336 敬語訓練


 メイド訓練初日は、午後になったらフィリップがポンコツになったので、カイサとオーセは自分たちでもわかることをやってみる。

 掃除にシーツの交換、洗濯物の回収。フィリップはソファーに横になったまま動かないので、わからないことがあったらそこに聞きに行く。


 3時頃になるとおやつが届けられるので、フィリップはカイサとオーセにお使い。まだ2人を誰にも見せたくないので、護衛騎士に取りに行かせる。

 護衛騎士の1人は、洗濯物を乗せたワゴンと共に通路側の入口で待機。メイドがおやつを運んで来ると、ワゴンどうしを交換して屋敷の中に戻る。


 ここでカイサたちにタッチ交代。護衛騎士は自分たちのおやつを皆に分けて、訓練や仕事に戻る。

 カイサたちは2階に上ると、ダイニングテーブルに超豪華なおやつを並べてヨダレを垂らしながらフィリップを見てる。


「好きに食べていいよ。あ、紅茶、先にいれようか?」

「「はいっ!」」


 第二皇子より先には食べられないから指示待ちだったみたい。協力して紅茶をいれたら、2人はケーキからかぶりついた。


「「美味し~~~い!」」

「アハハ。だろうね。このレベルは平民街ではお目に掛かれないもんね~」


 カイサとオーセも女の子。スウィーツには目がないのか食べる手が止まらない。フィリップはそんな2人を微笑ましく見ていた。


「あ……殿下は食べないのですか?」

「あ……いっぱい食べちゃった……」


 そんな2人は、お腹が膨らむとようやく手が止まった。


「僕は食べ飽きてるから大丈夫。それに今日は2人に食べさせようと思って多く頼んでいたから、好きなだけ食べて」

「「あ……ありがとうございます!」」

「でも、食べ過ぎるとあっという間に太るから気を付けてね~」

「「なんでそんなこと言うかな~?」」


 フィリップの優しさ、余計なことを言うから台無し。ただ、目の前にスウィーツがあるのだから、2人は葛藤が凄まじいことに。我慢できずにクッキーをチビチビかじってる。


「そういえばなんですけど、ボエルさんは彼女に会いに行くとか言ってませんでした?」

「あ、それ、私も気になってた。彼氏の間違いですよね?」

「あぁ~……ボエルから聞いてないよね……ま、口下手だから、僕から説明したほうがいいか。ボエルはね。かわいそうな子なんだよ……」


 フィリップから語られる性同一性障害。ただ、カイサとオーセもノーマルな女性なのでいまいち伝わらないみたいだ。


「2人の周りにもいないかな? 女性っぽい仕草をする男とか、かわいい物が好きな男なんか」

「あの人……常連客の人で、おばちゃんみたいなおじさんがいます」

「私は……子犬を見たら、キャーって言ってた男友達がいるんですけど……」

「断定はできないけど、可能性はあるね。そういう人は、すっごく悩んでいて、この世では生き辛いの。だからそういう人を見たら、2人はからかったりしないで共感してあげてほしいな~? それだけでも幾分救われると思うからね」


 フィリップの言葉に、2人から感嘆の声が……


「「なんか賢いこと言ってる……」」

「もう! 僕は賢いんだからね!!」


 いや、初めてフィリップが賢く見えたけど、怒り方が子供すぎて、さっきの言葉がフィリップから出たと記憶されないカイサとオーセであったとさ。



 夕方になるとボエルがルンルン気分で戻って来たので、ちょっとだけ朝の復習。ボエルは仕事を終えると肩を落として帰って行った。

 翌日も昨日の復習をさせていたけど、フィリップはボエルへのダメ出しだ。


「なんだよ。ちゃんとできてるだろ」

「口調!」

「あ……でも、殿下はこっちがいいって……」

「僕はいいよ? でもお兄様のところに行ったら困るのボエルだよ? いまから習慣付けておいたほうがいいって」

「確かに……気を付けます!」


 ボエルにも敬語を徹底させてメイド訓練を続ける。その合間に、フィリップは話し掛けてボエルの敬語を崩す。


「昨日、彼女のこと、2人に言っちゃったんだよね~?」

「はあ~~~!?」

「メイドはそんな言い方しない。プププ」

「し、失礼しました……」


 いや、ここぞとばかりにからかっている模様。ただ、ボエルも性同一性障害を説明することは難しいと知っているから助かったとも思ってるみたい。


「ねえねえ~? 何か面白い話して~??」


 今後のスケジュールなんかを質問していたフィリップは、ちょっと変化球。ボエルには大暴投にしか見えないのでギロッと睨んだ。


「アハハ。メイドは主人を睨んだりしないよ~?」

「し、失礼しました。面白い話ですか……あ、昨日、彼女の主人にもお会いしまして、殿下に謝罪したいと仰っていました」

「謝罪? 初耳だね」

「私のほうで謝罪は必要ないと処理しましたので伝えなかったしだいです」

「ふ~ん……ま、その方向で問題ないよ。でも、内容は教えてほしかったかな~?」

「はっ。申し訳ございませんでした」


 ボエルは綺麗に頭を下げてから、顔を上げると半笑いになってた。


「内容ですが……殿下が女性の服を買い取っていたことが漏れてしまい、帝都学院では殿下が女装趣味だと噂になっているそうです」

「はい?」


 だってこんな内容なんだもん。


 事の始まりは上級貴族がフィリップと下級貴族が会っていたのを見ていたこと。上級貴族から「おまんの家、潰れてもええんか。おお?」と脅されて、服を譲ったことを喋ってしまった下級貴族は死にそうな顔をしてたんだとか。


「ですから、皆様、プッ。殿下ならお似合いだと……あははははは」

「笑った!? メイドが主人を指差して笑ってる!?」

「「キャハハハハハ」」

「そっちからも!?」


 ボエルの仕返し大成功。カイサとオーセからも笑われたフィリップはプリプリ怒っていたけど、しばらく笑いは止まらないのであったとさ。

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