240 モブ君と再会


 フィリップがコニー・ハネス子爵令息のことをまったく覚えていなかったので、ボエルは激怒。ギャーギャーうるさかったので、フィリップも「久し振りに会いたいな~」とか大ウソついて重い腰を上げた。

 訓練場を大回りに見て回り、ボエルにコニーを探してもらっても見付からないらしいので、暇そうな騎士から話を聞いて、なんとか剣の素振りをしているコニーを発見した。


「アレがモブ君? めちゃくちゃモブっぽいヤツだな」

「顔見てもわからねぇのかよ……」


 でも、フィリップの記憶にない。初めて見た時と同じこと言ってるよ。


「ちなみにボエルから見て、モブ君の実力はどうなの?」

「う~ん……剣の腕前は、中の中ぐらいか? 誰かと剣を交えているところを見てみないことには、なんとも判断がつかないな」

「腕前もモブなんだね。プッ……あ、ちょうど模擬戦してくれるみたいだ」

「さあ、リネーアのために頑張れよ~」


 モブ中のモブ、コニーの戦いは、ニヤニヤするフィリップと力強く応援するボエルの目の前で行われるのであった……



「あ~あ。負けちゃった」

「おい! まだやれるだろ! 立てよ!!」


 模擬戦は、そこそこ長く打ち合っていたけどコニーの敗北。フィリップは興味なさそうに呟き、ボエルは鬼のようなセコンドだ。


「み、みっともないところをお見せして申し訳ありません」


 第二皇子が応援していると勘違いした上官、ウルリク・スティーグは、休憩もそこそこで挨拶して来いとコニーを送り込んだ。


「別にあんなもんじゃない?」

「いいや。コニーなら、もっとできたはずだ。力も速さも上なのに、なんで攻撃しないんだ。受けに回ってばかりだから、下手くそな剣でもまぐれ当たりすんだよ」

「そんなに責めなくてもいいじゃん。相手はけっこう位が高いんでしょ?」

「はあ!? 手ぇ抜いてやがったのか!? 一番やっちゃいけねぇことだろ!!」

「どうどう……」


 フィリップは助け船を出してあげたつもりなのに、ボエルは激怒。騎士にあるまじき行為だとコニーを説教しまくる。

 その声は大きかったから相手の耳にも入ったらしく、コニーと模擬戦をしていた若者とウルリクが不機嫌な顔でやって来た。


「おい、執事。そのザコが、ニークヴィスト侯爵家の俺様相手に手加減してただと? いっちょ前に剣なんて差していても、同じザコじゃ実力の差もわからねぇみてぇだな」

「ああん!?」

「うっ……」

「どうどう……」


 怒り狂うボエルはザコ扱いされておかんむり。凄まじい殺気を放ち、ニークヴィスト侯爵家のシーグルドは後退った。フィリップはまだ落ち着かせようと頑張ってる。

 そんな中、ウルリクがボエルの顔をマジマジと見て、何かに気付いたような顔になった。


「お前……クマ女か? プッ! 執事服なんて、ついに男になったのか!? わははは」

「ああん!?」

「どうどう……クマ女ってなに??」


 ウルリクまで火に油を注ぐので、フィリップも宥めるのが大変そうだ。質問も答えてくれないし……


「えっと……よくわかんないけど、僕、第二皇子。全員、頭が高いわ!!」

「「「あっ!?」」」

「……」


 というわけで、落ち着かせるために権力をフルに使うフィリップであった。コニーは言われる前にひざまずいてたけど……



 全員がひざまずくと、ようやく話ができる体勢になったので、フィリップは一番気になることを聞いてみる。


「クマ女ってなに?」

「な、なんでもねぇ……」

「そっちの人。答えて」

「はっ! 誰にでも噛み付き、殴り、暴力で全てを解決しようとするその女のことを、帝都学院のクラスメートはクマ女と呼んでいました!」

「あ、学校でのあだ名か~……プププ」

「ち、ちがっ……」


 ウルリクの答えに、フィリップは吹き出しそうだ。


「でも、クマ女は失礼だよね~……クマ男じゃダメなの?」

「誰が男だ!?」

「ボエル。男にしか見えないし……ね?」

「「「はっ」」」

「くっ……」


 コニーを含めた3人の男は、フィリップの質問にウンウン頷いてるので、ボエルは悔しそうな顔。しかし、よく考えたら「自分の心は男なんだから褒め言葉じゃね?」とちょっと嬉しくなってる。

