第12話 サジェスト ①

ゲーム【知恵競サジェストべ】


 この世界、ワートンダイスで最も親しみのあるゲームである。


 子供から大人の喧嘩、決めごとでもよく行われる庶民的なゲーム。


 いわゆるジャンケンのような馴染のある勝負事なのだが、

一つだけ違う事がある。


それはジャンケンと違い、一切の運が関係しないこと。


 負け惜しみや、泣きの一回も許されない。

それにより、はっきりとした勝敗が着くのがこのゲームの特徴である。 


 ルールは簡単。


 先行、後攻に分かれて自身の考えたクイズを交互に出し合うだけ。


 勝敗の決し方は

どちらかが、問題の答えを間違えるか、

答えられないかで決定される。


ただし、出題権、解答権が両者に平等に与えられる。


 例として、

出題者(♣)がクイズを出題、解答者(♠)が答える。


正解なら、解答者(♠)が勝機リーチとなる。


 攻守交替を行い、


今度は問題を(♠)が出題し(♣)が答える。

そこで(♣)が答えられなければ(♠)の勝利。


 (♣)が正解の場合は、振り出しに戻るというもの。

逆の場合もまた然り。


 平たく言えば、野球の9回の延長戦のようなものである。


 とどのつまり、

相手の問題を正解し、自分の問題を解かせなけれ良いのだ。



先行、後攻に有利不利が存在しない庶民が大好きで平等なゲーム。


 ただしゲームである以上、当然勝ち負け以外のルールが存在する。


 出題する問題は自由なのだが、

出題者側は、次に該当する問題を出してはでならない。


 ① 【答えを知らない問題】

 ② 【常に答えが変化し続ける問題】

 ③ 【答えの存在しない問題】

 ④ 【答えを証明できない問題】


 もし出題した場合は、即刻ペナルティとなり負けとなる。


 アリスが説明してくれたゲームの概要は以上だ。―――





♣♣♣




「お先にどうぞ?」


 アリスは金髪をかき上げ、髪に隠れていた耳の後ろにかけた。


 ❝余裕❞といわんばかりに落ち着いた物腰で、

レンガの手摺てすり腰を預ける。


 そんな彼女に何時いつの間にか、

色の付いたスポットライトのような灯りが照らしていた。


 彼女だけじゃない。

自分と彼女を含めた周囲一帯に

薄緑の光が包んでいる。



 「これも英雄様の力ってやつか?」


 「これは盟約によって作られた戦場、

形式的なものだから気にしなくていいわ」



 話を聞くにこの照らされた空間はゲームそのものであり

ボードでもあり、テーブルでもあるという。


 ゲームフィールドとでもいったところだろう。



 『勝負に直接干渉してくるわけではないなら

一向にかまわんッ』



 異様な空間に一瞬たじろぎこそしたが、

気を取り直し、気合を入れ直す。



「なら遠慮なく!行かせてもらうッ」




 先手必勝。譲ってもらえるというのであれば是非もない。




 「問題ですッ!

六面サイコロを三つ投げて全部同じ目が出る確率は何パーセ―――」

「2.8パーセント」



 まずは小手調べに数式からだ。

ちょっと小難しい問題かもしれないが先手は打たせてもらお・・・


 え?



 『探り合いに持ち込む前に即答で答えられたッ!?』



 正解である。


 ゲーマー時代ぜんせ


 何をするにも効率を求めすぎた結果、

いい意味でも悪い意味でも効率厨と呼ばれ続けていた。


今回はそれが武器をになるとは思ったし、

大剣を軽々と振り回し

「僕なんかやっちゃいました?」


なんて言えてしまうな自信にあふれていたが、

だがその武器は簡単にへし折られた音がした。



 「なん・・・だと・・・」


 「間違えていないと思うけど?

それとも2.7777と答えたらよかったかしら?」


 

 片目を閉じ、涼しげに鼻を鳴らし後ろ髪を巻き上げるアリス。


 確率問題は、

ゲーム内でのモンスターのアイテムドロップ率の応用。


 特別自分は頭が良いわけではないが、

得意分野に類する言わば十八番おはこだ。


 そんな自身が親しみ慣れた難しい問題を、

即答されるとは想定外だった。



「せ、正解です・・・」



 出題権はアリスへ



 「8枚のコインがあります。

そのうち1枚は、偽物のコインで、本物の7枚のコインより軽いです。


 1枚の軽い偽物のコインを見破る為に、

天秤を使って重さをはかる場合、

最低何回量はかれば偽物を見つけ出せるでしょうか?」




 『うん普通に難しいじゃん』


 

