僚はもう誰一人いない。寝食を共にした掛け替えのない大切な仲間は、敵の砲弾に骨ごと砕かれたものだ。運良く私だけが生き残った。

久賀:それだけじゃないぞ!?

久賀:私の最愛の妻も戦争で死んだ! 娘が生まれるはずだった。戦禍の火の粉が家族に飛ばないように、私たちは全力を尽くした。だが、人間の命は呆気ない。私の家は街ごと消えていたよ。

久賀:ほら、どうだ? 私の大切なものはいつもすぐに「死ぬ」んだよ。そんな彼らをもう死なせない。この人間としての想いのどこが「馬鹿げている」と言うんだ!!

久賀:私がしているのは敵国を殺す研究じゃない!! 守るべき者を守る研究だ!! その何が「馬鹿げている」んだ!!

久賀:お前ら他人に分かられてたまるか。理解されるものか。

雪村:なら、何で、お前は「守る」ことができなかったんだ!! 言っていることが矛盾してるんだよ、さっきからさあ!! 

久賀:どこがだ!! 守るための研究だと言ってるだろ!! もう誰一人として欠けさせない、そのために私は精を尽くして(遮られて)

雪村:(遮って)それなら、どうして?! どうして、あなたの同僚だった「私の父」は守れなかったんですか!! 親友だったんですよね?!

久賀:(我に返って)!


雪村:私の父はあなたを止めようとしませんでしたか? あなたを守ろうと、しませんでしたか? きっと、あなたの研究を否定、しましたよね? 

久賀:どうして、それを。そのことは、誰にも。

雪村:私の父は曲がったことが嫌いでしたから。それくらい見当が付きます。私が軍人になることを断固と反対していたのも父ですし。だから、何となくそう思いました。

0:少しの間

久賀:甲三は私が初めて作った「K00001-α」という試験品を見るなり、床に叩き落とした。「戦争はこんなもので終わらせることはできない。必要なのは和解だ」と言ってな。私は床に染み込んだ試験品の跡をただ眺めるしかなかった。

雪村:父の言いそうなことです。そうまでして、あなたを守ろうとしたんですよ。そんな父をあなたは手にかけた。親友だったんですよね? 少なくとも、私の父はあなたのことを(遮られて)


久賀:(遮って)いや、違う!! 甲三は仲間や家族を失ったことがないから、簡単にあんなことが言えたんだ。私の未来はあの「戦争」を境に真っ暗になったが、甲三の未来はまだ明るかった。私とは比べ物にならなかった。その中で、大切なものを守ろうと奔走する私のことを蔑視していた。

雪村:父がそんなこと(遮られて)

久賀:いいや、お前の父親は蔑視していた。笑ったんだ。私が「守るための研究だ」と言った時にな。そして、笑われた時に、何かがプチンと切れたんだ。気付いたら、甲三は腹から血を流して死んでいたよ。

雪村:え。

久賀:唯一最後の「親友」を! いや、親友だと思っていた! 私も「親友」だと思っていたさ! ああ、私は戦争に「同僚」も「家族」も「親友」も、「自分自身」でさえ破壊されてしまったよ!! そうだ、悪いのはいつも「戦争」なんだ! 戦争は大敵だ! だが、「死」さえなければ、目ではない! 君もそう思うだろう、雪村?! その「死」を戦争から失くすための研究なんだ!! 「死」がなければ、戦争をする理由もなくなる!! ほら、やっぱりそうだ!! 「K00742-β」! それが未来永劫、この世界から戦争を無くす! そうだろう? なぁ、釘沼ぁぁぁ!!

0:と言って、釘沼に走り寄る

雪村:待て、久賀! それに触れるな!


久賀:(大きな声で笑って) ほーら、解放だ、釘沼ぁぁあ!! 暴れて来い、盛大にな!! そして、全人類から「死」を奪ってやるんだ! もう、怖くないぞ、ってな! それが私たち人間の一番の「幸福」だと知らしめてやるんだ!!

雪村:やめろ、久賀! お前、自分で何をしているか分かっているのか?! 

0:釘沼が薄目を開ける

釘沼:ん、んん。

久賀:逃げろ、釘沼ァ!! 

釘沼:え。久賀、さん? ここは?

久賀:ここはある研究室だ!! お前はずっと長い間、囚われていたんだよ!! だから、俺はお前を逃がすためにここへ来た! 逃げろ、釘沼!! 後は俺に任せるんだ!

釘沼:研究室? 囚われ、僕が? 

雪村:騙されるな、釘沼!! お前はコイツに利用されているんだ!! お前の身体には今(遮られて)

久賀:(遮って)早くしろ、釘沼!!

