219 悪役令嬢の最後
「いい加減にしなさい!」
ダンス会場にエステルの怒声が響き渡ると、静寂が訪れた。そのエステルは特等席にいるルイーゼに向かって、一直線に歩を進めている。
「フレドリク殿下のダンスパートナーを務めるあなたが、男を取っ替え引っ替えするなんてどういうことですの? 殿下に恥を掻かすおつもり? あなたには殿下の隣に立つ資格はありませんわ!!」
特等席に続く階段を中程までエステルが進むと、ルイーゼは
「いい加減にするのはエステル……お前のほうだ!」
フレドリクの怒声に、周りで見ている生徒は血の気が引いた。フィリップは……特等席の後ろからよじ登って、ちょうど柵からドサッと落ちた。
あまり運動神経がいいように見えないように演技をしていたみたいだけど、いまのところ皆はフレドリクとエステルのやり取りに夢中だから、必要なかったね。
「わたくしになんの落ち度がありまして? いつだってわたくしは、殿下と、帝国の利益しか考えていませんわ。そのための努力は誰にも負けていないと自負しております」
「その努力、間違った使い方をしているといつになったら気付くのだ。ルイーゼを
さらにフレドリクの声が大きくなるとエステルも
ここまで近付いても、皆は気付いてない。ボエルやリネーア、コニーやイーダといったフィリップに近しい者はこの時点で気付き「どこで見てんねん!? 空気読めや!!」って、心の声が関西弁になったんだとか。
「申し開きがあるなら聞こう。エステル……」
「何を言ってらして? わたくしは学院のマナーを守らないルイーゼに教育してあげただけですわ」
フレドリクの冷たい声に焦りを覚えたエステルは必死の言い訳をするが、一向に響かない。その言い訳が気に食わないと、カイ、ヨーセフ、モンスも大声でエステルを非難する。
フィリップはニヤニヤ見てる。ボエルたちはあたふたしてフィリップに向けて、「近い! どっか行け!」ってジェスチャーやってるな。
「証拠もある。生徒からの聞き取りで、全員お前にやらされたと言っているのだ。さらには、お前が嫌がらせをしている姿を何度も見たとな。私たちも何度も子供みたいな嫌がらせは注意しただろう。よって、婚約破棄は免れられない」
「その程度で婚約破棄? 嘘ですわよね??」
「いいや。私はお前のような者は許せない。数々の嫌がらせを行った罪で、領地にて無期限の
フレドリクがビシッと指差すと、エステルは怒りの感情に押し潰された。フィリップはフレドリクと同じポーズしてるので、ボエルたちは「邪魔~!」とか口パクしてる。他の生徒もチラホラ気付き出したよ。
いまだ緊張する空気の中、エステルはここまでかと胸元を触った。だが、そこにはあるはずの毒ナイフがない。このままではルイーゼを殺せない。
他に何か方法は……フレドリクの腰にある剣を奪うか? そんなこと、女の細腕では不可能だ。
たった1秒。エステルは脳をフル回転させて様々な方法を考えた結果、笑った。
「フフフ。わかりましたわ。その罰、丁重にお受けしますわ。ですがひとつだけ言わせてください……ルイーゼを伴侶とすることだけはおやめになって。その女は、必ずや帝国を破滅に導きますわ。どうか、ゆめゆめ忘れぬように……オホホホホホ~」
こうしてエステルは優雅にお辞儀をし、最後にフィリップを一瞬見てから、笑いながら退場するのであった……
「いい! 鮮血ラストもいいけど、強がりラスト、めっちゃいい!! この物語は、僕が作り出したんだ~~~!!」
フィリップは特等席をガサガサと下りて、自画自賛でガッツポーズするのであったとさ。
前夜祭はフレドリクの一言で再開。各々ダンスをしたり料理に手を伸ばしたりしているが、コソコソとさっきの出来事を話し合っている。「第二皇子、なにしとんねん」って声もある。
「いや~……何事も起こらずよかったよかった~」
そんな中、フィリップが満面の笑顔でボエルたちの下へ戻って来た。
「起こってるし! よくないし! そもそもどこで見てんだよ!!」
でも、ボエルの連続ツッコミ。リネーアもコニーも激しく頷いてる。
「声、大きいって。そんな言い方されると僕の立場が、ね?」
「うぐぐぐぐ……」
確かに第二皇子を大声で怒鳴っていたのだから、ボエルも反論ができない。でも、謝りたくはないのか、歯を強く噛み締めている。
「ちなみに僕が何事もないって言ったのは、刃傷沙汰だよ。お兄様、剣を差してたでしょ? もしもの場合は、抜かせないように近くにいたの。そもそもエステル嬢なんかに剣なんて必要ないのに、なんで差してたんだろ? お兄様のほうが、エステル嬢を殺したかったのかも……」
「「「そんなまさか……」」」
そんなまさかはない。乙女ゲームではエステルが毒ナイフでルイーゼを刺そうとして、フレドリクが斬り捨てる派手な演出となっているから、強制力のせいだ。
しかしフィリップが不穏な予想を言ったら、ボエルたちはさもありなんと考えている。ダンジョン制覇者相手に、エステルの細腕では到底敵わない。なんなら片手で取り押さえられるのだから。
「ま、最悪のことは避けられたんじゃない? 僕の空想だけどね」
「「「空想か~~~い!!」」」
「アハハハハハハ」
でも、馬鹿皇子が言ったことなんて信じるに値しない。ボエルだけでなく、リネーアとコニーまでついにツッコんでしまうのであった……
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