 拳を肘に押し当て一考する。


 こんな中世漂うロマンチックな夜の街で、

クイズの出し合いを女の子とするとは・・・


 なんとも滑稽な絵面だがアリスの目は本気だ。


 クイズの出し合い、なんて可愛らしい遊戯に、

殺意さえ見え隠れする程、

彼女は真剣にまっすぐこちらを見据えている。


 勝負を挑んでおいて、本気の相手を茶化すような真似は出来ない。



 『普通に答えれば三回量ればいい・・・』


 コインを“4-4”で天秤にかけ、


 浮いた方の4枚を、“2-2”で量る。


 最後に浮いた2枚を“1-1”で量れば浮いた1枚が偽物と分かるからだ。


 だが❝3回❞と答えるのは、いささか気が早い。


なにしろ確率の問題を即答するような相手。


 小手調べにしてはあまりに簡易過ぎる。


 『それに【最低】という言い方も引っかかった。

求められているのは最低回数だ。簡単にわかる3ではないのならば―――』




 「答えは二回だ」


 「どうやって二回で偽物を割り出すの?」



 眉を高くし少し得意げなアリス。



 「仮説法で割れる。


 まず、“3-3”で測る。


 この時、天秤が釣り合った場合は6枚が本物。

だから残りの測っていない2枚を、それぞれ天秤に乗せる。

それで浮いた1枚が偽物。


 もしも最初の“3-3”で傾きが変わった場合は、

浮いた方の3枚を次の天秤で測る。


 このときも3枚の内“1-1”で計る。


 釣り合えば量っていない一枚が偽物。

傾けば浮いた方が偽物だ」



 少し得意気な顔で答えてやった。


 ゲームで追加された未知のモンスターとの戦いで、

弱点属性を割り出す際に似たような仮説法を、

思い出せてよかったと内心ほっとしている。



 「ふーん。もしかしたら、脳みそ入ってるのかもね」


 「いや!もしかしなくても入ってるわ!俺を何だと思ってんだ!」



 こうして長い夜が幕を開けた。


攻守交代を繰り返し互いに問題を出し続ける。


 数式、なぞなぞ、ひっかけ問題。


 4つの関数を用いる難問もあれば、

分かれば「それだ!」とすっきりするような楽しい問題まで、

幅広いクイズゲームは熾烈を極めること25問。


 ようやくゲームの流れが変わってきた。



 ここまで来ると、流石に出題側でさえ問題に悩む。


 一般人に出せる問題のレパートリーがそう多くあるものではない。

本気のクイズ勝負となればなおさらだ。


 だが戦いの中で得られた情報も多い。


 問題を出しながらアリスの特徴を、

得意のゲーム脳を持って攻略していた。


 数式に関する問題では、

とても暗算では出しえない答えを、

彼女は早押し問題かのように即答で答えている。


 また彼女の出題問題の傾向として、数字がよく絡んできている。


以上の事から、彼女は数字に強いことがわかった。それも異常なまでに。



 だが、逆に道徳的や、感情論を挟むような問題でよく悩む。


 例えるなら、数学は得意で国語は苦手、といった具合だ。



  そこまで攻略が進めば、勝機を掴める問題を押し付けられる。


 感情論が問題を難題にしつつ、正解パターンが一つ。

それでいて相手を納得出来る問題を出せばいい。


 その一手がこれだ。



 「一つのホールケーキがあります。


 これを二人の兄弟で分け合うようにと母親から言われ、

ケーキナイフを渡されました。

ですがこの二人の兄弟は空腹でずるく、

いやしいのでどちらも相手より多く食べたいと考えています。


では、

二人が喧嘩をせず、

お互いに文句もない納得のいく分け方をするにはどうしたらいいでしょう?」




「弟をナイフで刺して兄が―――」

「待て待て待て!」




 ダメだろそんな非人道的な発言は。


 仮にも勇者なんだから、女の子なんだから!


 ましてや即答とは、これいかに。


 アリスの表情にも疲弊の色が浮かんでいる。

立ちっぱなしの、頭使いっぱなしでは、

回答も雑になるのも頷ける。



 「それだと喧嘩はなくても、

弟が死に際まで納得出来んだろう」


 

 先程まで計算で悩むような考え方をしていたが、今回の場合は違う。


 考えがあきらかに、まとまっていない。


 その証拠に眉を眉間に寄せ口がへの字だ。


 黙っていれば本当に可愛いのに。

と、想ったのもつかの間。



 「大体母親が悪いでしょその問題!」


 「え!?」


 「だって二人とも空腹なのケーキって、育児放棄もいいところじゃない?

それに普通切り分けてあげたらいいじゃない。

どれだけめんどくさがり屋なの?」




 問題の解けない苛立ちをまさか、

母親に向けるとは。



 「と、とにかく二人を納得させる切り分け方、

わかったのか?」



「お兄ちゃん権限みたいなのはだめ?

 それなら弟も納得するでしょ?

切った後小さいほうが弟の分みたいなやつ」



 なんだ、お兄ちゃん権限って。

アリスに兄がいたらそう呼ぶのか・・・


 ちょっぴり兄ちゃんが羨ましい。

早くケーキ食べてそこ変われよ、俺がお兄ちゃんしたい。


 

 「あ、もうそれでいいのな。

それがお互いに納得出来る切り分け方って答えでOK?」




 流石に25問もやっていると、

互いに早く戦いを済ませたい気持ちも強くはなってくる。


 アリスは自分で出した答えに、

納得は言っていない様子で何度も拳を顎に乗せ考えたが、


 どちらもというキーワードが引っかかっているせいで、

答えが出せず、

肩を落として渋々答えを聞いてきた。



 「正解は、

❝兄がケーキを切り分けて、弟がケーキを選ぶ❞

でした。」



ピンポーンと正解の効果音が流れてきそうな程、

道化師のように陽気に答えてみせた。


だがその行動は、彼女の逆鱗に触れたようだ。


アリスの大きい瞳同士が、真ん中に寄り過ぎて、

単眼になってしまうのでないか、

というほど表情がりきんでいる。



 「は?意味が分からないわ!

・・・そんなの!!

弟が多く切られた方選ぶに決まっているし、弟しか得しないじゃない!?

だって切り分けてもらってから好きな方を選べるんだから。」


 「そ、だから兄は全力で綺麗に半分に、

正確に切り分けようとするだろ?

ケーキを不平等に切ってしまったなら、

小さい方を食わされるのは自分なんだから。」



 あ、という顔。


 感心するのもつかの間、

ここにきて負けたことを思い出し、彼女は反撃に出る。



 「さ、さっきから変な問題ばっかり出してきて!!

いいわ!私も、今日来たような貴方には絶対に

とびっきりの問題出すんだから!!」


どうやら英雄様を本気にさせたらしい。


一つの願いをかけた子供騙しのような戦いは終局を迎えようとしていた。

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