釘沼:あ、あれ? 「どうしてあなたがここに」

雪村:え。

久賀:早く!

釘沼:え、あ、はい!

雪村:え、おい、釘沼! 待て、釘沼!!

久賀:(怪しく笑って)「悪夢を見ている」ような顔をしているな、雪村。まぁ大丈夫だ。これで人間は救われる。もう誰にも屈しない、最強の軍隊ができるわけだからな。

雪村:誰かを守るために、誰かを犠牲にしていいわけがない。大切なものを守る時に犠牲にしていいのは、自分だけだ、久賀!

久賀:お前の父親も、似たような顔をしたもんだよ。親子二代、苦虫を噛み潰したようような酷い顔をしているなぁ、雪村。

雪村:お前だけは、絶対に殺す。生かしてはおかない。だが、まずは釘沼が先だ。

久賀:釘沼をどうにかしても同じことだ。感染は広まるさ。それが「K00742-β」の力。次から次へと宿主を移動する。「感染する」んだよ。そうやって、「死」は消されていくよ。プログラムからね。

雪村:そうかい。上手く行けばいいな。

久賀:何だと?

雪村:いいえ、別に何も。私にも「守るべきもの」がある。それだけです。

0:昨日、夜遅く

古住:感染力をできるだけ下げてほしい?

雪村:あぁ、できないか? うーん、やっぱり上は久賀さんだけ、みたいな感じ? 私のお願いは聞いてくれない?

古住:あ、いえ。その、その前に、どうして、あなたは「感染力」のことを知っているんですか?

雪村:そりゃあ、湯藤という私の部下が君と久賀さんの話を盗み聴きしていたんだよ。だから、話の内容は私に筒抜けだったってわけ。

古住:湯藤くんが盗み聴きを?

雪村:最低だよね。

古住:最低ですね。

雪村:まぁ、そういうことだから、お願いできる?

古住:まぁ、可能ですが、その結果どうなるかについては保証できませんよ? 万が一にでも悪くなるという可能性がありますから。

雪村:分かってる。でも、上手くいけば多くの人間が助かるんでしょ? 未知のウイルスに身体を蝕まれて死んでいくなんて、人間の本来あるべき「死」ではないからね。守れるものは守らないとさ。

古住:本来の死、ですか。なんとも奇妙な響きですね。

0:少しの間




雪村:あのね。一つ聞いておきたいことがあるんだけど、いいかな? 

古住:はい?

雪村:どうして、君は久賀さんの手下みたいなことしてるの? 

古住:え。

雪村:気があるの?

古住:まさか。

雪村:じゃあ、人質を取られているとか?

古住:(少しの間)そ、そんな。

雪村:当たりだね。

古住:違います! 断じて。

雪村:古住っち! 私は君の味方でもありたい。君が守ろうとしている人は私が守ろうとしている人でもあるんだ! (少しの間)君に、何があったの?

0:少しの間


古住:今から数ヶ月前、私の研究室に久賀さんが来ました。その時、久賀さんは今進めている研究があるんだ。だから、その研究の手伝いをしてほしいと、私に迫りました。当時の私は単純に研究が好きだったので、もちろん快諾しました。でも、蓋を開けてみれば、研究ではなくて「実験」の繰り返しでした。しかも、人体実験です。釘沼奏多にウイルスを移植し、身体の反応や変化を見るというようなもの。私はすぐに実験の中止を求めました。見ていられませんでしたから。でも、久賀さんはただ笑って、私に私の「家族の写真」を見せたんです。そこには「釘沼」もいました。そしたら、私は逆らえなくなって、今もこうして。

雪村:君は悪くないよ。

古住:いえ、私が弱いのがいけないんです。だから、自分の家族ですら守れなくて。釘沼にもこんな。

雪村:釘沼は君のことを恨んではいないと思うよ? そりゃあ、他人事だけど、家族なんでしょ? 大丈夫だって。

古住:だと良いのですが。「姉」としての威厳は、もうありませんね。

雪村:(少しの間)彼が苦しまないように、一部、嘘の実験データを作って守っていたというのは本当?

古住:まぁ、多少は。で、でも、久賀さんに報告したことに大きな違いはありません!! ですので、これを久賀さんには(遮られて)

雪村:(遮って)言わないよ。言わない!

古住:よろしくお願いします。これ以上、釘沼を。

雪村:大丈夫。私がお願いしたいのは感染力を下げること、それだけだから!

古住:はい。なるべく彼の持つ感染力を最低値にしておきます。

雪村:よし。

雪村:ま、私からは以上だよ。じゃあ、またね。

古住:え、ちょ、それだけですか?!

雪村:ん? そうだよ? だって、私の「任務」は釘沼奏多の感染力を下げ、駐屯地から離脱すること、だから。まぁ、その前に一つ演技をしなきゃならないんだけどね。

古住:演技?