 そうとは知らずにウルリクは勝ち誇った顔で発言の許しを取ったので、フィリップは許可する。


「ところでなのですが、ボエルはどうして執事服なんて着ているのでしょうか?」

「似合いそうだから僕が無理矢理着せてるの~。どうどう? 似合ってるでしょ??」

「はい。そいつにはお似合いです。フッ……」


 ウルリクの言葉は、ボエルに取っては褒め言葉。勝ち誇った顔をしているけど、嫌味はまったく通じていないから、フィリップは心の中でボエルの勝利だとか思っているのであった。



「あとは~……そうそう。そっちの侯爵家のなにがし君」


 歳上のやり取りが終わったら、次はシーグルドに声を掛けるフィリップ。


「僕の目の前で散々偉そうなことを言ってたじゃん? お前って……僕より偉いの??」

「い、いえ……」

「ここにいるってことは、当主になれない次男か落ちこぼれでしょ? それって偉いの??」

「血……血を受け継いでいますから……」

「長男より薄いのに? そもそも侯爵の爵位をもらったのは何代前? それによってはめちゃくちゃ薄まるよ?」

「そ、それでも血は血ですので……」

「わっかんないヤツだな~……ここではお前なんて、新米のクソガキで全然偉くないんだよ。パパの名前がないとケンカもできないんでちゅか~?」


 フィリップがあおりまくったら、シーグルドの顔は真っ赤になった。


「そこまで言うのなら、殿下は決闘を受けてくれるのですね?」

「決闘!? それ、いいね~。ボエル、受けてあげて」

「で、殿下こそ、ケンカもできない…ゴニョゴニョ…じゃないですか!?」


 シーグルドは「馬鹿皇子」のところはボカシて言ったので、フィリップも聞かなかったことにしてあげる。


「そりゃできないよ~。皇族だもん。傷でも付けられたら、隠蔽してお前は縛り首になるもん。それでいいなら受けてあげよっか??」

「き、汚い……」


 ここで初めてフィリップはニヤケ面をやめた。


「お前だってそうやって生きて来たんだろ? 僕が権力使って何が悪いの? 自分が使うのはよくてそれより強い人が使うと汚いって、人生ナメ過ぎ。そんなヤツは、父上にチクって絶対に出世させない」


 ボエルとコニーは「自分でやらないんだ……」と生温い目になっているけど、出世の道が途絶えたシーグルドは血の気が引いた。


「そ、それだけはお許しください! コニーにも謝罪します! 申し訳ありませんでした!!」

「え? コニーになんかしてたの??」

「私を引き立てるように命令していました!!」

「わ~お。黙ってれば、僕、知らなかったのに……」

「へ??」


 シーグルド、焦りすぎて言わなくていいこと言っちゃった。


「まぁいいや。その件も含めて、コニーに決闘で勝てたら全て不問にしてやるよ」

「本当ですか!?」

「うん。約束する。あと、ボエルとそっちの人も決闘してね」

「「はい??」」

「んじゃ、明日の15時にね~」


 まったく関係ないボエルとウルリクまで巻き込まれたので、フィリップがコニーを連れて立ち去るのを見送る2人であった……



 それからボエルが全力疾走で追い付いたら、フィリップはギャーギャー言われてた。


「なんとなく……ノリ?」

「ノリで決闘なんてやらせるなよ!」

「なんか因縁あるのかと思って~。ボエルの悪口言ってたじゃない?」

「悪口言うヤツには片っ端から決闘申し込んでボコボコにしたから、もう蹴りがついてんだよ」

「だからクマ女とか言われるんだよ……」


 悪口の理由はボエルが強すぎたのが悪いのではないかと思ったフィリップであったが、大事なことがあったのでコニーに話を振る。


「ところでコニーって人、どこにいるか知ってる??」

「ボクなんですが……」

「ひでぇ……わかって言ってたんじゃなかったのかよ……」

「あっ! ゴメン。ゴメンね。また忘れると思うから、いまのうちにいっぱい謝っておくね。ゴメンなさい」

「覚える気がねぇなこれ……」


 本人を前にしても、顔と名前が一致しないフィリップは、何度も頭を下げるのであったとさ。

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