232 ストレス発散


「なあ? メイドの件、いつやるんだ?」


 城勤めしている貴族女子がストレスを溜め込んでいると知った次の日、フィリップはベッドの上から動かないので、とうとうボエルも痺れを切らした。


「んん~……明日明日。明日やる。ムニャムニャ」

「昨日は今日やるって言っただろ!」

「じゃあ、明後日……ムニャムニャ」

「延びてるから! てか、また寝ながら喋ってるな!?」


 昨夜のフィリップはストレス発散で夜の町に繰り出していたのでなかなか起きない。しかしこれは二度目なので、ボエルはマッサージしてフィリップを心地よく起こした。


「ふぁ~。気持ち良かった。毎日これで起こしてほしいな~?」

「調子に乗るな。それより、ここまでしたんだからメイドの件、早く解決しろよ」

「メイドの件??」

「聖女様のせいでストレス溜まってるってヤツだよ」

「あぁ~……1週間後に取り掛かるよ」

「目が覚めたほうが延びてる!?」


 せっかく起きてもフィリップはやる気なしなので、ボエルのツッコミは止まらないのであったとさ。



 メイドの件は、ボエルがギャーギャーうるさいのでフィリップも根負けし、ランチのあとにやると言っていたけど、皇族食堂を出たところでボエルは気付いた。


「どこ行こうとしてる?」

「へ? 自分の部屋だけど……」

「もう忘れてる!?」


 またボエルがギャーギャー言うことでフィリップも思い出したから、情報収集のためにメイド詰め所にいるメイド長のアガータに会いに来た。


「やっぱり皇后になるのバレちゃったか~」

「はい。陛下も誰が漏らしたかは探しているのですが……」


 フィリップの予想は的中。事の始まりは帝都学院の卒業生がメイド修行でやって来てから。ルイーゼが城の中を普通に歩いているので先輩に聞いたところ、客人として迎えられていると説明した。

 しかし卒業生は腑に落ちず、帝都学院ではフレドリクとルイーゼはイチャイチャしていたことと、ダンマーク辺境伯令嬢が婚約破棄されたのはそのせいだと誇張してリークした。


 その噂が瞬く間に城の中を駆け巡り、ルイーゼが皇后になることを知っている家臣の娘が「パパ~。ここだけの話だから~」と聞き出した。

 当然、そんなことを知った娘は黙っているわけがない。「私が言ったって言わないでね?」と漏らしまくる。それをした者が5人もいるのだから、発生元はまったくわからなくなったのだ。


 その結果、ルイーゼ憎しとメイドはあることないこと噂を広げ、皇后の座から引き摺り下ろそうとした。

 だがしかし、ルイーゼにぞっこんのフレドリクが信じるわけがない。烈火の如く怒り、目の前で悪口を言った数人のメイドを解雇した。それだけで終わらず、メイドを集めてルイーゼのことを一切口にするなと怒鳴り付けたとのこと。


 そんなフレドリクを見たことのないメイドたちは口をつぐみ、位の低いメイドをイジメることで捌け口にしているらしい……



 アガータから事の顛末を一通り聞いたフィリップは、ひとつ気になることがある。


「ところでなんだけど、僕、聖女ちゃんの悪口言うなと忠告したよね? なんで守られてないの??」

「事が事ですので……坊ちゃまの名前だけでは……」

「そこは僕って言わないでよ~~~」


 残念なフィリップ。「馬鹿皇子に言われてもね~?」とメイドに馬鹿にされていたのは目に浮かんでる。ボエルも吹き出して横向いた。


「まぁいいや。お婆ちゃんはイジメをやめさせるように働きかけてないの?」

「いちおうは……しかしながら、言えば言うほど隠れてやりますので、私の目だけでは止めようがありません」

「そりゃイジメってのはそんなもんだよね~……わかった。時間取らせて悪かったね。仕事に戻って」

「はい……」


 フィリップが立ち去ろうとすると、アガータはお辞儀をして見送ろうとしたけど、途中で止まった。


「坊ちゃまはこれから何をなさろうとしているのですか?」

「僕? 帰って寝ようかと……」

「こんなに聞いていて? 嘘で御座いますよね??」

「逆に聞くけど、僕にできることってあると思う??」

「そ、それは……」


 アガータは何か期待したようだけど、フィリップは馬鹿皇子と呼ばれているのを思い出して落胆。ボエルはまた吹き出してる。


「失言でした。申し訳ありません」

「いまの発言が失言に聞こえるんだけどな~??」


 なので丁寧に謝ったけど、直訳すると「馬鹿に期待した自分が悪かった」と言われたフィリップも落胆だ。ボエルはまたまた吹き出してる。


「仕方ないな~……とりあえず、僕がとあるメイドを夜這いしたと噂を流しておいて」

「そんなことをしては、坊ちゃまが噂の的になりますよ?」

「昔は僕のそんな噂で持ち切りだったからいまさらだよ。犯人捜ししてる間は、ちょっとはガス抜きになるでしょ。効果が薄くなったら、容赦なく足してくれていいからね」

「はい……坊ちゃまのお名前、心して使わせていただきます」


 フィリップの悪い噂はけっこう使える。そのことを思い出したアガータは、今回は感謝した顔で深々と頭を下げるのであった。



 その日の夜……


「すげぇすげぇ。殿下の噂で持ち切りだぞ」


 ボエルが見聞きしたことをわざわざフィリップに伝えていた。


「だろうね~。なんか聞かれた?」

「ああ。誰を襲ったか聞かれたけどすっとぼけておいた。てか、3人ほど襲われたと言ってるヤツがいたんだけど……やってないよな?」

「作戦聞いてたんだから、嘘だとわかるでしょ~」

「そう思いたいのは山々だが……殿下のことだから……」

「疑わないでくれない??」


 作戦が成功したのはいいのだが、第二皇子の妻の座を狙っているメイドがマウントを取ろうと嘘をつくので、女癖の悪さがあだとなり、ボエルから疑われまくるフィリップであったとさ。

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