雪村:あ、そうそう。古住っちにはもう一つお願いしたいことがあったんだ。

古住:その芝居をしろ、と?

雪村:勘が鋭いね。

古住:(少し笑って)人が考えそうなことは概ね理解できます。ところで、その芝居というのは?

雪村:「遺言」をこのテープに読み上げてほしいんだよね。

古住:遺言ですか。

雪村:大丈夫、古住っちを殺そうとか、そういうことじゃないから、安心して遺言してくれていいよ。

古住:分かってますよ。で、その遺言とやらはどこに?

雪村:え?

古住:え?

雪村:何言ってるの、私が書くわけないでしょ? 自分で考えるの。自分の遺言でしょ? 私が書いたら感情も乗らないし、情報も食い違うかもしれない。ね?

古住:わ、分かりましたよ。で、どうして遺言が必要なんですか? まさか、偽装工作でもするんですか?

雪村:いいや? その遺言を継ぎ接ぎして一つのテープを作る。 そして、それを使って(遮られて)

古住:(遮って)久賀さんを追い込むと、そういうわけですか?

雪村:まぁそういうわけ。

古住:継ぎ接ぎするなら、遺言である理由あります?

雪村:じゃあ、また明日ここに来るから、今日帰る前には録音して机の上に置いておいてね。

古住:あ、ちょっと待ってください!!

雪村:ん?

古住:ずっと聞きたかったんですが、あなたは何者ですか?

雪村:私? 私ねー。そうだなぁ、私はただの軍人、かなー。

古住:本当ですか?

雪村:うーん、やっぱり内緒かな。

古住:ということは、「軍人ではない」んですね?

雪村:あ、そうそう。そう言えば。

古住:何ですか?

雪村:湯藤くんとのデート、楽しんでね? 古住っち!

古住:え?! ちょ、それも聞いてたんですか?!

雪村:盗み聴いてた! んじゃあね!

古住:ちょ、ちょっと! まだ行くかなんてハッキリと決めたわけじゃないんですからね!! ん、もう。まったく。


0:釘沼の寝顔を見ながら

古住:釘沼。私、釘沼とここで会った時、ほんと、嘘だと思った。人一倍、家族に憧れていたんだもん、そうだよね。あんなこと言われたら。でも、こんなところで会うなんて。

湯藤:おーい。聞こえてるー? おーい。

古住:っ?! 湯藤くん!? なんでここに?!


湯藤:何でだろうねー。あ、これ押させてもらうね? よいしょっと。

古住:ちょ、それは!

湯藤:よし。これでもう「感染力」は下げられないね。

古住:なんてことをするの、湯藤くん!? 

湯藤:古住、下げなくていいんだよ、「感染力」なんて。

古住:はあ?

湯藤:もし、このウイルスが蔓延って生き残れないようなら人間として失格。僕は生き残るし、君も生き残る。

古住:な、何を言って。

湯藤:「今」の方が「彼」を倒しやすいってわけ。

古住:倒しやすい?

湯藤:君なら知ってるんでしょ? 「弱点」。

古住:っ。

湯藤:で、あとは久賀さんをどう始末するか、だね。

古住:何か企んでるの?

湯藤:うーん、企んでるというか、もう「何人か」で動いてる、かな。

古住:湯藤くんは久賀さんの研究、気付いてたの?

湯藤:えー? 気付くも何も、聞かされていたからね。時期を見て止めに入っただけ? 古住の研究ペースもなんとなーく知ってたから。

古住:止めに入ったって、無理矢理ね?

湯藤:えー、無理矢理かなあ? 案外、順当に止めたような気するんだけどなぁ。

古住:どの辺が順当なの。でも、湯藤くんがそのスイッチを押してくれたおかげで、私の「守るべき者」が誰なのか、ハッキリした気がするよ。

湯藤:へー。それは良かったね。

古住:それを見越してたんじゃないの?

湯藤:何のこと? 僕は僕の「任務」を遂行しただけ。別に古住のわだかまりなんて知らないよ。

古住:ふーん。で? 話は終わり?

湯藤:いや、実はもう一つ「欲しいもの」があるんだけど、お願いできるかなー、って思ってね。

古住:何? 私から欲しいもの?

湯藤:そう、君からの愛のキス、とかさ。君のことだろうから、どうせファーストキスでしょ? 僕がもらってあげるよ。

古住:はい?

