257 意外なこと


 新メイド服の確認をしたフィリップたちは、訓練場にいるリネーアたちと合流。コニーの話をしていたら、会いたくない人が接近していたことにフィリップは気付くのが遅れた。


「フィリップ。やっと捕まえた」

「ゲッ……カイ……」


 その人物は、カイ・リンドホルム。フレドリクから会いたいとか言われていたのに、フィリップは寮に逃げ帰っていたから会いに来たのだ。


「なんか用? 逃げたことなら、僕、間違ったことしたとは思ってないよ? 負け戦だったもん」

「その件はもういい。そっちの執事に用があるのだ」

「ボエルに?」

「ああ。帝都学院では剣術授業でトップクラスだったと聞いている。その上、剣をまじえたのだから実力も本物だ。どうだろう? フレドリクを守る近衛騎士にならないか??」


 カイの用事は、ボエルのスカウト。急にそんなことを言われたボエルも驚きすぎて反応に困っている。


「それ、お兄様も承知してるの?」

「いや。まずは主人のフィリップと、本人に話をするのが筋だからまだ話をしていない」

「そりゃそうだ。でも、ボエルは父上が雇ったから、僕が卒業するまでは動けないと思うんだよね~」

「陛下が……それならば、そのあとでも構わない。考えてくれないか?」

「やけに買ってるね~。そんなに人材不足なの?」


 フィリップの問いに、カイは首を横に振って答える。


「そういう理由ではない。実力もそうだが、あの獣のような打ち込み。俺にあそこまで激しくぶつかって来る男はそうそういないから、気に入ったのだ」


 その答えは、フィリップたちは微妙な顔。


「ひとつ質問させて。近衛騎士って、女性もなれるの?」

「女? 女の騎士もいるにはいるが、アレはコネと見せ掛けで、近衛騎士ではいまのところ見たことがないな……どうしてそんなこと聞くのだ??」

「ボエルは女だからだよ」

「こいつが女~~~??」

「見えないか! アハハハハハハ」


 だってボエルは女だもん。いまだにカイは女性として見ていないので、フィリップは大笑いするのであったとさ。



 フィリップが1人だけ大笑いしていたら、皆から「いい加減にしろ」とツッコまれていた。


「まぁ本人が希望したら、僕は一向に構わないよ。でも、女だからって、いまさらスカウトしませんなんて言わないよね?」


 涙を拭いながらだからフィリップが睨んでいるのは、カイには伝わらない。


「あ、ああ。いまさら取り下げる気はない。フレドリクを説得してでも入れる」

「それが聞けて安心だ」


 フィリップは真面目な顔でボエルに向き直った。


「だってさ? ボエルはどうしたい??」

「オレは……急なことだから……」

「別にいますぐ答えを出さなくても待ってくれると言ってるんだから、気長に考えなよ。でもね。これ、大チャンスだよ? 騎士爵貰えるんだから、1人で生きていける。なんなら嫁さんも自分の稼ぎで養えるよ??」

「本当だな……いいこと尽くめだ……」

「それとは逆に、茨の道も待ってるけどね。男の世界にたった1人で入って行くんだから、かなりの苦労はある。覚悟は必要だ」


 アメとムチを真面目な顔で提示したフィリップは、次の瞬間には笑顔に変わる。


「ま、スカウトしたカイが責任取ってくれるでしょ。面倒事は、カイに丸投げしちゃえ」

「それはそれでどうかと……」

「俺もどんな問題が起こるかわからないんだが……」

「その場合はお兄様がなんとかしてくれるって~。アハハハハ」

「「「全部丸投げ……」」」


 未来に起こる問題がある程度わかっているフィリップは、自分で処理する気が無い。そんな無責任なことを言うので、スカウトした側も受ける側も、悩みが増えたのであったとさ。



 カイと別れたフィリップたちは、馬車に揺られて寮へ。その車内では、リネーアがボエルを褒め称えていた。


「カイ様から直接近衛騎士にスカウトされるなんて凄いですね。コニー先輩も、カイ様は凄い剣士だと言ってましたよ」

「それは重々承知してる。でも、実感持てなくてな~。オヤジたちより出世するなんて」

「それはいまさらですよ。殿下の専属従者だって、なろうと思っても普通なれないですよ。それほどボエルさんは優秀なんです」


 リネーアがベタ褒めしてボエルが照れたり恐縮している姿をフィリップがニヤニヤ見ていたら、ボエルの質問が来た。


「殿下はどう思う? 近衛騎士になったほうがいいか??」

「僕の意見はさっき言ったでしょ。自分で決めなよ」

「正直、まだ夢を見てる気分なんだよ~」

「しょうがないな~……」


 ボエルが悩んでるのが面倒くさくなったフィリップは、適当なことを言う。


「個人的にはだよ? 帝都学院を卒業したあとは、僕の専属騎士か何かにしようと思ってたから、父上を説得するつもりだったんだ」

「第二皇子の専属騎士か……メイドじゃないんだな」

「どう考えても、そっちのほうが向いてるでしょ。でも、僕じゃ爵位をあげられるかは微妙だね。ふたつにひとつの選択になるけど、どちらにしても卒業後は仕事に困らないから安心して悩んで。カイからは、1年以上の猶予も貰ったんだからね」


 ボエルは余裕がなかったから、フィリップの猶予期間を勝ち取った策略には気付いていない。リネーアは「だからあんな質問してたんだ」と尊敬した顔になって、ちょっと忠誠度が上がった


「うん……お気遣い感謝します。後悔しない決断するよ」

「そうしな。どんな決断でも、僕は……僕たちは応援するからね」


 まだ決断はできないが、ボエルの顔は晴れ晴れ。フィリップもいいこと言ったと、澄まし顔をするのであった。


「なあ? この気持ちを台無しにすることは言わないのか??」

「なんで僕がそんなこと言うんだよ~」

「いつも言ってたから……調子狂うから、なんか酷いこと言ってくれ!」

「言わなくても感動してないでしょ~~~」


 ボエル、いつもフィリップに感動を台無しにされていたので、疑心暗鬼。そのせいでせっかくの感動はいつも通り半減したのであったとさ。

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