第3話 病死ルート回避

 

「お嬢様、お待たせいたしました」


「あの、サリオン。さっき私が話したこと……。やっぱり全部忘れてくれない?」


 レイナ様のお部屋に戻ってきた私に、彼女がそう言いました。


 おそらく少しの間おひとりになられたことで冷静になり、転生の事実を話してしまったことを後悔しているのでしょう。


 私がレイナ様のお話を信じていないとお考えなのだと思います。


 でもそんなこと、どうでも良いのです。


 私がレイナ様をお守りしたいという気持ちに変わりはありません。


 なにがあろうと私がお嬢様を破滅ルートからお守りするのは、既に決定事項です。



 私がレイナ様をお守りしたいと思うわけを、少しお話ししておきましょう。


 まずは私が、こうしてレイナ様の専属執事をしている理由から。



 私はハイエルフという種族です。


 この世界には魔物や魔人、悪魔たちの王──魔王が出現することがあります。


 魔人より強い悪魔に、邪神が加護を与えることで生み出される存在が魔王です。ただでさえ強い悪魔が邪神の加護を受けて更に強化されるのです。


 この世界には悪魔に勝てるヒトすら、ほんのひと握りしかいません。魔王はそんな悪魔より、もっとずっと強いのです。


 だからこそ人々は魔王が君臨すると創造神様に祈りを捧げ、異世界から勇者様を連れてきてくださるよう懇願します。


 そうしてこの世界に召喚された勇者様の中に私の曽祖父や、私とともに魔王を倒した女性の勇者様がいました。


 私には勇者としての素質がありましたが、初めから強かったわけではありません。勇者様とともに数年かけてレベルをあげ、ついに魔王を倒したのです。


 私は勇者様のことが好きでした。

 大好きでした。


 そんな彼女は魔王を倒した後、元の世界に帰ってしまいました。神様との契約で、どうしても帰るしかなかったようです。



 ですが勇者様は、いつかまたこの世界にやってくると約束してくださいました。


 彼女が私との約束を破ったことはありません。


 ですから私はそれを──勇者様がこちらにやってくるのを、信じて待つことにしたのです。



 彼女がこちらの世界にお戻りになられた時、最高のおもてなしをするため、私は執事としての技術を身につけることにしました。


 家庭的な男性に惹かれる女性が多いとも聞きますし。


 そのために働かせて頂いたのが、このシルフォード公爵家でした。ここで働き始めて、既に三十年程が経過しています。


 千年以上の時を生きるハーフエルフの私には、三十年という期間はあっという間でした。


 ですが人族にとって、三十年という月日はとても長いのです。私は現当主の公爵様にも信頼され、レイナ様のお世話役という大役を任せていただくことになりました。


 私はレイナ様が生まれた日から、ずっとお世話をして来ました。


 お嬢様が初めて立ったとき、一番そばにいたのは私です。


 お嬢様の最初のお言葉は『まま』でした。


 しかし二番目に彼女の口から聞こえたのは『さりおん』でした。


 私の名を呼んでくださったのです。

 嬉しくて涙が出そうになりました。


 その時、公爵様がそばにいらっしゃったのですが、すごく複雑そうな顔をしていたのを覚えています。絶対『ぱぱ』より『さりおん』の方が発声が難しいのに、何故だと思う気持ちはよくわかります。


 公爵様には申し訳なく思いますが、お嬢様のお世話をしてきた私の苦労が報われた瞬間でもありました。


 私はこの時、お嬢様が幸せになるまで絶対に守り抜こうと決めました。



 レイナお嬢様が可愛くて仕方ありません。


 今は玲奈れなさんが転生したことで、ふたり分の記憶や魂が混在しているようですが、レイナ様はレイナ様なのです。


 昔から私がお世話してきたレイナ様。そんな彼女と今のレイナ様は、仕草だったり思考回路がかけ離れたりはしていません。


 レイナ様はここに、確かにいらっしゃいます。

 ですから私は、彼女をお守りするのです。



「お嬢様は王子様の誕生パーティーでお疲れだったのですよ。お嬢様が忘れろとおっしゃるのであれば、そういたします」


「……ありがとうございます」


 無論、彼女の言葉はしっかり記憶しています。

 破滅ルートは全て頭に入っています。


 しかしレイナ様がそれを気にして欲しくないと言うのであれば、私はそれを守りましょう。


 私は裏で、レイナ様が知らないところで、全ての破滅ルートを破壊するつもりです。


 ハッピーエンドしか認めません。



「お嬢様は二日間も眠っていたのです。まずはお飲み物をどうぞ」


 そう言ってお茶の入ったカップをお嬢様に手渡しました。


「は、はい。──っ!?」


 お茶に口を付けたお嬢様が顔をしかめます。


「サリオン、これ……。すごく苦い」


「良薬口に苦し、ですよ」


「え?」


「いえ。なんでもございません。体力を回復させる効果があると噂の高級茶です。申し訳ございませんが、全て飲み干して頂けませんか?」


 体力回復効果があるのは本当です。

 高級なのも真実です。


 ただの高級茶ではないのですが。


「サリオンが、飲んでって言うなら……」


 そう言ってお嬢様は私が渡したお茶を飲み干して下さいました。



 お嬢様が飲んだのは、どんな病でも治癒するもの。そしてそれを飲めば、病気になる可能性を限りなく低くする、この世界最高峰の秘薬。


 から作ったお茶なのです。



 お嬢様の病死エンドは、こうしてあっさりと回避されました。

 

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