湯藤:なんてね。

古住:そういうの今の雰囲気に合わないからやめて。欲しいものって、「これ」でしょ? はい、どうぞ、投げるよ。

0:と、カプセルを投げる

湯藤:おおっと。ふーん。なるほど、もう君もこっち側になったんだ。


古住:させたのは湯藤くんでしょ? それに、こんな違法行為、誰も見逃すわけないでしょ? その薬、今投与するわけにはいかないから、湯藤くんに預けておくわね。「釘沼のため」にもお願い。

湯藤:任せてよ。なるべく釘沼が苦しまないように頑張るよ。

古住:ありがとう。それが無事成功して、私の前にもう一度姿を現してくれたら、ファーストキスでも何でもあげる。だから、頑張ってね、将一くん。

湯藤:へー。それは本気なの? 誘われると頑張れちゃうタイプなんだけど、僕。

古住:さあ。どうでしょーね?

湯藤:(軽く笑って)よし、それじゃあ、僕も準備しなくちゃいけないから、行くよ。君はもうここから離れて。もちろん釘沼は置いたままね。どうせ死なないんだから、ケーブルが何本か離れてようと大丈夫でしょ? 

古住:準備? 何の準備をするの?

湯藤:そんなの決まってるじゃん。初デートのだよ。レンタカーを借りて、予約を取って。

古住:湯藤君?

湯藤:冗談、冗談。久賀さんを貶める、図画工作を少し。

古住:図画工作?

湯藤:人を殺した人間を排除する。世界のルールにもあるでしょ? 目に目を、歯には歯を。罪には同等の罰を。


古住:ねぇ、湯藤くん? 

湯藤:何?

古住:いつも思うんだけど、「それ」に何の意味があるの?

湯藤:意味?

古住:「人を殺した人」を殺すことに何の意味があるの? だって、その人を殺したって、死んだ人は帰って来ないでしょ? それに、殺された人がそれを嬉しく思うのかも分からない。生者のエゴで殺すなんて、「人を殺す」同期は前者も後者も同じでしょ?

湯藤:僕らが人を殺す理由なんていつもエゴだよ。そこに深い理由はない。でも、ただ一つ共通する気持ちがあるとすれば、「嫌い」だから、かな、

古住:え。

湯藤:「嫌い」なんだ、久賀さん。上官としてね。

古住:何それ。そんな安易な理由で(遮られて)

湯藤:(遮って)君はこの研究をした。

古住:そ、それは。

湯藤:それは「好き」な家族を守るためでしょ? 僕も「好きな人」を守る、そのために「嫌いな人」を切る。僕はそんな人間でいい。

古住:そうかもね。だとしたら、私も久賀さんのことは嫌い、ということになるね。

湯藤:だろうね。じゃ、僕は行くよ。

古住:うん。気を付けて。

湯藤:大丈夫。釘沼奏多、君の「弟」は雪村さんに任せるし、まぁ、僕はずっと空中にいるだろうし。

古住:雪村さんって、もしかして。

湯藤:あれ、雪村さんと会ったの? いつ?

古住:「会ったの?」って。どうせ、この前みたいに聴いてたんでしょ? 

湯藤:あれ、バレてたの?

古住:バレバレ。


0:数日後

湯藤:久賀さん。ちょっと、いいですか。

久賀:どうした?

湯藤:先程、ショッピングモールの方面から救難信号を受信しました。ここから少し郊外へ進んだところです。

久賀:救難信号? また何か別の電波を拾ったんではないのか?

湯藤:いえ、これは間違いなく救難信号です。私のヘリで向かおうと思うのですが、同乗してもらうことは可能ですか? 救助にあたっても上官の指示を仰ぎたいので。

久賀:あぁ、分かった。そしたら、渥美も(遮られて)

湯藤:(遮って)いえ、久賀さんだけでお願いします。渥美のような新米が来ても役に立ちませんよ。久賀さん一人の方が僕も仕事しやすいですし。

久賀:そうか? なら、そうしよう。

湯藤:ありがとうございます。「助かります」。

0:一方、???にて



釘沼:(荒い息)随分走ったのに、全く見慣れた景色が見えて来ないな。何処なんだろう、一体ここは。大きなビルばっかりだ。何処かで誰かに正確な場所を訊いた方がいいな。(少しの間)とにかくだ、「アイツら」を僕と同じ目に遭わすわけにはいかない。「忌々しい人間」から、この僕が守らないと。クソッ! いつもそうだ。僕らは不必要な者。何処にいるんだよ、藍姉さん!! クソぉぉぉぉ!!

0:少しの間

釘沼:(荒い息)ん、これはショッピングモール? ば、馬鹿デカいな。やっぱり「都会」なんだな、ここは。ここまで大型だと人も多いだろうし、何か分かるかもしれない。は、入ってみるか。

0: 

湯藤:第五話 「守るべき者」完

雪村:次回 第六話 「見捨てない」

0: 

釘沼:お、お前は。

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