第7話

―――先ほどまでの静けさに一気に波を打つ。


 観衆は声出さず、

「何が起きているかわからない」

といった具合に座ったまま体を揺すり視界の最全席をさがす。


 その小さな揺れも数を成せばそれなりの音になった。


 しかし最全席の瞳はアリスの瞳が手に入れていた。

眼前でむしゃむしゃとカードを食べるユウマという男。


 よほど噛みづらいのだろうか。


 時折顎を突き出したり、鼻を伸ばしたりしている。


 小さく鼻息を立てながら彼はそれを強引に胃袋に押し込んだ。


 アリスの瞳は彼から離れることが出来なかったが、

瞳の最全席は自分の他にもう一人持っている。


 女王の間のミレディだ。


 彼女も突拍子の無い事態に目を丸くしバルコニーから半身が躍り出ていた。


 だがそれもほんのわずか、すぐさま見えないピアノ線にでもつられたかのよに背筋を伸ばし美しい姿勢を取ると、


 ここで一番の笑い声で会場の動揺を吹き飛ばした。




 「フフフフ、アハハハハハ!!

なるほどね・・・ふふ。面白いわ。

でも残念、それは不正行為よ。

カードを無くせばゲームを終わらせることが出来るとでも思って?」




 女王から気品と狂喜の混ぜられた声が自らの勝利を唄う。




「そうよ!そんなことしたってゲームが終わるわけないじゃない!!

何を考えているの!?」




 とんだ誤算だった。まさか自ら不正行為に及ぶなんて。


 これでは盟約によってせっかくの生存への細い糸口を絶ってしまうことになる。




 「まあ最後まで面白かった事だけは心底褒めてあげるわ。

その死刑台で今後貴方以上のお馬鹿さんはもういないと思うわ。

さあぁアリス。余興はおしまい。約束どおり貴女のいの―――」




 「いやーすみません!!お腹がすいてまして!」




 この喜びと動揺と落胆の渦の中心でようやく張本人が口を開いた。


 勝利の余韻に水を差されたミレディは、

そのあたりの床を見るような無垢な瞳でで彼をあしらう。




 「もう貴方には用はないわ。

打ち首の刑はアリスの後でやってあげるからそこになおりなさい。」


 


 そうだ、制約によれば当然、彼は後だ。まずは私のクラ―――


 「まだゲーム。終わってませんよ姫様」




 彼はまたミレディの視線を奪った。




 「カードを食べてしまったことは謝ります。

つい緊張感のあまり気が動転してしまって、自分でもびっくりですよ!

でも大丈夫!俺を含め誰もカードの中身を見ていませんものね!」




 わざとらしく謙虚に丁寧に話しているのに気付かないわけがない。




「だったら何?カードは残り一枚しかない。

カードを選ぶことも、勝敗を決めることは出来はしないじゃないの。」




 玉座に肘を置き、手のひらに頬を添え淡々と答えた。




 「女王様、カードなら選びましたよ。

まあ、俺の胃の中に入ってしまいましたけど。

勝敗を確かめる方法なら、そこにあるじゃないですか。」



 彼は目の前に置かれた伏せられた右手のカードを指差した。



 その意図は、まるでぐちゃぐちゃになった毛糸玉が一回の接触で簡単に解けていくように、その答えへと導かれていく。




 「このゲーム。【生】と【死】のカードに分かれている。

でも俺が選んだ一枚は俺の胃の中だ。

じゃあそこにあるカードの反対が俺・・・いや、

俺たちが選んだカードってことになりますよね?」


  


 間も置かず彼はもう一枚のカードと表に返す。




 【死】のカード。そこに描かれていたのは。

言うまでもない死神がアリス達に死の宣告を告げるはずだった一枚だ。




 「あー。っていうことは俺が乞食魂で食べちゃったカードは

この【死】のカードじゃないほうだったから・・・

【生】のカードだったんですね。いやー、でも確かめられてよかったです。

これで万事解決ですね!」




 彼の淡々とした自己解決に、女王の勝利に酔った余韻は一瞬で冷やされ、

紅蓮の瞳が再び燃え上がった。


 しかし先ほどまでの自身に満ち溢れていた表情ではない。


 目は、動揺を隠せず瞳孔が開き黒目の部分が小さくなって見え、

そして口元は冷静を装った無理な笑顔でひきつっている。



 「み・・・み、認められないわ!そんなこと。

だって貴方が飲み込んだカードはっ!・・・っ!」




 「飲み込んだカードは?」




 ミレディは咄嗟に自分の首を絞めてしまいそうになった口を両手で塞いだ。


 そう、どちらも【死】だと公言できるわけがない。


 すれば観衆に自らの愚行を伝えることとなる。

散々平等だと、公平だと民衆に公言した言葉が嘘になる。


 だが彼はそれを見逃さず女王の文末を尋ねるように復唱した。


 その顔はまだ見たこのの無い天使のような悪魔の笑顔。


 目元より下は優しく柔らかい笑顔を作りながも、

瞳は奥底で弁論も許さない。そんな支配に煮えた漆黒の瞳がミレディを睨んでいた。




 勝敗は静かにも明確に決した。






 彼は勝ってしまった。


 2枚の死のカードから1枚を必ず選ばなけれならないこのゲームで、

死のカードを選ばずに。




 ミレディの瞳の焔はその熱を失い残り火の影だけを残すと、

ピアノ線で引かれたような姿勢は、急にその糸を切られたかように音も無く、

へなへなと座り込む。




 「・・・アリスに勝つ為の必勝法だったのよ・・・

どちらか選えば勝てる・・・これ以上のない・・・

それを、選択せずに勝つなんて・・・」




 肩を大きく落とし、首を支える気力も彼女には残ってない。




 「選択しないって選択を選んださ。

選べないなら選ばなきゃいい。

好きな選択肢が無いなら増やせばいい。

嫌な選択肢があるなら減らせばいい。

ゲームってそういうもんだろ」






 何の力も無く手枷は外れガタンと落ちると、

彼は勝利を捕まえた拳を真っ直ぐ天に掲げてみせたのだった―――

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